第二十話 戒めの指輪
俺はアルナ・セントラル。
そう、カーベルトじゃないんですよ、私事ですが、結婚したんですよ。
しかも相手はこの国の女王様。
しかもめっちゃ可愛いの。
しかも優しいの。
俺には勿体無いと思う反面、俺にはこの人しかいないと思う今日この頃。
新婚ですよ。
おっと、惚気が過ぎましたね。
ぐへへ。
「今日も気味が悪いねアルナ様」
「嫁を思うあまり滲み出た笑いに対してそれはないよおばちゃん」
「どうだい、りんごが安いよ」
「うーん、じゃあ3つ頂戴」
「3つ? 2つでも4つでもなく?」
「そうだよ、俺とイヴと、そしてもう1人だ」
紙袋にりんごを3つ入れ、また自宅へと歩みを進める。
城下町の大通り。
いつもの帰宅経路。
俺とイヴは城ではなく、城下町の一軒家で暮らしている。
理由としては、ご近所さんとの交流といったものに、俺が憧れを持っていたから。
最近は町内会にも出たりと、城暮らしでは感じられない触れ合いを満喫している。
今では国を捨てて出ていくなんて考えられないほど、国の人々を愛していた。虜だ。
絶頂とは言わないが、幸せの日々。
さて、いつまでも俺のくだらない日常を話しているわけにもいかない。
先日の一件。
といっても先月の大事件。
俗に『世界最強の家出』についての後日談を。
まず、前国王についてだが、隠居を楽しんでいるらしい。多少、ボケ気味ではあるが、麻雀で勝ちまくっているらしいので大丈夫だろう。
俺もたまに会いにいく。
いつまでも義理の父と不仲というのもあれなので、形式上ではあるが、許したのだ。
殴らないよと、約束した。
ついでだが、イグリも許してやった。
あいつも今では、妻ができ、一緒に辺境で農業を営んでいるらしい。俺が出来なかったことを容易くこなしていることに、思うところがないと言えば嘘になるが、まぁ世の中そんなものである。
贖罪としてなのか、タダで野菜が送られてくるので、イヴが嬉しそうだった。
次はオリハル国とのこれからだ。
オリハルコンスライムについてもだ。
あのスライムによって壊された家屋は俺が全て直し、死傷者も出なかったので、案外険悪な雰囲気ではない。
だがそれでも戦争を仕掛けてきたのだ、賠償金などは勿論要求した。負けたので、属国ともなった。
戦争責任ついては、その時の元帥が自ら自分にあるとし、罰を受けたという。どんな罰なのか、その先どうなったかは知らない。
キャサリル師匠はオリハル国に関して、何故か積極的で、色々手を尽くしているらしい。
師匠と言えば、最近、幽霊の友達ができたと言っていた。いや、友達が幽霊になった、だったろうか。冗談か本気かも分からないが、あの人なら真実ではないかと思わされる。
この件に協力してくれた同盟国のお二人は、そそくさと帰っていた。
セラフィムさんとケルビムさんが去り際に言い残していたが、
『惜しいなぁ、精神がもう少し鍛えられていればあたしに見合う男なのに』
『切腹チャンスのときは、どうぞお呼びください。守護るので』
アクが強い人たちだった。
さて、そんなこんなで自宅に帰ってきた。
愛の巣に舞い戻ったと言ってもいい。
「ただいま」
「おかえり」
うん。
いいね。
夫婦っぽい。
ぐひ、ぐへへ。
「今日は一段と気持ち悪いね」
「近所のおばちゃんからは傷つくけど、イヴからならそれはもう万病に効く薬だ。どうぞもっと罵ってくれ、俺はイヴの捌け口だ」
「どうでもいいから手を洗ってきて」
「はーい」
さすがイヴ。
一月足らずで俺の気持ち悪い新婚気分もスルー出来るようになるとは。
その時、玄関からノック音。
「あ、早いね、もう来たよ」
「くくく、こちとらこれが楽しみすぎて眠れなかったんだ、不眠ストレスを発散させてもらおう」
「自業自得じゃん」
「入っていいですよー」
高音を出して、勘付かれないようにする。
紙袋からクラッカーを取り出し、玄関の前で構える。
扉が開いた。
「一千年の恨みぃいいいいいいいい!」
「いらっしゃい、ルシファー」
クラッカーから破裂音とともに、色とりどりの紙テープが飛び出し、空を舞う。
やがて舞い落ちる紙テープは、小さき少女に纏わりついた。
「へぇ?」
呆気に取られる少女。
ダメだ、笑いが止まらねぇ。
10歳に成るかならないか程度の容姿、オーバーオールに身を包む、俺の娘。
ルシファー・セントラル。
「え、え、え!?」
「そうだ、その顔だぁ〜、お前の驚愕の表情が、俺の足を明日へ進める動力源となるのだ、ガーはっはっはっ」
「言い方が悪いよ」
まだ状況を飲み込めていないルシファー。
「ど、どういうこと? ここって、私の新しい家のはず----」
「その通り、そしてここは俺とイヴの愛の巣。新居。お前はここの家の子になるんだ」
