第12話
学校を卒業して一週間が経過した日。
俺は家に届いたとある書簡を手に、第五地区のとある場所を目指して歩いていた。その書簡にはウィアードの被害を調査し、原因の解明と解決とを目的に、全ギルドが休戦協定を立てて発足される予定の『ウィアード対策室』の詳細が記されていた。
家と学校が第八地区にあり、行動範囲もそれほど広くなかった俺にとっては初めて訪れる場所だった。なので記された集合時間よりも一時間も早く出向いては、地図と書簡を手にウロウロと第五地区を彷徨っていた。
露店で小腹を満たすついでに、道を尋ねた。すると、もう目と鼻の先だった。ヱデンキアの地理は細かすぎて分かりにくい。まあ、アレだ。俺が地図を読むのが苦手っていうのもあるんだけど。
「ここか…」
正直言って…ボロい。
それが真っ先に思い付いた感想だった。
ヱデンキアはヨーロッパの古都のような石造りか木造の建物を基調とした街の構成になっている(ヨーロッパに行った事ないけど)。目的のここは石製の建物だが、大分時代が掛かっていて、東京の隅にあるような曰くつきの雑居ビルのような出で立ちだ。
ま、ウィアードについての組織というのなら雰囲気はあるが、ヱデンキア人はウィアード=妖怪という認識がないので、ただの偶然なのだろう。
一階の扉を開けて中に入ると、すでに十数人が建物の中で壁や扉に向かって何かの魔法作業をしていた。皆、が白と青を基調としたフォーマルというか、格式ばった厳かそうな服を着ている。見た目から判断するに『サモン議会』のギルド員たちだろう。
入り口近くにいた人間やハーピィやミノタウロスの数人が俺に目線を送ってきた。が、それはそれと言った具合に、すぐに作業に戻って行った。
エントランスの両壁側にはシンメトリーの階段があった。書簡には二階の大広間にて、という文言があったため、素直に二階に向かう。幸いにも二階にはその大広間しか部屋がなかったため、迷うような事にはならなかった。
観音開きの扉の片方が開いていたので、そのまま中に入る。
そうして部屋に入った俺は驚いた。
物凄い美人が中にいたからだ
「天使…?」
それは天使のように美しい、という意味ではなくて、本物の天使がいたからこその呟きだ。
下にいた人たちと同じ格式高い服の背からは純白な翼が、丁寧に折りたたまれている。セミショートよりも少し短いくらいの金髪には、毛先に僅かなウェーブがかかっていた。
天使は青い瞳を真っすぐにこちらに向けて尋ねてきた。
「何者ですか?」
「えーと…ヲルカ・ヲセットと言います。ウィアード対策の新機関創設のために呼ばれてきたんですけど…」
「ヲルカ・ヲセット?」
「はい」
天使は机の端に置いてあった名簿のようなものを手に取ると、それをパラパラと捲った。そんな速さで確認できるの?
「名前がありませんが、所属のギルドは?」
「いや、俺はイレブンです」
その天使はイレブンという言葉をオウム返しに呟くと、何か得心がいったような顔つきになった。
「ああ、聞き及んでいます。一人、人間の子供が創設メンバーにいると」
「それで…失礼ですけど、あなたは?」
「わたくしとしたことが申し遅れました。『サモン議会』所属の施行魔導士でサーシャ・サイモンスです。お見知りおきを」
丁寧の権化と言っても過言ではないくらいに丁寧な挨拶をしてきた。ここまで畏まられると、反対にどうしていいか分からなくなってしまう。俺は挙動不審気味に挨拶を返すくらいしかできなかった。
「よ、よろしくお願いします」
「わたくしも貴方と同様にウィアード対策室の創立メンバーとして推薦されました。ヱデンキアの為、お互い尽力しましょう」
サーシャと名乗った天使は、キラキラと光が見えるような微笑みと共に握手を求めてきた。
「しかし、お早い到着ですね。まだ一時間前ですよ?」
それはお互いさまじゃないか。
「迷ったりしたら嫌だったんで。それに準備したりすることもあるのかなぁ、とか?」
「素晴らしい心掛けです。イレブンなのがもったいない。もし興味があるようならサモン議会へのギルド加入を強く勧めます」
社交辞令かもしれないが、声のトーンがガチだったので答えに詰まる。多分だけど、冗談とか洒落とかとは無縁な生活をしているのだろうと、勝手に予想した。
俺が「ははは」と苦しい愛想笑いを返していると、下の階から言い争うような声がした。二階のここまで届くのだから、余程喧しく揉め事が起こっているらしい。すると、今度は大人数が階段を登る足音と、金属製の何かがこすれる様な音に変わった。その音の主は二階のこの部屋の前に辿り着くと、乱暴を絵に描いたように扉を開け放って入ってきた。
全員がプレートアーマーやチェーンメイルに身を包んだ騎士のような出で立ちだ。それを着ている種族こそ、人間、天使、ゴブリンなどとバラバラだが、荒々しい雰囲気と鎧の色彩が赤と白で統一されていることが、彼らに一体感を与えている。
そして彼らのリーダーと思しき、
「騒々しい」
「おい、何を勝手に仕切っていやがる」
「極めて語弊のある発言ですね。今日催されるウィアード対策室の発足を恙なく執り行う為の準備を、我々サモン議会が自己犠牲の精神で買って出たまでのことです」
「発足準備?」
蜥蜴人は鼻で笑うと、はき捨てるように続けた。
「サモン議会の新しい会議所を作ってるのかと思ったぜ。とにかく鬱陶しい数の人員配置と建物の防護魔法措置をすぐにやめろ」
