恩返しに参りました!
陰東 愛香音
序章
何かを拾って、捨てました
「……ん?」
一歩踏み出したつま先にコツンと当たる大きめの固い感触に、みちるはそちらに顔を向ける。前屈みになり、つま先に当たったそれを掴むと何とも言えない感触が手指に伝わって来た。
ぐにゃりともザラザラとも、いや、ともすればスベスベな気もするし固いような……? はたまた温かいとも冷たいともつかない何か。
分かるのは、それが長い物で絡まっていると言う事だった。
「……」
みちるはしばしそれを手にしていたが、ポイっと横に投げ捨てた。
それはバサッと木の葉の上に落ちる音を響かせ、その直後にガサガサと慌ただしい音を立てていなくなってしまった。
みちるがそちらに顔を向けるも、すぐに前を向いて歩き出すと今度はグシャっと言う固いものを踏む感触が、履いている草履の裏に伝わって来る。
それは蝉の抜け殻を踏んだような、何とも言えない感触だった。が、みちるは表情を変える事もない。
冷めた表情のまま足元を見おろし、そっと足をどけてみる。するとそこには蜂の亡骸が無残な姿をしていた。みちるは無言で竹箒と塵取りでそれを取ると、先ほどと同様に横にポイっと投げ捨てた。
彼女が投げる横にはこんもりと集められた枯草やゴミの山がいくつも出来ていた。
秋が深まる山間の神社――汐入八幡神社の巫女として詰めている八代みちるはこの神社の娘であり、18歳になる盲目の少女だった。
感情をあまり表に出すことがなく、男勝りで、周りに興味がないのか非常にドライな考え方をする少女である。更に言うならば、口調もぶっきらぼうな話し方をするとくれば、彼女の父である神主の正臣も頭を抱えているのは否めなかった。
「みちる。掃除は終わったかい?」
神社の参道の掃き掃除をしていたみちるに声をかけると、彼女はこちらを振り向きながら小さく頷き返した。
「終わった。父、さっき何か変な物を触ったんだが、あれは何だったんだろうか?」
「変な物?」
「何と言うか、こう、長くてぐにゃぐにゃしているような、ザラザラともすべすべとも言える変な感触のやつ……。ゴミ山に投げたら凄い勢いで逃げてったような気がするんだが……」
みちるの言葉に、正臣はサーっと顔を青ざめさせた。
彼女の言う特徴から推測されるものと言えば一つしか出てこない。
「……それ、蛇じゃないのか?!」
「蛇? あぁ、なるほど。あれが蛇か」
淡々とした物言いをするみちるに慌てて傍に駆け寄った正臣が手を掴むと、彼女は反射的にバッと手を振りほどいた。
その様子に正臣は瞬間的に驚いたような顔を浮かべるが、同時にみちるも「しまった」というような顔を浮かべ、ゆるゆると振りほどいた手を下ろす。
「か、噛まれたりしてないか?!」
「してない。父、急に手を掴むの止めてくれないか? びっくりする」
「あ、ごめん。つい……」
「参道の掃除は終わったから、あとは避けたゴミの山を片付けるだけだ。日がそろそろ傾いているだろうから、急いで片付ける」
そう言うとみちるは慣れた様子で社務所に向かって歩き出した。
残された正臣は深い溜息を吐いて、振りほどかれたまま固まっていた自分の手を下ろしながらぽつりと呟く。
「……あの子を嫁に迎えてくれる人がいてくれるといいんだけどなぁ」
やれやれ、と後ろ頭を掻きながら正臣はみちるの後を追うように社務所に向かって足を踏み出した。そんな自分たちの姿を見ている者に気付くこともなく……。
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