貸与術師と仕組まれたハーレムギルド
音喜多子平
第1話 貸与術師と彼の住まう世界
突然だが、俺ことヲルカ・ヲセットの今は亡き祖父の話から始めよう。
俺のじっちゃんは一言で言うならば相当な変わり者だった。まず職業が画家というのが普通じゃない。本の挿し絵や芝居のイメージ画を描いたりして小銭を稼いでいたらしいが、じっちゃんは俺に仕事で描いた絵はほとんど見せてはくれなかった。だから昔はあまり交流がなく、本人の無口な性分と相まって殆ど話をしたことがなかった。
けれども今となっては俺の人格形成の大部分を占めるくらいの人物と言って差し支えないほどの重要人物になっている。
転機は俺が五歳くらいの頃。
きっぱりと仕事で絵を描く生活は終わりにすると高らかに宣言すると、純然たる「趣味」として絵を描き始めた。すると今までは絶対に入れてくれなかった仕事部屋にも手招きで入れてくれたり、絵の具や筆の使い方を教えてくれたりと人が変わったようになった。
大人たちはその変貌ぶりに困惑していたそうだが、子供にとってみれば格好の遊び相手。
両親も育児の暇ができたと大喜びになって俺はじっちゃんの家に入り浸っていた。
ところがこの時の趣味で描いていた千枚は及ぶという絵が問題だった。
じっちゃんの絵は実に怪奇的で神秘的で幻想的なキャラクターの数々が描かれていた。ある絵は人のようであり、またある絵は動物のようでもある。中には言葉にできないような不可思議という感情を写実してみたかのようなものもあった。しかも驚くべきことにその一枚一枚に名前や背景世界やバックストーリーが設けられていて、絵の一枚から短編小説でも作れそうなくらいに設定が練り上げられていたのだ。
一体、どこからこんなアイデアが湧いてくるのか。
子供ながらに興味と関心を覚えた俺はじっちゃんに尋ねてみたことがある。するとじっちゃんは、
「さてな。夢で見たり、書いている内に思いついたり、朝起きたら出来上がってたり…色々だな」
と笑って答えていた。
何か事情があってはぐらかされていたとも取れるが、今にして思えばあれは全部本当のことだったんじゃないかとさえ思う。
何故そう思うのかと聞かれれば根拠はないけど。
そんなこんなでじっちゃんからは小手先の画術と膨大なアイデア認めた画集とを遺産として相続した。それが三年前、俺が六年制の初等部を卒業する間際の出来事だった。
じっちゃんを亡くした喪失感は凄まじかったが、そんな俺を励ましてくれたのもやはりじっちゃんの絵だった。不可思議な魅力のある画集を覗くのは就寝前の日課になってしまっており、ぶっちゃけて言えば中等部三年生現在、千ページはあろうかという画集の隅から隅までほぼ丸暗記してしまっている。空で絵を描き、そのキャラクターの背景を語れるくらいには自分のものになっていた。
お陰様で今では怪奇現象オタクと自他ともに認めるくらいにはなってしまった。信じるかどうかはアナタ次第です。
ふと悩んだり、物思いに耽ったり、あるいは時間を持て余りしたりするとノートや紙切れの端にじっちゃんが描いていた怪奇的なソレを模写するのが癖になっている。
だからこうして中学校の授業中に、
「こら!」
と、先生に注意される事も少なくなかった。
「ヲセット君。君はもっと集中の向きを工夫したほうがいいですね」
「ご、ごめんなさい」
「反省するついでに今回の試験範囲について知識を確認します。『ヱデンキア』の歴史と特色についてのレポートを提出してから帰るように」
「えー」
俺はぶうぶうと担任へ文句を唱えたがまるで取り合って貰えず、それは同級生たちの圧し殺した笑い声に飲み込まれてしまった。
そこからの一日はメチャクチャに大変だった。提出を求められている以上、蔑ろにするわけには行かない。特にうちの両親は二人ともが教育関係者であり、担任の先生との親交も厚い。黙って帰ったら大目玉を食らうことは必至だったので、必死にレポートをまとめていたのだ。
◇
俺たちが住むこの世界は『ヱデンキア』と呼ばれている。
この世界の特徴らしい事柄を挙げろと言うのであれば、俺の知識では四つほど候補が見つかる。
まずは街の構造だ。ヱデンキアは、町並みを説明文的に言い表せというのならレンガや石造りの建物を基調とした景観である。城や塔を思わせる背の高い建物もあるし、教会や学校、鉄工所、酒場、商店はたまた地下街などなど色々な建造物が乱立している。特筆すべきはそれが世界の端から端まで全てが覆われているという点だ。
早い話が、ヱデンキアは一つの街が一つの世界になっているのである。
