高校

 初めては高校二年の夏だった。


 夏休みも入ったばかりの炎天下。


 彼女が最近はめっきり数を減らした野良を探していると重そうに買い物袋を運んでいる老婆に出会った。


 話した事は無かったが、偏屈で意地の悪い孤独な老婆だと言う愚痴を誰かが言っていた。


「運ぶの手伝いましょうか?」


 そう声をかけた彼女に老婆は疑うような目を向けた。


「盗むつもりじゃないだろうね?」


 そう言いながら差し出した買い物袋を彼女がしっかりと受け取ると老婆は何も言わず歩き出した。


 何の会話も無い真夏のアスファルト。


 彼女の肌には玉のように汗が浮かぶ。


 長く息苦しい道中を経て町の外れにぽつんとある老婆の家に着いた。


「玄関で降ろすんじゃないよ!ちゃんと最後まで運びな!」


 老婆は怒鳴ると顎でしゃくり家の奥、台所まで荷を運ぶように示す。


「そこに置いたらとっと帰りな」


 老婆は労いの言葉一つかけず、彼女に背を向け買ってきた物を冷蔵庫へと入れていく。


「なんだい?こずかいでも貰えると思っ──」


 帰ろうとしない彼女に老婆は背を向けたまま意地の悪い声を上げたが、それ以上は続かなかった。


 彼女の持っていたビニール紐が老婆の首を締め上げたからだ。


 老婆は抵抗をした。


 紐と首の間に指をかけようとしたが、老いた枯れ枝のような指では女子高生が全力で締め上げる力に抵抗など出来なかった。


 それがわかると。


 いや、本能からか老婆は背後の彼女を蹴り、後ろ手に叩いた。


 その抵抗も一瞬の事。


 すぐに老婆の限界は来た。


 もう駄目だ。


 そう思った瞬間、突如老婆の首にかかった紐が緩んだ。


「ゲホッ!ゲッホ!コヒューコヒューッッ」


 死の寸前、九死に一生を得た老婆は両の手を地に着き、必死で空気を吸うと不屈の意思で彼女を睨もうと視線を上げた。


 その上げた顔目掛け、彼女の腕が伸びた。


「ガッ!?」


 今度は彼女の腕が直接老婆の首を絞めた。


 老婆は死んでなるものかと彼女の手に腕を伸ばし、その顔を見た瞬間目を見開いた。


 そこにいたのは老婆が先ほどまで扱き使っていた小娘には見えなかった。


 彼女は老婆の生を、死をただ観察していた。


 ただそれだけだったのだ。


 老婆はそんな彼女に何を感じたのか、目を見開いたままあっさり意識を手放した。


 彼女が老婆の首から手を離したのは、それから数分後だった。


 老婆が死んだ事に気付かなかったのではない。


 始めて人が死んだ瞬間。


 人を殺した瞬間を隅々まで観察したかったのだ。


 それから彼女は床に転がった老婆をしばし観察すると、解体用に持っていたゴム手袋と包丁を取り出し老婆の腹を刺した。


 幾度も他の動物で試したそれは、初めて試した人体でも骨に邪魔される事なく、綺麗に腹を裂き臓物を引きずり出した。


「……少し臭い」


 腹を開いた瞬間に広がる臓物の匂いは小動物のそれよりも臭かった。


 老いた老婆といえど、人と小動物とでは体積が違いすぎるからか、それとも雑食性の人間だからか。


 少女は臭いが服に付くのを嫌がりそれ以上の解体を止めた。


「次はもっと準備してからにしよう」


 そう独り言を言うと彼女は台所の付近で触れたであろう箇所を拭くと、何食わぬ顔で玄関から老婆の家を後にした。




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