第29話 雅也がボストンから帰って来た

 年が明けて・・・

 暑さ寒さも彼岸まで、三月も下旬になって水も空気も温く緩んで来た。

暮れなずむ街の夕刻、茜のスマホがプルプルと鳴った。その電話口で雅也の声を聴いた時、茜は思わず叫んだ。

「あなたなのね!雅也さんなのね!」

「ああ、お久し振り。どうだ?元気にやって居るのか?」

「うん、あたしは大丈夫よ。あなた、今、何処なの?」

「昨日帰って来たんだ、ボストンから。それで、何はさて置いても、先ず君に連絡しなきゃ、と思って・・・」

一年振りの懐かしい声を聴いて、茜は思わず泣き出しそうになった。

あの人は私のことを忘れずに、ずっと思ってくれていたのかしら?・・・

「どうだ?近いうちに逢えないかな?」

「ええ、良いわよ」

「逢って話したいことが山ほど有る」

「あたしの方にも色々有るの、ねえ、今夜、これから逢わない?」

「良いのか?そんなに急で」

「でも、あなた、時差ボケでしんどいかもね」

「大丈夫だよ。君に逢ったら時差ボケの方から跳んで逃げて行くさ」

「じゃ、六時に川端四条のあのレストランで、ね」

其処は、一年前、雅也がアメリカへ旅立つ前日に、二人で最後の食事をした想い出の場所だった。

「あなたのアメリカでの話、あたしのこの一年間の出来事、みんな話し合おう、そして、とことん呑もう!二人の再会を祝して乾杯しよう!」

このところ新しい仕事に何かと忙し気だった茜の心は、否が応にも、緩んで解けた。

彼女は沈み行く残照の中へ、スキップするように軽やかに歩を踏み出した。

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