最も高い山の頂上から海底に至るまでインフラが整備されており、およそ自然と呼べるものは何一つ残っていない。埋め立てられてできた陸地も多いと社会科の授業でならった。名目上、山や森、河川、海などは存在しているのだが、それも一から十まで人工的に設営・管理されているのだ。ニュアンスとしては自然公園のようなものに近い。だからそういった公園を除けば、何もない草原や野原のようなものは存在しない。
大昔は自然も残っていたらしいけれど、今となっては歴史上の出来事だ。少なくとも俺は生で雄大な森林なんてものを拝んだことはない。それでも他の同級生よりは自然と言うものを知っている方だと思う。何故なら件のじっちゃんの描いた絵の中にはそれこそ見たこともない様な大自然が広がっていたから。
そして二つ目。日常生活の基礎的エネルギーとして『魔法』を採用していることだろう。
ヱデンキアでは『魔法』が当たり前に存在していて大きく五種類に分けて区別されている。
白魔法、青魔法、黒魔法、赤魔法、緑魔法。
この五つだ。
ヱデンキアの住人のほとんどがこの魔法を基本五教科として小さい頃から学び、生活に組み込んで暮らしている。文系的な使用が得意な奴がいれば、理数系的な魔法が得意な奴もいる。全部で満点を取る天才的な奴もいれば、反対に全教科が苦手というような奴もいて然りだ。
俺自身の成績は中の下といったところだろうか。オールマイティとは言わず得意教科と苦手教科がある、実に模範的な中学生と言えるだろう。卒業が危ぶまれる程にできない訳じゃないから、苦手科目に関してはご愛嬌を頂こう。
三つ目はこれでもかというくらいに種族が枝分かれしているというところだろうか。
俺のような人間を始めとしてエルフ、天使、デビル、幽鬼、吸血鬼、アルラウネ、竜人、ケンタウロス、ラミア、妖精、ハーピィ、人魚、サイクロプス、人狼、トロール、リビングデット、多様な獣人などなどの種族が生きている。ひょっとしたら俺が見た事がないだけでもっといるかも知れない。
それだけの種族がそれぞれ市民権を持ち、普通に共同生活をしているということだ。考古学や生物史学的見解によれば数万年前までは人間しか知能的種族として存在していなかったというらしいが、都市伝説やオカルトの類いだなと俺は思っている。どっちにしても今を生きる俺たちに取ってみればかつてがどうだったというのは些細な歴史ロマンでしかないわけだけど。
そして四つ目にしてヱデンキア最大の特徴。それはずばり『ギルド』の存在だろう。
ヱデンキアには大きく分けて十個のギルドが存在おり、社会の裏表を問わず、日々ヱデンキアを統治すべく各ギルドの覇権争いが繰り広げられているらしい。その隔たりの歴史は深い。が、今のところ各ギルドの力が均衡しているので、小競り合いなどは日常的に発生するものの結果としてヱデンキアの平和な社会構築に至っている。
他ならぬ俺が通う『ヤウェンチカ大学校』もヱデンキアを代表する十のギルドの一つである。
この『ヤウェンチカ大学校』というギルドは俺の両親が現在も所属している所縁の深いギルドであり、ヱデンキア社会に「教育」という観点で多大に貢献をしているギルドだ。ヱデンキアの人口の実に九割の種族たちが、各地に点在する『ヤウェンチカ大学校』の関係機関のいずれかに通って教育を受ける。他のギルドの構成員であっても元を辿って行くと同窓であった、なんて事は日常茶飯事で起こるみたいで、ヱデンキアで生活するうえで最も影響力を持っているギルドと考える者も少なくない。
事実、ここでの成績や学歴は他のギルドであっても一つの指標になっていると聞いた。
ギルド間で一番顔が利くという事もあり、いつしか教育のみならず役所的な業務を担当する部署も設立している。
他にも別のギルドと一線を画く点と言えば、ヱデンキアの歴史保護にも尽力しているところだろうか。尤も教育を念頭に置いているギルドなのだから、流れとしては当然かもしれない。
だが…中には黒い噂もある。
長年の教育活動の副産物として得られたメンタルケア能力を逆手に取り、洗脳やブレインコントロールを行う魔術師や、研究に熱を入れすぎるあまり非人道的な人体実験に手を貸す研究員がいるなどという噂話がそれだ。
まあ、アレだ。どの組織にも勝手に出来上がってしまう、よくある都市伝説や七不思議のようなものだ。人が集まれば、あることないこと風潮する輩はどの世界にも存在するのだろう。
それにそんな黒い話は専らギルドの上層の話だ。末端の、それも初等部の学校にまでそんな物騒なことを考えている奴はいない…いないよな?
◇
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