墓参り 5

 その日は、千早様は朝から気が立っているようだった。


 朝が弱い千早様なのに、わたしが朝餉の用意を終えて起こしに行くと、珍しく先に起きていて、褥の上に片膝を立ててぼんやりしていた。

 わたしが声をかけると、すっと氷のような目でわたしを見て、無言で立ち上がる。


 支度を手伝おうとしたが、いらないと言われて、朝餉を準備している隣の部屋で待つように命じられた。

 隣の部屋に向かうと、青葉様が到着されていて、わたしの顔を見て微苦笑を浮かべる。


「機嫌が悪いだろう?」


 頷いて言いものか躊躇いつつ、小声で「はい」と答えると、青葉様が肩をすくめた。


「毎年のことだから気にするな。……今日は、先代様の命日なんだ」


 先代様、ということは千早様のお父様のことだろう。

 千早様のお父様は、百年ほど前に道間家によって殺されたと聞いた。

 だから千早様は道間家を憎んでいて、その腹いせにわたしを鬼に変えたのだそうだ。


 わたしを下女として働かせることで鬱憤を晴らしていらっしゃるのかもしれないけれど、わたしにしてみれば千早様にはよくしていただいているという印象しかなく、むしろこれまでの暮らしの何倍もここでの暮らしの方が快適だ。

 道間家を憎んでいるのなら、わたしの扱いも手ひどいものになるはずで、それがないから、わたしは千早様の中でお父様のことは過去のことになっているのではないかと勝手に思っていた。

 百年も昔のことらしいので、憎しみも薄れているのだろう。

 そう、身勝手にも推察していたのだけど、今朝の様子を見るに、それは間違いだったと思い知らされる。


 千早様はまだ、道間を深く憎んでいる。

 その事実に、わたしの胸が痛んだ。

 わたしは道間に生まれながら道間家の一員とはみなされなかったけれど、道間の血が流れているのは間違いない。

 千早様からしたら、お父様の仇だ。

 わたしのことも、さぞ、憎かろう。


 ずきずきと痛む胸の上を抑えていたら、着替えをすませた千早様がやって来た。

 無言で朝餉を乗せた懸盤の前に座り、気だるげな様子で箸を持つ。

 いつもなら一言二言あるのだが、今日の千早様は一言も言葉を発することなく、ただ黙々と食事をとっている。


 千早様の側に控えて、お櫃からご飯のお代わりをよそおうとしたけれど、千早様がすっと手で制した。

 いつもは朝からお茶碗二杯分は食べる千早様なのに、今日はお代わりはいらないようだ。

 青葉様はいつも通り召し上がるみたいなので、青葉様にお代わりをおつぎしていると、箸休めの沢庵をぽりぽりとかじっていた千早様が顔を上げた。


「ユキ」

「はい」


 すぐに返事をすると、千早様は箸をおいた。


「昼から出かける。ついて来い」


 わたしが鬼の隠れ里に来てからこのお邸の外に出るのははじめてのことで、だから「出かける」と言う言葉がすぐに理解できなかった。

 ぱちりぱちりと瞬いて、それから「はい」と返事をすると、千早様が少しだけ表情を緩める。


「昼から雪が降りそうだ。傘を準備しておけ」

「かしこまりました」


 わたしが頷くと、千早様が再び箸を手に持った。

 青葉様がもの言いたげな顔で千早様を見ていたことに、遅まきながら気づいて首をかしげると、青葉様がゆっくりと首を横に振る。


「ユキ、今日は冷える。温石を用意し、暖かくしていきなさい」


 青葉様はそう言って、目を伏せた。




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