魔道具鑑定士レティの冒険

せっつそうすけ

第一部 追放令嬢編

第1話「追放令嬢と転移装置と冒険者」

――この物語を“おさんぽ日和”に捧ぐ。





わたくしの名前はネレスティ・ラルケイギアと申します。歳は一七歳、帝国の貴族令嬢をしておりましたが……なかなか説明しづらいのですけど、色々ありましてわたくしは今……。


「――ここは何処でしょう?」


真っ暗な空間、床が冷たくてザラザラしています……石畳でしょうか? あまり動くのは得策では無いとは思いますが、状況が全くつかめないのでわたくしは危険が無いか警戒しつつ、よつん這いになり手探りで周囲を調べることにしました。


しばらくすると目が暗闇に慣れてきて、わずかに周囲の様子が分かるようになってきました。石畳の床に……丸い石柱のような物が所々に立っています。石柱はわたくしが両手を回して半分に届く程の太さでしょうか。


「どなたかおられますか?」


返事はありません。わたくしの言葉は残響を残して闇に消えました。静か過ぎてわずかに「キーン」という微かな耳鳴りが聞こえるほどです。音の響き方からして、かなり広い部屋のような空間である感じがします。手探りで動いていると石柱とは違う、なにやら四角い台座のような物がありました。大きさはわたくしが両腕で抱きついて指先同士が届くくらい。高さはわたくしの腰より少し高いくらいですね。


台座の上には何やらデコボコした部分があります。これは何かの紋様ですね……気になります。灯りさえ有ればもっと詳しくしらべられますのに。そうやって台座を触っていると「ぼぅん」という小さな音がしました。


「きゃあ! え、何です?!」


辺りが静かだったので驚いて口から心臓が飛び出すかと思いました。そして音が鳴った直後に台座が淡く光り始めました。台座の特に光っている突起が気になって触ると、周りの石柱に灯りがともり床にも所々光が……。



(これでよく見える様になりました……この台座を触ったことで灯かりが点いたのですね?)



台座の上には金属の板が立ててあります。鏡の様に磨かれた金属の板は周囲の灯かりを映して綺麗です。その時ふと頭をよぎったのは子供の頃よく読んでいた空想創作物語です。それには貧しい庶民の子が悲劇的な死を迎えた後に生まれ変わって美しい姫君や勇敢な英雄になって大活躍して幸せになる……という内容でした。



(ひょっとしてわたくしは一度死んで今、生まれ変わったのではないでしょうか!?)



そう思い、台座の上の金属板に自分の姿を映してみました……囚われた時に着せられた粗末な灰色の上衣チュニックと茶色い綿の下履きズボン、肩まで伸びた少し癖のある栗色の髪、武人だったお爺様譲りと言われた太めの眉、歳の割に貧相なくびれの無い身体と背丈……紛れもないネレスティ・ラルケイギア――わたくしそのものです。美しい姫君にも勇敢な英雄にもなっていませんでした。



(……そうですよね、現実を見ましょう)



灯かりがついたので周囲を見渡すと、わたくしのいるこの場所の広さは大体直径が二〇メートルくらいの半球形の部屋でした。石柱は部屋の中央にある直径が一〇メートルほどの円形に光る床を囲むように配置されています。わたくしが立っていたのは石柱と同じ並びで配置されている台座の前でした。


「この部屋、もしかして……」


台座を調べる為にあちらこちらに触れていると、突然「ふおんふおんふおん」という唸り声の様な音が鳴り始めました。


「なな、なんですか?! 触ってはいけない所でも触って……」


すると、鏡のような金属の板に光る文字らしきものが幾つも現れたり消えたりしています。


「え? え? こ、これは……たしか古代文字?! 一体なにが――」


石柱が全て眩しく輝き始め、部屋の中心に光の渦が巻き起こってきました。それはだんだんと眩しく輝きを増していきます。部屋中が光に溢れて私は眩しくて目が開けられなくなってきました。



『……おおっと!? ごめん……ったかも』


『……ヤバ……集ま……だ!』



何人かの騒がしい人の声のようなものが途切れ途切れに聞こえます……光の渦の中からでしょうか? そして「ふおんふおんふおん」という音はどんどん大きくなってきます。



(爆発とかやめて欲しいですね……)



激しい閃光と「キーン」という耳鳴りのような音が鳴り響いたのでわたくしは思わず両手で耳を覆って地面に伏せました。しばらくすると音が鎮まったので顔を上げると、眩しさは無くなって光の渦が起こる前の明るさに戻っていました。部屋の中央の先ほど光の渦が起こった辺りに人が居ました。




(一、二……五人? ひょっとしてさっきの声はこの人達?)



