12・魔神の娘として生まれた意味

【どちらにしろ、騎士の持つ肉片ぐらいは回収しなくては、あまりにこちらに益がない】

(じゃあ……)

【しかしあの程度のやからで一々我が表に出るようでは、お前の器が早晩崩壊する。故に、お前がやれ】

「――」


 命じられた内容に、息を呑む。

 怖い。でも。


【ほう。否とは言わぬか】

(できなきゃいけない、とは思います)


 この先、こういうことは何度だってあるだろう。であれば、お父様の言葉には正しさしかない。

 それにわたしの手がわたしの意思じゃないことをやるのは、正直気持ちのいいものじゃないし。


【何を的外れなことを。お前の依代よりしろは我が肉片。お前の器は、いずれ我の器となるために存在している】


 ……え?


【そのようなことより、あの煌使こうしだ】


 え、待って。今、聞き流しちゃいけない話が……。


【一撃で仕留めるぞ。煌神こうじんにお前の姿を知られるのは面倒だ】

(あ。えっと、――はい)


 確かめなきゃいけないことではあるけど。わたしは意識して考えを押しやった。

 考えるのは後でもできる。でもアルディスさんの命は今でなきゃ間に合わない。


(力の使い方を教えてください、お父様)

【補助してやる。体の魔力を感じ取れ】


 お父様の言葉が終わると同時に、体の温度が上がった気がした。正確には、体内を巡る何か――というか魔力が熱くなっているのだ。

 意識してみたら、自由に操れそうな気がした。


 魔力はお父様が生み出している力で、その肉片を依代としてできてるわたしにとっても馴染み深いもの。力を制御するための呪文も陣も、必要ない。ただ望む形に変えればいいだけ。


 ――よし。


 わたしは膝をついたまま動けずにいる人々の間を擦り抜け、路地へと走る。煌使の目が追いかけてきたけど、すぐに途切れた。目の前のヘルゼクスさんとエスティアは、彼女にとって荷の勝ち過ぎる相手。わたしを追ってくるほどの余裕はない。


 煌使の死角に回り込み、集中。彼女がやったように、魔力の槍を作り出す。

 弓とかだったらもっと正確さとか飛距離とかもプラスできそうだけど……当てられる自信がないので自分の手で直接投げられるようにすることにした。


【賢明だ】


 背伸びはしない主義です。疲れるから。


【ヒルデガルド。分かっているだろうが、必ず殺せ】


 一切の反論を認めるつもりがないと分かる、冷たい声。その強さに、圧に――そして正しさに、一瞬魔力コントロールを乱してしまう。慌てて整えた。


(……はい)


 起きたてのわたしは殺人を忌避きひして、それだけでアルディスさんを殺すのを拒んだ。結果は悪いものではなかったとわたしは思っているけれど、それはたまたまだ。

 煌使の言動を聞いた今なら分かる。わたしはすごく危険なことをしていた。お父様の対応が正しかった。

 彼女はわたしたちを、否、人間も含めて見下している。同じ命だと思っていない。

 何をしても許される――というか、自分たちの当然の権利だと考えているふしさえある。

 だから今は、その命を奪う。己の命を護るために。


【そうだ。それでよい】


 煌使は翼の機動力という武器を使って、上空からアルディスさんのみを狙って仕掛けている。自分の安全を第一にしているようで、幸い効果は上がっていないけれど。

 多分、エスティアやヘルゼクスさんに敵わないのを悟っている。なのに逃げないのは……逃げられないのか、援軍が来るのか。どっちにしたってその理由の解明を待つ必要性はない。


 やはり地上から空へ攻撃するのは難度が高いようで、ヘルゼクスさんたちも回避を主体にする煌使に手を出しあぐねているけど――死角からなら、どう?

 煌使が攻撃に移ったその瞬間を狙って、わたしは槍を投げた。初めてのはずなのに、体はどう投げればいいかを知っているかのようにスムーズに動く。


 そして呆気なく、魔力の槍は彼女の頭を貫いた。

 首から上を失って煌使の体は滞空をやめ、落下していく。

 唐突な幕引きにしん、と広場は静まり返った。そのせいで煌使の体が地面に叩きつけられる生々しい音が、誰の耳にもしっかり入ったことだろう。

 ……勿論、わたしも。


「ひいぃぃぃいッ!!」

「煌使様が! 煌使様がッ!!」

「いやあぁっ。うご、うごけっ、どうして動けないのよッ」


 ヘルゼクスさんによって重力操作され、体の自由の効かない人々が一気に悲鳴を上げる。


【退くぞ、ヒルデガルド。後は二人に任せればよい】

(そうですね)


 今二人に駆け寄ったところで、わたしにできることは何もない。

 それに、ちょっとした打算もある。

 聖刻印せいこくいんの封印を壊して、肉片を回収できるのはお父様――つまりわたしの体だけ。わたしが退いてしまえば、少なくともそこまではアルディスさんを連れてくるしかない。

 治療をね、してくれるんじゃないかと思うんだよね。アルディスさん、結構酷い有様だったから。死なれたら困るのはヘルゼクスさんも同じ。


【……お前は、我に思考が筒抜けだと本当に分かっているか?】


 はっ。


【気まずく思うのならさっさとその甘い考え方を切り替えろ。――足を止めるな。行け】


 ごもっとも。

 混乱する町をそそくさと後にして、来た道を戻っていく。

 向かう先は万が一のときに落ちあう場所として決めておいた宿場町。

 聖刻印を取るのに一番安全なのはヴァルフオールなのは間違いないけど、さすがにそこまでは行けない。安全だからこそ、そこにアルディスさんを連れ込むのがなし。

 彼が煌神を見限ってわたしたちに力を貸してくれればいいけど、そうじゃなかったら殺すしかなくなってしまう。だから駄目。


【お前は妙にあれを生かすことに拘るな】

(誰にだって死んでほしくはないです)