「その意見には賛同できません。人員配備は他のギルドとの兼ね合いがある点は認めますが、防護魔法措置は必要だと判断しています」
「ドア一つ開けるのに解除キーが必須になる仕様が必要だと? ウィアードが出現した時にそんなちんたらした行動ができると思っているのか?」
「外敵の侵入を防ぎ、情報漏えいのリスクを減らすのは一機関として当然の事です」
「んなもん、一部の部屋だけでいいだろう。有事の際に初めに手に握るのが武器でなくドアの鍵じゃ、俺達『ナゴルデム団』の名折れだっつってんだよ」
二人の口論は徐々にエスカレートしていき、蜥蜴人はとうとう腰にさしていた剣を抜いた。どう考えても恐喝だろ。だが、サーシャさんは切っ先を突き付けられようとも、顔色一つ変えずあくまでも冷淡な弁舌を崩さない。
「武器を収めなさい。今日のウィアード対策室発足は急務なのです。あなたを逮捕する手間さえ惜しい」
「逮捕だ? やってみろよ」
その言葉を合図にしたように、後ろで控えていた『ナゴルデム団』の全員が何かしらの武器を構えた。
「ちょっと…」
俺は思わず仲裁に動いていた。とは言え、何ができる訳ではないのだが。
だが、結果として俺の仲裁などは必要なかった。
突如として、先程の口論が可愛く見える程の爆発音がこの地域一帯に響き渡ったからだ。
「今度はなんだ?」
その場の全員がどよめき、誰に宛てた訳ではなく声を出した。『ナゴルデム団』は素早く武器を収め、廊下へと出て行く。
サーシャさんもそれを追いかけて、二階からエントランスの様子を伺うと、すぐに『サモン議会』の誰かが大慌てで建物の中に入ってきた。上の階にいたサーシャさんの事が目に入ると、息が切れているのも忘れて高い声を出す。
「ほ、報告いたします」
「何事ですか?」
「近隣の建造物が爆発と共に崩落する事件が発生。原因が不明であることから、恐らく『ランプラー組』の仕業ではないかと」
「こんな時に…」
『サモン議会』の報告を聞いて、まず行動を起こしたのは『ナゴルデム団』だった。蜥蜴人は柵を乗り越えて一階に飛び降りた。そしてそのまま駆け出すと、二階に残された連中には目もくれず、命令だけを繰り出す。
「すぐに現場に向かえ。人命救助を最優先に行動しろ!」
「了解!」
『ナゴルデム団』はまるで戦争にでも赴くかのように鬨の声を出すと、乱暴に走り始めた。その地鳴りにも似た喧騒が収まると、サーシャさんは同じく号令を飛ばす。それは鐘の音と違わんばかりに、凛と響き渡る。
「サモン議会第七八番班員全員に命じます。進行中の作業を一旦中止し事故現場に向かいなさい。人命救助を優先し、原因の特定と解明を」
「了解しました」
聞くが早いか『サモン議会』の面々が続々と出動していく。『ナゴルデム団』に比べれば余程静かだった。サーシャさんは蜥蜴人と同じように柵を飛び越えたが、下に着地することはなかった。すぐに空中で背中の翼を広げ、開きっぱなしだった正面の大窓から外へと羽ばたいていく。
取り残されて一人になった俺は、あれこれと考えを巡らせて、結局は出ていった連中の後を追いかけた。人命救助ならできることがあるかも知れないと思ったからだ。
それにしても、ギルド同士の対立があんなに短絡的で表面立ったものだとは思っていなかった。もっと水面下での足の引っ張り合いみたいなものを想像していた。もしもあの爆発音が聞こえなかったら、一体どうなっていたのか考えたくもない。
やっぱり、学校で習う事と社会に出てから分かることに落差があるのは、どの世界でも同じようだ。尤も偉そうに語れるほど、オレは前世でまともに社会に出ていなかったけど。
とは言え、ヱデンキアに十あるギルドの内の二つが相対しただけで、刃物を使うほどの衝突になるという事は、一同に会するウィアードの対策機関はまとまることができるのだろうか…?
そんな事を考えながら外に出ると、場所を確認するまでもなく爆発のあったところが知れた。救助にあたる者、救助される者、怪我人を回復させる魔導士らしき者に通行人と野次馬とがごった煮のように蠢いていた。崩落した建物は、朝の下見でこの辺りをぐるぐると彷徨っている時に、一つの目印にしていた建物だった。五階建てくらいの大きさだったと記憶しているが、今では見る影もない。瓦礫と土煙とが陰影として残るばかりだ。
『サモン議会』と『ナゴルデム団』は慣れた手つきで救助活動を行っている。俺はどうしようかと思案するばかりで傍目には野次馬と変わらない。それでも何とかサーシャさんに近づけば、何かの指示を貰えるのではないかと思い、彼女を探した。
ところが。
サーシャさんを見つける前に、妙なモノに気が付いてしまった。
それは瓦礫の隙間から人目を掻い潜るかのように、隅の方へ這い出てきた。見ただけで想像したのは、この世界では見ることの叶わなくなったプッチンプリンだった。限りになく透明に近い青い色をした軟泥状の物体は、あからさまに意思を持っているかの如く、隣接する建物の壁に張り付いたかと思うとスルスルと慎重にそれでいて迅速に動いて路地の裏へと向かっている。
「なんだ、アレ?」
余程カモフラージュが上手いのか、それとも瓦解した建物の方に気を取られているのか、他に誰かが気が付いている様子はない。俺は純粋な好奇心だけでソレの後を追いかけていった。
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