「サプラ〜イズ! 驚いた?」
「嘘でしょ!? 私、このクソ野郎の娘!? イヴだけならいいけど!」
「クソ野郎とはなんだ、この不良娘!」
「これからはクソ野郎じゃなくて、クソ親父って呼ぼうねー」
クソはいいんだ。
もう反抗期なのか。
「これからお前は俺たちの娘となる。そして、罪滅ぼしのために俺の仕事を手伝うんだ」
「罪滅ぼしは聞いてたけど、娘云々は知らない!」
「いいか、俺たち世界最強は、好きな人も嫌いな人も助けられる最も自由な存在とも言える、お前の求めるものだろ? それに、下手をしたらまた闇堕ちするからな、俺たちが情操教育を施してやる」
「結婚して一ヶ月でもうこんな大きな子供ができるなんて思わなかったよ」
「待て、待って、私がまだ話に付いていてこれてない、本気なの? マジなの?」
本気と書いてマジさ。
いやぁ、楽しみだなぁ、これから毎日朝起こす時にドラを鳴らしてやるんだぁ。
朝食にタバスコ混ぜたりするんだぁ。
俺の服とルシファーの服を一気に洗濯して、『親父のと一緒に洗濯すんな!』をやるんだぁ。
いじれる奴がいるってこんなに楽しいのかぁ。
調子に乗ったガキを負かしてやんのが一番楽しいんだよなぁ。
「……お前がそのつもりなら、こっちにだってやりようがある!」
ふふふ、たかが不良娘さんに何が出来るというのだ。
反抗期の娘など指一本で----
「ママ〜、パパがイジワルするよ〜」
「それは叱らないとねー」
な、こいつッ。
ルシファーはイヴに抱きつく。
何をしているんだ、イヴといちゃついていいのは俺だけ、抱きついていいのは俺だけ、叱られるのはご褒美としても、嫌われるのは絶対やだ。
中々、やるじゃないか、我が娘よ。
「あれ?」
そこでイヴの薬指を見て、ルシファーが気づく。
おっと、気づいてしまったか。
イヴの薬指には『指輪』が嵌めてあった。
そして俺にもある。
指輪の宝石は黒く、微かに光を放っている。
これこそが、俺とイヴとの愛の条約書、結婚指輪なのだ。
「実はこれ、壊れた『反魔の腕輪』を素材にして作ってるんだよね」
「……縁起悪いよ」
そんなことないだろ。
あれはあれで、いい思い出だ。
「もう反魔の効果は無いし、お父さんからの結婚許可の証だから」
「……罠だったんでしょ」
罠じゃないよ。
多分、ほんの少しぐらいは本心が入っていたはずだ、そうに違いない。
けどまぁ、
「戒めなんだ、誓いでもあり戒め。多方面に迷惑かけちゃったからさ」
「これを見て、自重するっていう約束。私も甘いところがあったし」
「戒めの指輪だ」
俺は、紙袋からりんごを3つ手に取る。
1つをイヴに。
1つをルシファーに。
1つを俺に。
俺は家族を見渡し、言う。
「始めよう、セカンドライフを」
「仕事も変わってないのに?」
「その若さで定年退職する気かクソじじい?」
辛辣だな俺の家族。
「心機一転、これから3人で幸せに暮らそう」
「いえーい」
「これも罰……なのかな」
真っ赤なりんごを丸齧りする。
おーーーすっ、俺だよ! 『観客席』だよ!
危うく立場を、いや、視点を奪われるところだった。
幸せな家族を見てるだけなんてつまらねぇ。
今すぐにでも、ぶっ壊してやる。
と、思ったが、俺が何かするまでもないらしい。
『戒めの指輪』。
魔王の城にあった『反魔の腕輪』。
曰く付きが過ぎるぜ。
もうそろそろで、何かが起こる。
アルナ。
俺が何をする必要もなく、この世界はお前に試練を与え続ける。
生き続ける限り、障害は現れる。
心変わりしようと、仕事を変えようと、家族が変わろうと、見た目が変わろうと、世界が変わろうとも、人間は変われない。
セカンドライフは送れない。
過去が襲いかかる。
生まれ変わることなんて出来ない。
出来てはいけない。
だが、アルナ。
俺は、お前なら出来ると思っている。
全てを乗り越えて、『人間は変われるんだ』ということを、俺に見せつけてくれ。
いや違う、出来てはいけないんだ。出来てしまったら、俺は間違っていたことになる。
俺は間違っていない。
俺は正しい。
それを俺は証明し続けてきた。
そんな俺を変えてくれアルナ。
だから、だから違うんだアルナ。
変えれないんだ、変わらないんだ。
変えてくれ、変わらしてくれ。
違う、違う、そうじゃない、そうじゃない。
……今日はどうやら疲れているらしい。
下手に幸せそうな奴らを見て、看過されてしまったのだ。だから、少しぐらい不幸になってしまえばいい。
アルナVS復活の魔王。
ピザとコーラを食いながら、観戦してるよ。
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