16・……今は言い訳を用意します

「……ところで」

「はい?」


 まだ何かあったかな。


「俺はどこで寝ればいい」


 問題あった!


 寝る――という単語に、自然とわたしはベッドに目を向けてしまう。

 さすがにお父様のために用意されている部屋だけあって、ベッドもキングサイズではある。人間三人ぐらい余裕で寝転がれる。仕切りを挟んで同じベッドで寝ることは可能だろう。

 しかしためらう! お互いそのつもりがなくても――いやないからこそダメなやつでしょう!


「し、寝台に上がるつもりで聞いたわけじゃない! 床の一角でも貸してもらえれば勝手に寝る!」


 わたしの視線を追ったアルディスは、勢いよく首を横に振った。

 いやでも、床って。


「人にその扱いはどうかと」

「野宿に比べればマシだ。問題ない」

「わたしの方が気がとがめるんですけど。……考えてなかったけど、ヘルゼクスさんにベッドもう一個頼まないと」


 しばらくここで過ごすことが決定したわけで、だったら必要だろうと思った呟きは当人から拒否される。


「それは止めておけ。設定が崩れる」

「おかしい……かな?」

「俺を気に入って部屋に囲っているのに、ベッドを分けるのはおかしい」


 う! そうかも。


「だが、一つしかないベッドに上げないのは特におかしくない」

「う……っ」

「反論はあるか?」


 ここでない、と言ってしまえばアルディスは床で寝ることが決定してしまう。しかし他に解決案が思いつかない以上、ノーと言ったら一緒に寝る以外の道がないわけで。

 どちらの方が精神衛生上いいだろうか。ここはやはり、アルディスの誠実さを信じる方向で行った方が……。

 そうだよ。わたしは元人間の意識があるから、アルディスのことも対象外とか割り切れないけど、向こうにしてみれば完全なる別種族。そもそもその手の欲望など湧かない可能性が。


「ああそれと、断っておくが俺は貴女の容姿が嫌いじゃない」


 ふぁ!?


「無理だと思う相手にあんなことを言うか」


 つい先程の黒歴史まで引っ張り出して説得力を加えてきた。言ってる本人も恥ずかしいのか頬が赤い。悪いことをしてしまった気持ちになる。


「だから、あまり無防備な提案はしてくれるなよ」


 ……これを言うためだけに忘れたい過去まで引き合いに出してくれたのだね……。

 より安全性は増した気がするけど、そこまでして固辞こじするアルディスを引き込むと、わたしの方が本格的に痴女かしら……。


「でも、種族が違っても関係ないんだ?」

「大して変わらないからな。煌使こうしにしたって、気に入った人間を側に置くことも――……」


 言っている途中でふと、何かに気付いたかのようにアルディスは言葉を切る。


「?」

「そうだな。本当に、変わらないんだな。本能の方が余程素直か。……なのに、理屈をつけて相手をおとしめる」

「自分が人より上の立場でいると思い込まないと不安になる人もいるからね」


 煌神こうじんは支配手段として実を取ってるだけだからまた違うけど、他人と比べてしか自身の安定を得られない人がいるのは確か。

 そういう人にとって、あなたより下の人(種族)がいますよというのは、嬉々として乗ってしまうありがたい制度なのだろう。

 でも心の中ではそんなことはないと分かっているから、必死になってマウントを取りたがる。


 はっきり言って馬鹿馬鹿しい。人の価値なんて全員一緒。上も下もない。天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。昔の人はいいこと言った。

