第6話 はじめての精霊使いとのバトル




 わたしが勝負に乗ったので、子供たちが広場の中央への道を開けてくれる。そこをあるいていると、エルメラがフードの中から心配そうに話しかけてきた。




「ユメノ、大丈夫? いきなり精霊使い同士でバトルなんて。負けて消されちゃったら、しばらく呼び出せないよ」




「そうなの? でも、消されそうになったらその前に降参するよ。バトルとはいえお芝居みたいなものなんだから、向こうも分かっているでしょ」




 ホムラが青い狼・スイリュウと戦ったことで、感じはつかめている。わたしはチラリと地面に置かれた箱を盗み見る。あれだけのお金があれば、威力を上げるアクセサリーも買えるし、きっと後々のお金にも困らないだろう。どこの世界でもお金は大事だ。




「よしっ!」




 気合を入れて前へ進み出ると、ルーシャちゃんは何故か鼻で笑う。




「ふふっ、なーに? わたくしのことをお笑いになるから、よほど立派な精霊使いの方かと思ったら。田舎っぽい格好。それに大層な精霊石を持っているけれど、中身はスッカスカじゃない。ほとんど透明ですわ」




 思わずキョトンとしてしまう。精霊同士を戦わせることはお芝居みたいなものだけど、笑われたことはしっかり根に持っているようだ。だけど、気になることがある。




「精霊石って、これのこと?」




 わたしは杖の先のクリスタルを指さした。ルーシャちゃんはいかにも見下したように笑う。




「そんなこともご存知ならないの? よほどのド田舎からいらしたのね」




「えーと、昨日来たばかりだから、知らないことも多いんだよね」




 本当のことをいうけれど、ルーシャちゃんは興味ないみたいだ。




「ユメノ! あんな生意気な子、コテンパンにしっちゃってよ!」




 わたしは気にしていないけれど、エルメラはどうやら癪に障ったみたいだ。




「さぁ! レディ!」




 ルーシャちゃんがわたしに向けて、杖の先を向ける。すると、小鳥の精霊・ミルフィーユが杖の先に止まる。わたしも同じように杖を構えた。




「舞いなさい! ミルフィーユ!」




「出てきて! ホムラ!」




 わたしの精霊石から火の蛇が飛び出て来る。キッと前を向き、ミルフィーユのことを睨んだ。ちゃんと戦う相手だって分かっているみたい。




「火の精霊ですのね。手加減は致しませんことよ! ミルフィーユ! 吹き飛ばしてごらんなさい!」




 ミルフィーユが羽ばたいて、小さな翼から起こしているとは思えないほど強い風が吹く。ホムラは飛ばされないけれど、風の勢いで火の勢いがどんどん小さくなってしまった。




 だけど、こういうときの対処法は分かっている。




「ホムラ! 一戦一戦が命を懸けた真剣勝負だ! 臆したら死ぬと思え!」




 ユーリの声でホムラを鼓舞する。ホムラは燃え上がり、一回り大きく成長した。

よし! わたしは拳を握る。観衆もおーっと声を上げた。




「あら。人が変わったように。中々、やりますのね。でも、これはどうかしら!」




 ルーシャちゃんは杖を脇につけ、舞うように振る。




「我と契約せし、風の精霊ミルフィーユよ。清らかなる風に乗り、その身を我にゆだねたまえ。その真なる力を解放せん!」




 静かな、それでも力強く響く声だった。ルーシャちゃんが杖の先をミルフィーユに向ける。杖の精霊石とミルフィーユが同時に強い緑色の光に包まれた。




「え……」




 小鳥の姿だったミルフィーユ。しかし、次の瞬間、白い羽が生えた小さな女の子の姿に変わっていた。フワフワの羽毛のような白い衣装を着ている。纏わせる風もハッキリと輝いて見えた。




「変身?! 大きくなるなんてレベルじゃない!」




 わたしは思わず後ろに身を引いた。ルーシャちゃんは「ふふっ」と勝ち誇ったような笑みを浮かべる。




「ど素人さん、これもはじめてですの? これが精霊の解放ですわ。あなたの精霊は憑りついたときのままの姿をしている。けれど、解放した精霊は精霊本来の形をしているもの。しかも強いんですの! お行きなさい、ミルフィーユ!」




 解放されたミルフィーユは腕を振って、鋭い鎌風を起こした。




「きゃあ!」




 風はわたしに向かって来たかと思い、腕で顔をかばってしまう。もちろん、狙いはわたしではない。かばった腕をどけると、ホムラの胴が真っ二つに切り離されている。




「うそッ。ホムラ、負けてはだめ!」




 わたしの声に再び炎が燃え上がる。胴がなんとか繋がるけれど、全体の炎の大きさは小さくなってしまった。




「言霊で補強するのにも限界がありますわ。早く負けを認めた方が賢明ですわ! ミルフィーユ!」




 ミルフィーユは再び鎌風をホムラに向ける。




「逃げて、ホムラ!」




 身をくねらせて避けようとするが、全ては避けきれない。どんどん、風に削られて火の勢いは衰えていく。その様子にエルメラが本当に悔しそうにこぼした。




「うう、完全に相手が上だよ。まだユメノは駆け出しも駆け出しの精霊使いなんだもん。ここは降参しよう」




 わたしはギュッと杖を握り込む。




「だけど、このまま終わるなんて惜しいよ……」




「うん。でも、ユメノも言っていたじゃない。完全に消されたら」




「そう。こんな機会滅多にない! 盗めるだけ盗まなきゃ!」




「え……」




 わたしはキラキラした目でルーシャちゃんを見つめた。いま目の前には大変都合のいいお手本がいるのだ。わざわざ知らないことを教えてくれた。




 声優の世界では、現場で教えを乞うことはない。学校で基礎は習うが、後は現場で吸収していくしかないのだ。あらゆるシチュエーションをあらかじめ想定し、声をイメージして反復練習。それが声優の唯一出来る鍛錬方法。精霊使いだろうと練習あるのみ。




