異世界に召喚された声優は最強です
白川ちさと
第一章
第1話 声優召喚!
この日、わたしはオーディションを受けていた。
人気漫画のみんなが待っていたアニメ化。そのヒロインの声のオーディションだ。ライバルはたくさんいた。
だけど、この役はわたしに決まっている。わたしの可愛くも迫力のある声にピッタリだし、以前仕事をしたことのある監督との仲も良好。
わたし、星原夢乃以外を選ぶ理由がない!
――本人が異世界に召喚されているなんてことがなければ。
眠たいまぶたを擦って目を開くと、薄暗い天井にクモの巣があるのが見えた。
「うーん? なに、ここ」
わたしの部屋にあんなに大きなクモの巣があるはずない。このまえ、引っ越してきたばかりだ。どこか、古い旅館にでも旅行に来ていたんだっけ。
「あっ! 起きた!」
かわいい鈴の音が鳴るような声が聞こえたと思ったら、誰かが顔をのぞき込んでくる。あ、あれ? 人にしては、いろいろ小さいような……。
「よかったー。全然目が覚めないから心配したんだよ!」
「よ、妖精?」
水色の長い髪はみつあみ。昆虫みたいな薄い羽は青白く、うっすらと光っている。くりくりとした瞳で、寝ているわたしを見つめていた。
「これはきっと夢。夢に違ない」
だって夢じゃないと、妖精だなんて説明つかないもの。
「夢なんかじゃないよ」
「いい? 妖精さん。わたしは声優。きっとファンタジーアニメの予習をし過ぎたせいね。夢をみるのも、ファンタジーになってしまったみたい」
「じゃあ、これでどう?」
妖精はわたしの髪を一束掴むと思いっきり引っ張った。
「いったーい!」
「どう? これで夢じゃないって分かったでしょ」
「まさか……」
そわそわとした心地で辺りを見回す。水ガメや古びた鏡、木箱などがおかれていた。絶対にわたしの部屋じゃない。いつの間にこんなところに連れて来られたのだろう。わたしの混乱を無視して妖精は腰に手を当てた。
「いい。よく聞いて。あなたは世界を救う巫女に選ばれたの!」
「世界を救う巫女?!」
またぶっ飛んだ単語が出てきて、大きな声が出てしまった。
「わたしがそのために違う世界から召喚したの。お願い! 世界を救っ――」
「冗談じゃない! これ、なにかのどっきりでしょ! わたし、仕事があるから!」
わたしは寝ていた台から降りた。ふと、鏡に映っている自分を見る。
「なにこれ!?」
おどろくのも当然だ。そこに居るのはバリバリ若手声優の星原夢乃の姿ではない。
身長が低く、黒くて長い髪が波打っている。大きくてちょっと生意気な瞳。どう見ても、十二、三才のころのわたしだ。
「どうして」
青くなっているわたしの顔に鏡越しに手を当てた。すると、妖精がごにょごにょと何かを言い始める。
「えっと、それはこっちに魂を呼んだ拍子に、その姿に……」
「うそでしょ。本当に異世界だなんていうの?」
混乱につぐ混乱で我慢の限界だ。わたしは、部屋に階段を見つけて駆け上っていく。そして、たどり着いた扉をバンッと開いた。
どうやらわたしが寝ていた部屋は、一軒家の地下室だったみたい。しかも知らない森の中にポツンと建っている。
でも、それより気になることが――
「空気が熱い。なに?」
後ろからついてきていた妖精も、おかしく思ったみたい。屋根より高いところに飛んでいくと、すぐに顔色を変えて戻ってきた。
「大変! 村が! 村が燃えている!」
「なっ! なんで!?」
いきなり違う世界に連れて来られたこともビックリだけど、どうして近くの村が燃えているのだろう。わけも分からずグルグルしているわたしの側で、妖精は真剣な顔で村の方を向いている。
「これは、絶対に精霊の仕業よ……」
「せ、精霊?」
「お願い! いま村を助けられるのは、あなただけなの!」
「な、なにを言って……」
どうして助けられるのがわたしだけなの。水をかけて消すしかないはずでしょ。
だけど、村の様子も気になる。もしかしたら、けが人がいて逃げ遅れているかもしれない。火に囲まれて逃げられない人たちがいるかもしれない。
嫌な妄想ばかりが頭を満たしていく。わたしはガリガリと頭をかきむしった。
「ああああーーーーッ! もうッ! 人命のためなんだからね!」
いつもよりずっと小さい歩幅で走り出した。深い森の中の道に入ると、妖精がぴったりと横に来る。道は一本道だから迷いはしないだろう。暗くなっている時間かもしれないのに、空が赤く染まっているのでよく辺りが見える。
「わたしはエルメラ。あなたは?」
「……ユメノ」
下の名前だけで十分だろう。エルメラも気にせず話し始める。もしかしたら、この世界では下の名前だけの人が普通なのかもしれない。
「いい、ユメノ? いま、この世界で昔は人間たちと仲良くしていたはずの精霊たちが暴れている。高ぶって暴れている精霊たちには、わたしたちの声が届かない。でも、世界を救う巫女に選ばれたユメノの声ならきっと届く!」
本当かなと思う間もなく、森が開けた。風がゴォッと吹き荒れて、火の粉まで飛んでくる。
「……ッ! 何これッ!」
わたしは目を見開いた。熱風がわたしの髪をなびかせ、肌を痛いほど刺してくる。エルメラの言った通り、村は燃えていた。古い木造の家の上を、火の蛇が飛び移っていたのだ。
例えなんかじゃなくて、本当に!
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