第16話 邪眼の修行
契約を結んだその日から、阿佐間融の生活は一変した。シュブ=ニグラスの指導のもと、彼の邪眼を制御するための厳しい修行が始まったのだ。彼女はまるで思春期の少女のような外見をしているが、その振る舞いには一切の隙がなく、発する言葉には不思議な説得力があった。
最初の課題は、邪眼の「抑制」だった。
「君の邪眼は、解放した瞬間に周囲の存在を破壊しようとする衝動を持つ。だからまず、その力を完全に封じ込める術を学びなさい。」
シュブ=ニグラスは融を薄暗い石造りの部屋に案内しながら、冷静に説明を続けた。
部屋の中央には奇妙な石柱が立っており、その表面には無数の異形の紋様が刻まれている。石柱からは微かに嫌な気配が漂っていた。
「この柱は“抑制の石”と呼ばれるもの。君の邪眼が暴走しそうになったら、この石を媒介にして力を封じる訓練をするの。さぁ、試してごらん?」
融は石柱に手を伸ばした。指先が触れる瞬間、猛烈な痛みが彼の全身を駆け抜けた。
「ぐっ……!」
耐えられないほどの痛みに膝をつきそうになりながらも、融は歯を食いしばった。この痛みは邪眼が暴走しようとする力を無理やり押さえつけるものだと直感的に理解した。
「その痛みは、君自身の力を受け止めるための代償だよ。慣れるしかないね。」
シュブ=ニグラスはどこか楽しげに見下ろしている。
融はその言葉に反発したい気持ちを抑え、集中力を高めた。邪眼の力が石柱を介して制御される感覚を、少しずつ自分のものにしていく。
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修行の日々
数日後、融は抑制の石を使わず、自力で邪眼の暴走を抑えられるようになりつつあった。とはいえ、完全な制御には程遠い。抑え込むたびに全身が疲弊し、精神も擦り減る感覚に苛まれていた。
「君の進歩は早いね。でも、ここからが本番だよ。」
シュブ=ニグラスは笑みを浮かべながら、次の課題を告げた。
「次は、邪眼を意図的に解放し、その力を操作する訓練をするわ。抑えるだけじゃダメ。使いこなせるようにならなきゃね。」
そう言って彼女は、広大な荒野へと融を連れて行った。そこはかつて文明が栄えていたが、今では荒れ果てた廃墟となっていた場所だ。
「ここなら、君がどれだけ暴れても誰にも迷惑をかけない。さぁ、全力で邪眼を解放してみなさい。」
融は額に汗を浮かべながら目を閉じ、深く息を吸い込んだ。そして、意識を集中させて邪眼の力を解放する。
瞬間、空気が一変した。
周囲の風景が歪み、廃墟の瓦礫が宙に浮き上がる。邪眼の力が暴走を始めたのだ。
「うっ……!」
融は力を制御しようと必死に耐えるが、まるで暴れ馬のように邪眼が勝手に周囲を破壊していく。瓦礫が砕け、地面が割れ、空間そのものが軋むような音を立てる。
「いいね、その調子!さぁ、もっと自分の中に入り込んで、その力を支配するのよ!」
シュブ=ニグラスの声が遠くで響く。
「俺は……俺の力だ……!」
融は自分の意思を邪眼に叩き込むように念じた。内なる衝動を必死に押さえ込みながら、少しずつ力の流れを操作していく。
やがて、瓦礫の嵐が収まり、荒野には静寂が訪れた。融は膝をつき、息を荒げながら地面に手をついた。
「やるじゃない、少年。その調子でいけば、邪眼の制御も時間の問題ね。」
シュブ=ニグラスは満足げに頷いた。
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師と弟子の会話
夜、焚火を囲んで休息をとる二人の間に、珍しく静かな空気が流れていた。
「なぁ、シュブ=ニグラス。お前はなんで俺に協力するんだ?」
融は焚火を見つめながら問いかけた。
「いい質問ね。でも答えは単純よ。君がこの力を制御できるようになれば、私にとっても都合がいいから。それだけ。」
「都合がいいって、どういうことだ?」
「君がその力を制御できれば、私の計画もスムーズに進むからね。それ以上は、まだ教えられないけど。」
融は納得がいかないながらも、それ以上突っ込むことはしなかった。彼女の目的が何であれ、自分にとって今重要なのは、この力を制御する術を学ぶことだったからだ。
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闘いの始まり
翌日、突如として訓練場に異変が起きた。空が不気味に赤く染まり、荒野の地面が震える。
「何だ……?」
「どうやらお客さんが来たみたいね。」
シュブ=ニグラスは薄い笑みを浮かべながら、遠方を見つめていた。
その視線の先には、異形の影が幾つも蠢いていた。
「君の邪眼を試すのにちょうどいい機会よ。さぁ、力を見せてごらん?」
現れたのは「深きものども」だった。人型に近いが、鱗に覆われた皮膚と異様に膨れた目が特徴的な怪物たちだ。
融は恐怖を感じながらも、覚悟を決めた。
「行くぞ……!」
彼の邪眼が光を放ち、空気が再び震えた。圧殺と呪殺の力が敵を襲い、次々と深きものどもが苦しみの声を上げながら崩れ落ちていく。
だがその数は膨大だった。
「気を抜くな、少年!敵は手強いわよ!」
融は全身の力を振り絞り、邪眼の力を駆使して戦い続けた。彼がこの試練を乗り越えたとき、本当の意味でその力を制御する第一歩を踏み出すことになるだろう――。
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