 とはいえ、そういう価値観の人間がこの世界に多いのはいっそ当然。だって煌神が教育を決めてるんだろうから。

 教育なんてものは、為政者が求める国民性を作り出すために存在するのだ。自分の常識を疑う力を養わないと、いい様に使い潰されて終わる。

 今のアルディスの状況が、正にそれだし。


「……まあ、とにかく。種族が違うのは問題にならないと、貴女も同意するわけだな?」

「……まあ」

「床を借りる。異論はないな」

「……はい」


 第一ラウンド、敗北しました。




 翌朝。侍女の皆さんに身支度を整えられたわたしは、その中の一人に頼んでヘルゼクスさんの所まで案内してもらった。

 一応自分の住居なのに、どこに何があるかをまったく把握できていない。いきなりは無理だから、少しずつ覚えていけばいいよね。

 ちなみに、アルディスは部屋に残ってもらった。顔を合わせるだけでヘルゼクスさんの機嫌が降下すると分かっているので、待っていてもらうことにしたのだ。


「姫様、こちらにございます」

「ありがとう。ご苦労様」


 案内をしてくれた侍女を下がらせ、わたしは扉をノックして開く。


「ヒルデガルドです。失礼します」

「これは……! どうされたのです。わざわざ足をお運びいただかずとも、呼んでいただければこちらからお伺いいたします」


 ヘルゼクスさんの表情は素直に驚いている。歩き回られたくないとかそういうんじゃなくて、本気でそう思ってるっぽい。

 器は大切にしてくれるんだよね、器は。


「お城の中も見て回りたかったので。それで、今って大丈夫でしょうか」

「勿論です。どうぞ、お掛けください」


 あ、そうか。彼の立場ならそう言うしかない。……ないのかな? いや、分からないな……。

 でも言いそうな人ではあった。これからはちゃんと予定を確認してから来よう。

 ヘルゼクスさんはわたしを来客用と思しきソファに促し、自分は立ったまま座ろうとしない。


「あの。話しにくいので座っていただけると……」

「承知しました。では、そのように」


 頑なに断られはしなかった。ほっとする。


「では、ご用件を伺いましょう」

「外の様子がどうなってるのかが気になりまして。もし知っていたら教えてほしいな、と」


 アルディスの家族を迎えに行きたい、なんて言ってもヘルゼクスさんがうなずくわけがない。なので口実を用意することにした。


「煌使が一人死んで、反逆者になった聖刻印せいこくいん持ちの聖騎士が魔族に連れられて逃亡……って、結構大事ですよね?」

「ええ。煌神にとって、事件でしょうね。貴女が生まれた途端のことですから」

「多分、わたしのこと探してますよね?」

「間違いなく」


 ですよね……。


「ですが、ご安心を。奴らは何百年とこのヴァルフオールを探し続けていますが、この通り見つけられておりません」


 うん、それは今回も大丈夫だって信じたい。

 ――ただ、いい口実にはなるよね。


「でも、今回は派手だったでしょう? 上の動きをもう少しきちんと調べて安心したいんです」

「動向を探る役目の者が今も活動中です。どうぞ、ご安心を」

「その人たちは魔族ですよね?」

「勿論です。ゆえに、報告が偽りである可能性もありません」


 本人たちが得た情報が偽りなく届けられるって点については、疑う必要はないんだろう。ただしそこには落とし穴が作れる。


「魔族が人間の町で深い情報を探るのは難しいでしょう?」


 つまりどうしたって、町中で噂として流れるレベルの情報収集になってしまう。

 勿論、重要である。でもそれだと、隠されて動いている話はきっと拾って来られない。

 これまでは十分だったんだと思う。煌神側にしたって、魔族はすでに自分たちと張り合うようなものではなく、世を支配するための存在になり果てていたんだから。

 今の煌神がわたしの存在をどの程度に考えているのかは分からない。だからこそ、警戒しておくべきだと思ってる。


「アルディスなら人の町に溶け込めるわ」


 エリートだからって、罪人だからって、全人類に顔が割れてるわけじゃない。魔力だけで身バレしちゃう魔族より、ずっと中に入りやすい。


「仰る通りです。しかし、持ち帰ってきた情報には価値を感じませんね」


 嘘をつくかもということね。アルディスが人間だから。


「突拍子もない嘘なら、それこそ集中して裏付けを取ることはできなくないと思います。それに、彼は煌神に裏切られています。今更煌神のための嘘はつかないでしょう」


 実際、彼はわたしのことを煌使に伝えなかった。その場面はヘルゼクスさんも見てる。

 ヘルゼクスさんは、少し思案するような間を空けてから。


「つまり、ヒルデガルド様はあれを煌神の動向を嗅ぎ回らせる犬としてお使いになりたい、と?」

「一部、その役目を負ってもらってもいいと思ってます」


 これは本心。


「……分かりました。貴女が望むのなら、ご自由に」

「本当!?」

「ただし、外に出す際にはこちらの情報を口にできないように魔法を掛けます。よろしいですね」

「……そうですね。それは否とは言いません」


 アルディスを信用していないヘルゼクスさんからすれば、それぐらいの予防策が出てくるのは当たり前。

 わたしは……状況によって、かな。

 必要がなければアルディスがヴァルフオールの情報を漏らすとは思わないけど、必要があったら分からない。それこそ、家族の命と引き換え、とかね。

 ヘルゼクスさんの提案を呑んだ時点で、わたしも万が一の場合、アルディスの大切なものを切り捨てさせることを了承したとイコールだ。

 嫌な想像に胸の中が重くなる。でも、変えようとは思わない。


「……よかった」

「わたしが魔族を優先して、ですか?」


 魔族を――そして自分を優先した。それはアルディスにとってはきっとすごく悔しくて腹の立つことだろうけど、わたしにとっては正しい。

 正しさなんて、立場によって変わる。アルディスの望みを進んで切り捨てたいわけじゃないし、むしろ一緒に助けられたらいいと思ってる。それでも、交われない部分はある。一番大切なものが違うから。


「はい。もし貴女が色に迷って愚かな選択をするのなら、躾が必要かと思いましたので」


 ひっ。


 後半部分、妙に嬉しそうに言ったように聞こえたの、気のせいよね? 気のせいにしておこう、うん。自分のために。

 今は大丈夫だった……けど、いつか決定的に差異が出たとき、どうなるんだろう。

 そのときまでには対等になって、きちんと話し合えたらいいな。


「では、そうですね。私としてはこの領都周辺の情勢までを探れば十分かと思いますが、いかがでしょう」

「それでいいと思います」


 何かが起こっているのか、それとも何も起こっていないのかをアルディスに調べてきてほしいのも本当。だからまあ、妥当なところだろう。

 家族の家がそこより遠かったら……。ま、まあ頑張ってもらおう。これ以上は無理。


「では、そのための支度を整えさせます」

「お願いします」


 今回の準備は、せいぜい路銀とか道具とかだよね。任せても特に凄惨な事態にはならない……はず。

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