「おい、みんな……大丈夫かシオリ?」


まず大きな盾を持って板金鎧プレートメイルを着こんだ戦士ファイターっぽい男の人が口を開きました。


「ええ……マーシウ、大丈夫よ。みんなは?」


マーシウと呼ばれた大盾の戦士ファイターがシオリという青く長い髪の綺麗な細身の女性に話しかけました。女性は残りの人たちの名前らしきものを呼んでいて、他の人たちはそれぞれ自分は無事だと表明しています。


「みんな……ごめん!」


地面に額を擦り付ける様にひれ伏して謝罪しているのは、長身で体格の良い短めの赤い髪の女性です。


「すまない……アンはそんなに自分を責めないでくれ、専門職じゃないのにトラップ解除頼んだのは俺だからさ」


マーシウという人がリーダーっぽい感じに見えますね、ひれ伏している女性の他にもみんなに気を配って話しかけていますし。



(……察するに、この人たちは冒険者と呼ばれる方々でしょうか?) 



「マーシウ殿、我ら以外に誰かいるぞ――警戒を」


ゆったりした厚手の上衣チュニックと裾を絞った太めの下履きズボンを身に着けた黒髪の男性が、石柱の影から様子を窺っていたわたくしを指さしました。



(え、わたくしのこと!?)



マーシウという戦士ファイターの人はその言葉を聞いた瞬間に表情が険しくなって、他の人たちを庇う位置に立って大盾を構えました。他の方々もその後ろで杖や短剣を構えています。



(あれ? ひれ伏して謝罪をしていた赤髪の女性がいない……)



「はい、動かないで。話がしたいだけだから大人しくゆっくりこっちに来てくれると嬉しいんだけど?」


「は、はい?」


突然斜め後ろから声がしてゆっくり顔を向けると、いつの間にか赤髪の女性がすぐ傍に立っていました。鋭い短剣の切先がわたくしの頬に付きそうなくらい間近にあります。



(い、いつの間に?! 全然気付かなかった……)



「わ……わたく……しは……あ、あやしい……者では……ありません!」


緊張で喉が強張っているのか思ったように声が出ませんでしたが、なんとか声を絞り出して敵ではない事を伝えます。



「……わかった、じゃあこっちに来てくれる?」



短剣の切先が少し下がって、赤髪の女性はお仲間の居る方を指さしました。口元は少し微笑んでいる様ですが目が……目が笑っていません。これが冒険者という人たちなのでしょうか?



(ひい……怖い……さっきまでひれ伏して謝罪をしていた人なのに……)



わたくしは大人しくこの方の指示に従う事にしましたけど、悪い人達じゃない事を切に願います……。



――わたくしは冒険者の方々の前に連れていかれました。


「アンねえ、その人多分大丈夫だから剣をしまってあげて? 本気で怖がってるから」


シオリという青い髪の女性は赤い髪の女性をアンネエと呼びました。シオリという女性の言葉でアンネエという方は短剣を鞘に納めます。わたくしはほっとしてぺたりと床に座り込んでしまいました。


「いやぁごめんね? 多分悪い存在じゃないとは思ったけど念のために警戒したのよ……大丈夫?」


アンネエ様はそういうと笑顔で手を差し伸べ、わたくしは手を取り立ち上がらせて貰いました。


「わ、わたくしはネレスティ・ラルケイギアと申します。帝都に住んでいた貴族でしたが故あって転移装置テレポーターでここへ飛ばされてきました。何処へ飛ばされたかもわからず死を覚悟していましたが……あ、ありがとうございます……アンネエ様」


私がそう返すと、何故か冒険者の皆様は笑っていました。


「あはは、あたしの名前はアンだよ、遊撃兵レンジャーのアン。このシオリとそこのファナはあたしが年上なんで"アン姐"と呼んでるんだ」



(ああ、その"ねえ"だったのですね? 恥ずかしいです……)



「ネレスティ・ラルケイギアさんね。私はシオリ、治癒魔術師ヒーラーよ」


青い髪の女性が微笑みながら名乗りました。



(うわ、綺麗な人……青い髪も珍しいし、こんな美しい方は貴族令嬢でもなかなかいないでしょう……)



「はいはーい! わたしファナ! このパーティーの要、天才魔術師メイジだよ!」


魔術師メイジって言いますが、まだ年端も行かぬ少女にしか見えません……たしかにフードのついたローブと身長より背の高い杖は持っていてそれっぽい恰好ですが……。


「ラルケイギアさん。俺は戦士ファイターのマーシウ、このパーティーのリーダーだ。残りの一人は精霊術師シャーマンのディロン、無口なのであまり喋らないが気にしないでくれ」