「我と契約せし、火の精霊ホムラよ」




 さっそくルーシャちゃんの真似をしてみる。静かに力強く、魂を込めて。ミルフィーユの攻撃が一度止む。




「まさか解放する気ですの?」




「清ら」




 真似をしようとして、一度止めた。これは風の精霊バージョンだ。火の精霊バージョンを考えないといけない。わたしなりにセリフを作ってみる。




「……紅蓮の業火を燃やし、その身を我にゆだねたまえ」




 杖の精霊石をホムラにかざした。一層、言葉に力を込める。




「その真なる力を解放せん!」




 すると、しゅんとホムラの炎が消えた。火の精霊どころか、ただの黒い蛇になってしまう。




「あ、あれ? 失敗?」




 そのまま黒い蛇はパンッと砕け散った。




「う、うそ」




 何が起きているか分からない。何かの間違いでホムラ自身を消してしまったかとも思った。だけど、バラバラになった黒い破片が宙に浮き上がる。炭が奥から赤く色づいていくように、再び炎を灯しだす。




「まさか……」




 炎はさらに大きくなり、広場の人々の顔を照らした。そして、炎は人の形へと収束する。




『きゅるう!』




 そんな声を上げたのは、炎から生み出された小さな男の子だ。上半身は裸で、髪が逆立つように燃えている。蛇のような尻尾が生え、空中に浮いている。




「もしかして、ホムラ?」




 一抱えするほどの大きさの男の子は、くるっと宙を一回転して近づいてきた。




『きゅる!』




 ホムラはそう言って頷く。何だか、可愛い。




「すげえぞ、嬢ちゃん!」




「もっとやれ!」




 感動の涙を流している人までいる。ルーシャちゃんのときとは様子が違ったから、もしかしたら、最初に解放するときは最初砕けてしまうのかもしれない。




 わたしと解放されたホムラは、ルーシャちゃんに向き直る。




「これで互角だよ!」




「ふ、ふん! 解放できたからって、わたくしに追いついたと思わないでちょうだい! さぁ、ミルフィーユ、疾風を起こすのですわ!」




 ルーシャちゃんの言葉にわたしも戦うため臨戦態勢に入った。




「ホムラ! 構えて!」




 気合は十分。のどの調子も絶好調だ。そう、思ったのだけど――




 ルーシャちゃんが動こうとしないミルフィーユに声を掛ける。




「ミルフィーユ?」




 肝心の風の精霊ミルフィーユはこちらを見つめて動かない。




「えーと、ミルフィーユさん?」




 わたしがそう言った途端、ミルフィーユが動いた。足元にやってきて、胸に手を当ててお辞儀をしたのだ。ルーシャちゃんが絶叫した。




「ミルフィーユ!? なにをしていますの!」




「どういうこと?」




 わたしは意味が分からないけれど、ルーシャちゃんは分かっているみたいだ。わなわなと震えて、表情が完全に崩壊していた。最初のころの優雅さは欠片もない。




 エルメラが代わりに解説する。




「んとね。風の精霊がユメノを主人と認めたってことだと思う」




 主人と認めた。衝撃的な言葉が、ががーんと脳に響く。




「つまり、技術だけじゃなくて精霊まで盗んじゃったってこと!?」




 広場中にわたしの声が響いた。




「精霊を盗む?」




「そんなこと聞いたことないぞ」




 広場にいる人たちもざわめき始める。




「う、う……」




 ルーシャちゃんは杖にもたれかかり、今にも泣き出しそうだ。思わず手を伸ばして近づこうとした。




「ルーシャちゃん」




「ううううう! この恨みは絶対に晴らさせていただきますわ! 覚えてらっしゃい!」




 ルーシャちゃんは背を向けて、捨てセリフを吐いて走って行ってしまう。




「え! ミルフィーユは!?」




 ミルフィーユを見ると、きゅるきゅる一緒に鳴いて、すっかりホムラと馴染んでしまっている。すごく微笑ましい光景だけど、ルーシャちゃんのことを考えると笑えない。




「うーん。お金は貰うけど、さすがに精霊は貰えないよ。ミルフィーユ、ルーシャちゃんの所に帰るの」




 ミルフィーユと目と目を合わせて言う。しばらく見つめ合っていたけれど、ミルフィーユはゆっくりと頷いた。小鳥の姿に戻って飛んでいく。




「返しちゃうの? せっかくの風の精霊だったのに」




 エルメラがそう言うけれど、そういう訳には行かない。




「サクサク進むためには惜しい存在だけど、さすがにね」




 ルーシャちゃんが可哀想すぎる。今はお金があれば十分だ。残された箱はコインであふれて見えなくなっていた。





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