第46話 生き別れた妹
「どいてくれ!」
イオが強引に割入り、なんだなんだと人の壁は道を作っていく。イオの後をわたしもなんとか追ってステージ前にやって来た。ステージでは女の子が踊っていた。腰につけている飾りがシャラシャラと鳴り、銀色の長い髪が舞う。綺麗な指先が空中を跳ね回り踊っていた。
とても幻想的で美しい光景だったが、ステージに上がったイオが乱入する。
「ジュリ!」
「はい?」
踊っていた女の子の腕を掴むイオ。当然舞いは止み、音楽隊も何事かと音楽を止めた。
「ジュリ、生きていたのか……」
イオの声は涙声だ。
「ジュリって……」
「確かイオの生き別れた妹だよ」
エルメラがこっそり小声で教えてくれる。
「ええ! 妹が見つかったの!?」
思い出した。イオはノーム王に村が襲われて、そのとき妹と一緒に逃げたけれど、途中で妹だけ土に飲まれていったんだ。
「生きていたのか、ジュリ」
イオが抱きしめようとする。感動の瞬間だ。
でもそれを拒絶するように、すぐにジュリさんは身を引いた。
「あの。すみません。わたしの名前はステラです」
イオは動きを止める。いぶかしむような顔で問う。
「……何を言っているんだ、ジュリ」
「その、あなたの妹さんによほどわたしが似ているんですね。ですが、わたしはステラ。このノーマレッジで生まれた、ただの踊り子です」
にっこり笑って言うステラさん。
そこまでハッキリ断言するなら、ただの似ている人なのかと思ってしまう。
「ねぇ、イオ。とりあえず、ステージを降りよう。みんな、見ているよ」
イオが立っているのは、一段上がったステージの上。周りを取り囲んでいる人たちは、今は黙っているけれど怒っている。引きずり降ろされる前に降りた方がよさそうだ。
わたしたちは人のいない広場の端っこに移動した。イオはへたり込むように地面に座る。そこにカッツェが肩を怒らせて近づいてきた。
「おい! 何をしている! 彼女に直接声を掛けるどころか、腕を掴むなんて!」
「……彼女のことを教えろ」
イオはジッとステージの方を見つめながら、低い声で言った。そこではまた舞いが再開されていた。
「何だと! それが人にものを頼む態度か?! ああ、だが教えてやる。ステラ嬢はノーム王に舞いを捧げることを許された唯一の踊り子だ。お前などが触れていい存在ではない!」
つまり、町で一番の踊り子だということだ。
「俺ですら、緊張して話しかけられないというのに……!」
その上、みんなのアイドル的存在みたいだ。カッツェはもちろん。ステージを取り囲む人は男女関係なく、見惚れているようだ。確かに伸びやかで素敵な舞いをしている。
だけど、イオはまだ納得がいかない様子だ。
「ジュリじゃない? ……あれほど似ているのに?」
「ジュリさんはどんな特徴なの?」
わたしはイオの隣に座って尋ねた。
「ジュリは銀色の髪」
「うん。銀色の髪だね」
「たれ目で」
「たれ目っぽかったよね」
「いつも笑っていて、あの頃はまだ八歳だった」
「うーん……」
確かイオが十歳のときに村は襲われて、今は十七歳。ということは、ジュリさんは生きていれば十五歳ということだ。確かにステラさんは十五歳ぐらいの少女に見えた。
「他に特徴は?」
「運動神経は良かった」
「なるほど。つまり決定的な証拠はないんだな」
カッツェが腕を組んで言う。その心配りのない言い方にムッとする。
「なによ! 偉そうに! 生き別れた妹っぽい人が居たら、誰だって取り乱すものでしょ!」
「確かに証拠はない。……だが、あれはジュリだ」
イオは何か確信があるのかもしれない。でも、それなら――
「どうしてイオを忘れているの?」
八歳ならば兄の存在をそのまま忘れているとは思えない。何か頭に衝撃とかがあって記憶が飛んだというのは都合が良すぎだろうか。
「だから、あれはステラという町の踊り子だ! 今後は絶対に近づくなよ!」
カッツェがそう言うけれど、イオは聞く気はなさそうだった。どこか意志のある目をステージに向けていた。
踊り子の舞いが終わると、わたしたちはステージに上がる。ムウさんのたて琴が穏やかに流れ始める。
「皆さま、どうか
はじめての興行だ。ムウさんの優しいたて琴の音色に、すでにちらほらと人が集まってきていた。踊り子以外の芸は珍しいようで、子供たちが前を陣取る。
わたしは音色に合わせて、門の前で披露した人魚姫の物語を語った。悲劇的な終わり方に子供たちは涙ぐむ。
次はイオの剣舞だ。いつもの精霊が作り出す剣ではなく、商人から買った切れない曲剣を手にしていた。イオが剣舞なんて出来るのかなと思っていたけれど、全く心配いらない。
「おお!」「迫力あるな」
ステージを見ている大人たちから感嘆の声が上がる。イオは妖精から舞いも仕込まれていたらしく、曲剣を大きく振りながら、ムウさんの曲に合わせてステップを踏んだ。手拍子も自然と起こり、わたしたちの芸は大盛況で終わった。
ムウさんとイオとわたし、三人で並んで頭を下げる。大きな拍手が鳴った。たまに立った声優の仕事での舞台挨拶を思い出す。ステージを降りるとカッツェが近づいてきた。
「よかったじゃねぇか。これなら、ノーム王に奉納もさせてもらえるかもな。っと……」
カッツェの脇を通り抜けて、一人の人影が出てきた。
「皆さん、お疲れさまでした! とても、素敵でした!」
「あ、う、ステラ」
カッツェはステラさんが近づいただけで顔を真っ赤にさせる。どれだけシャイなかと思ってしまう。
「物語も剣舞も良かったですが、特にたて琴の音色がとても素敵でした!」
ステラさんはムウさんの方を向いて言う。やはり踊り子としては気になるのだろう。
「ぜひ奉納祭のときに共に曲を奏でて欲しいです」
おお!と心の中でガッツポーズをする。さっそく、奉納祭のお誘いだ。
「ええ。ぜひご一緒させていただきたいです」
ムウさんの返事はもちろんオッケーだ。これでノーム王に近づくことが出来る。
「わたしたちも、ぜひノーム王に芸を見てもらいたいのだけれど、どうしたら見てもらえるかな」
わたしはステラさんに聞いてみる。すると、ステラさんは朗らかに笑った。
「そうですよね。ノーム王に芸を見てもらうのは最高の誉れ。最高の喜びです。わたしが何とか掛け合ってみます」
「やった!」
さっそく町の偉い人に掛け合ってみると、ステラさんは手を振って去って行った。その後姿を見ながらイオがつぶやく。
「……あの子は、ノーム王の信者みたいだったな」
確かに最高の喜びなんて、簡単には言わない。ふんとカッツェが鼻息を鳴らす。
「この町にいる者なら普通のことだ。なにせ、ノーム王の恩恵のおかげで今の暮らしがあるのだからな」
でも、それも妖精の樹の力を吸い取っているからだ。その真実を町の人は知っているのだろうか。
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