(ディロン様……わたくしの存在にいち早く気付いた人ですね)



さっきからずっとこちらを見ていますが表情が変わらないので気まずいです。


「わたくしのことはレティとお呼びください、その方が呼びやすそうですから」


「わかった。ではレティさん、早速なんだがここが地下迷宮ダンジョンのどの辺か知っているかい?」



(ああ……やっぱりこの人たちも飛ばされてきたんですね……)



「それが、私も先ほどここに転移されてきたので全く存じ上げません……というかここは地下迷宮ダンジョンなのですか!?」


「え……帝都からここまで飛ばされてきた?!」


マーシウ様は目を見開いて驚かれています。わたくしは何処まで飛ばされているのでしょうか……。


「マジか……帝都って本当に帝都?!」


マーシウ様はわたくしをまじまじと見つめて聞き返されました。わたくしは緊張して声が出ずコクリコクリと頷きます。そこにアン様が割って入ってきました。


「ちょっとマーシウ、怖がらせてどうすんのよ……。えーっとレティ? ここはね、帝国領の北にある辺境っていうだだっ広い荒地で、そのど真ん中にある誰が作ったか分からない古代遺跡……いわゆる地下迷宮ダンジョンさ」



(辺境……ええ知っていますわ、知識だけですけど。帝都から何か月もかかる最果ての地ですね……)



わたくしは気が遠くなってふらついたところをアン様が支えてくれました。


「お、おい! 大丈夫かい?」


「ええ……すみません。わたくし帝都育ちで、お屋敷からもあまり出た事ありませんでしたので……ちょっと想像を絶してしまって気が遠くなりました……」


「深窓の御令嬢って訳か……なんでまた転移装置テレポーターなんか……」


「おいアン、まあ今はそんなことより地下迷宮ダンジョンから脱出する方法を探そう! シオリどうなってる?」


マーシウ様はアン様の言葉を遮るように割り込んできました。シオリ様は目を瞑りながら宙に手をかざしています。右手の人差し指にはめている飾り気の無い指輪が淡く光っています。


「今座標探知アクシスを使ってみたけど、私たちが元居た所からかなり下層みたい……深さ的に多分最下層、地下……十階よ」


探知魔法を使ったシオリ様は頬に掌を当てて溜め息をついています……状況は良くないということでしょうね。



(ガコン)



なにかの音がしました。続いて「ゴゴゴゴ」という音と振動が伝わってきます。


「おーい! こっちに出口があるよー!」


魔術師メイジのファナ様が部屋の隅で手を振っています。どうやら出入口を発見したようです。


「ファナ賢い! やったね!」


アン様がファナ様の頭をわしゃわしゃと撫でるとファナ様も喜んでいます……皆様、割と余裕がありそうです、流石冒険者の方々ですね。


「レティさん、よかったら俺たちと一緒に来ないか? 君もこんな所に居たくないだろ?」


マーシウ様がそう言ってくれました。他の皆様も頷いてくれています。わたくしはもう嬉しくて涙が出そうになりました。


「是非お願いします!」


「よし、レティさんは今からパーティーの臨時メンバーだ。これを首にかけてくれるかい?」


そう言うとマーシウさんは細かい文字の彫られた数センチ程度の大きさの金属板の首飾りペンダントをわたくしに差し出しました。


「これは……何でしょう?」


「こいつは"認識票タグ"と言ってね、パーティーのメンバーである証みたいなもんだよ。探知魔法の時に所在が分かったり、複数に効果がある魔法をかける際にその認識票タグを付けている者だけに効果を絞れたり、まあこういうパーティー組んでる時は便利な道具さ。何より仲間の証でもあるからね」


マーシウさんが説明してくださいました。仲間の証ですか……なんだか心強いですね。認識票タグに書かれている文字は……共通語ですね。


「"おさんぽ日和サニーストローラーズ"……これは?」


「それは私たちが所属している冒険者ギルドの名前よ。冒険者といっても個人的な考え方の違いや得手不得手があるから、それぞ方針の近い冒険者ギルドに所属してるの。詳しい事は今は必要ないから説明は省くわね」


シオリさんが補足の説明をしてくださいました。まあ、今はそれで充分ですね。



――こうしてわたくしは冒険者の方々と一緒に地下迷宮ダンジョンから脱出を試みることになりました。


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