 あの煌使だってそう。

 絶対的に敵だし、その嗜好しこうもはっきり言って気持ち悪かったから後悔はしてないけど、じゃあ殺したことに何とも思わないかといえば、そんなことはない。

 できるなら、生きて矯正させた方がいいに決まってる。……まあ、彼女の場合更に前科がありそうだから、生かしていいか微妙だけど……。


【ただの敵だ】

(でも、命です)


 わたし自身と何も変わらない、一つの命。決して軽んじていいものじゃない。だってわたしも軽んじられたくないもの。


【そのような考え方では、お前が死ぬ】

(心配してくれるんですか? ――わたしが、貴方の肉片だから)

【そうだ】


 お父様の答えには、一切のためらいがなかった。


(わたしは、肉片じゃない)


 今こうして、自分の意思で動いている。

 抵抗を込めて訴えれば、心の中でお父様の動揺が伝わってきた。

 そして自らの反応を抑え込むように、意図した冷徹な声が返ってくる。


【それでも、いずれお前の依代たる我の肉片は、我に還るべきものだ】


 わたしの肉体を形作っている核である依代を奪われたら、わたしは――


【我に還る。それだけのこと】

(でも、わたしは貴方じゃない)


 同じものだという意識なんかないのに、還るなんて言われ方はおかしい。

 それは、むしろ。


(吸収、でしょう)

【くどい。戻るだけだと言っている】


 平行線だな。


(わたしの器は小さすぎて、貴方には使えない。だからまだわたしを残すのを許容しているのね。肉片を集めて、いずれわたしを殺すために)


 なんという皮肉。魔族として生まれた以上、安心を取り戻すには魔神であるお父様を取り戻す必要がある。けれどそれは、わたし自身を殺すのと同義だった。

 わたしが抱いた反発に、お父様が返してきたのは――戸惑い。


【我の復活を望まぬ、と?】


 ……望んでいない、というのとは、違う。

 わたしを構成するものの全ては、お父様によって生み出されたもの。今の世界情勢に対する憤りも嘆きもあるし、それを覆すにはお父様がいなきゃダメなのも分かっている。だってお父様が力の根源なんだもの。


 でも――。

 わたしは、死にたくない。


【死ではない。我に還るだけだ】

(いいえ。わたしがわたしでなくなったのなら、それは死です)

【……では、どうする?】


 どうするも何も。それでも現状、わたしが取れる道は一つしかない。


(お父様の肉片を探します。今まで通り)


 お父様の声を無視してヴァルフオールに引きこもることは、できるかもしれない。声が聞こえるのはわたしだけだから。

 適当に誤魔化すことも……怪しまれるだろうけど不可能じゃない、と思う。分かったとしても、お父様の肉片からできてるわたしを魔族の皆は傷付けられないだろうし。

 でもそれを望むのか? と言われれば答えはノーだ。


 種族が違うというだけで、尊厳も何もかもを無視されるこの状況は、絶対間違っている。魔族の皆がどれだけ辛い時間を耐えてきたか、想像に難くない。

 そんな中、お父様の肉片から意思を持ったわたしが――自分たちの神と意思疎通ができる、希望と言って差し支えない存在が生まれてしまったのだ。


 飛びついてきたエスティアの熱、まだ覚えてる。彼女は本当に喜んでいた。それぐらい苦しかったのだ。その想いでわたしに懸命に尽くしてくれている。

 そんな彼らに延々嘘をつきながら暮らしていくの? きつい。

 それにわたし自身だって、引きこもったところで安全が約束されるわけじゃない。

 わたしの誕生を煌神は知っている。肉体を幾百、幾千にバラバラにする、執拗しつような性格の持ち主だもの。きっとわたしを殺すまで狙ってくるだろう。

 まずは、力を付けないと。


【そして、どうする?】

(わたしは生きるわ。お父様)


 どうやって生き残るかは、これから考える。


(何にしたって、今のわたしではお父様の器たり得ない。つまりしばらくは利害が一致しているわけです)

【しばらくは、な】

(そう。しばらくは)


 わたしの核を奪おうとしてきた瞬間から、敵ですから。

 でもそれまでは、わたしだって庇護者が欲しい。安全に寝られる拠点が欲しい。

 だってまだ生まれて一月も経ってないんだよ! それぐらい求めたっていいでしょう!

 だからそれが維持されるように、行動する。


【……まあ、いい。確かにお前の言う通り、お前の器はまだ我の器足り得ず、聖刻印を壊し、我の肉体を集めるにはお前が必要不可欠。好きにするがいい】

(そうしますとも)

【……不可解だ】


 意思を持って生まれてきたものが生きたいと願うことの、一体何が不可解なのか。理解しない方がわたしにとっては不可解だ。


【なぜ、我の器となることを拒むお前が宿って生まれたのか。ヘルゼクスでもエスティアでも――他の魔族であれば、栄誉に震えて差し出すだろうに】


 それは多分、わたしが生粋の魔族じゃなくて前世を覚えて生まれているからだと思うけど。

 そんな世界の神秘に足を突っ込んだこと、もちろんわたしにも不可解だ。

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