第36話 麗華、初めての次郎を抱く

 三日して、次郎が画集を返しに来た。そして、彼は麗華の頼みもしない小さな用事を見つけてはそれをやってくれた。その夜、帰りがけの門の傍で麗華は言った。

「今日は本を貸さないけど、今度来る時はどんな口実で来るのかしら?」

次郎は竦んだように立ち止まった。

「ねっ?」

次郎はじっと動かずに彼女を見返した。

「良いの?」

「ええ、良いわ」

麗華の白い掌が伸びて次郎の顔を挟み、彼がその掌を手繰って自分の方へ引き寄せた。二人は次第に土塀の方へにじり寄り、立ったまま唇を重ね続けた。麗華が顔を離そうとすると、次郎が追うようにして放そうとしなかった。

「今夜はこれで帰って・・・またね」

「また?」

「そう、又よ。何もかも、あなたに私が教えて上げる。良いわね?」

次郎は門を出ると、その夜も、また、走って帰って行った。

 次の日、次郎は来るなり、気負って椅子の上で麗華を抱き締めた。

「駄目よ!こんな所で、こんな風にしちゃ駄目なの」

そう言って彼女は彼を押し返した。

風呂から上がった次郎に自分のガウンを着せて、麗華は彼の手を引いてベッドルームに誘った。

初めての次郎がベッドの中で身を固くして慄き乍らも、自分でそれを溶き解そうとしているのがはっきりと感じられて、麗華は満足だった。稚拙な次郎を柔らかく導きながらことが終わり、満たされぬものが多少有りはしたが、彼女は嘗て自分の過ごして来た三年の歳月が如何に虚ろな虚妄の中に在ったかということを又しても改めて感じた。が、今はその感慨の後に来るやり場の無い焦りの代わりに、謂わば、その空虚を自分がこれから満たして行くことへの期待と興奮にいつまでも彼女は包まれた。

次郎はじっと麗華の胸に頭をつけ、仰向いて動かなかった。掻き抱くように彼の顔へ自分の胸を押し当てながら麗華は言った。

「そうよ、こうなるのよ、こうなって行くのよ」

喘いで叫ぶように幾度も彼女は言った。

帰り際、思い出して猛ったようにもう一度麗華を求める次郎を、麗華は宥めるように制して、送り出した。

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