変態村
あ。
ようこそ、常識のない世界へ
早朝から約八時間。日が山の奥に隠れようとしてるが、まだ目的地に辿りつけてない。
車で一本道をずっと走ってるせいか。眠気が凄い。助手席に座る新卒女性の記者が、先程から甲高い声で文句を垂れ流してる。
「あのパワハラ上司は一体何なんですか! こんな山や茂みや林しかない道の先に、柳村とか意味不明な調査とかなんかもうしんどくなりました! スーツ着衣もうざいし横の水木先輩もつまらないしお腹空いたし! 私決めました! この件で何も無かったら退職します!」
「アイドル的存在の早見が消えると困るなー。たださえ女性社員が少ないのに」
「ですよね! でもアイドル的存在を潰したのはパワハラ上司のせいなので、恨むなら上司にしてくださいね!」
いつにも増して自己評価の高い子になってる。
確かに上司は、基本的に人を奴隷として見ないが、成果を出したら給料を上げてくれるし、出世もある。
現に新卒で入社をしてから、三十代前半で収入が二倍以上、管理職に昇格した。
それにこの仕事は昔からやりたかったから、そんなに苦じゃ無い。が、早見は何となくで入社したから理不尽にしか思わないだろう。努力が全て無駄になる業界だし、好きじゃ無ければ務まらない。
とはいえ。早見は発言はともかく、なんだかんだ仕事を真面目にこなそうとするから、嫌いじゃない。
顔も可愛いんだし、後は毒舌をなんとかすればいつかは彼氏出来るんじゃないかな。いつか。
「上司を庇うわけではないが。柳村で起きた当時二十四歳の辻島 牡蠣太郎かきたろうによる虐殺事件は本当にあったんだし、幽霊ぐらいは撮れるんじゃないかな」
「水木先輩は他人事っていうか、人にあまり興味がないんですね。最初はクールでカッコいい人だと思っていたのに。騙された気分です」
「最初から態度は変わってないつもりだよ。とりあえず、絶対に無駄になる事はないって言いたいだけ」
「無駄だったら飯奢ってもらいますから」
「早見と組むと必ず奢ってる気がするね」
「先輩に付いて行く人なんて私ぐらいしか居ませんからね」
「......まぁ、ね。助かってるよ」
それから一時間後に、トンネルに着いた。
「.......本当にあった」
「そろそろ上司の実力を認めような」
柳村は。森に囲まれたトンネルを潜った先にある。
「トンネルの幅的に、軽自動車ですらギリギリだな。車が駄目になれば後々面倒臭いから、ここからは歩きにするか」
「嫌です」
「怖い?」
「違います! 車に何かあったらどうするんですか!」
「俺的には置いていく方が良いと思うよ。何故か山奥なのに圏外じゃないし」
「それって人が居る可能性があるのでは」
「可能性があるとしても。それは多分トンネルの先に居るから、下手に車で行って壊されたら最悪だよ」
「......任せます。はやく終わらせたいので」
俺はリュックと懐中電灯を持ってから車に出ると、早見も同じく出てきた。
深淵のような暗闇のトンネルに、ゆっくりと入っていく。
ローファーの音が、トンネル内に鳴り響く。
「先輩。何か喋ってくださいよ」
「怖い話でもするか」
「嫌な人」
「話する前に出れるぞ」
体感では約十分の長いトンネルを潜り終えた。
出た矢先にいきなりカラスの大群が羽ばたいので、二人にして驚愕した。
カラス達は枯れ果てた木らに止まり、俺達を監視するようにじっと見つめてくる。
「.......何か、不気味」
同感だ。秋の夕方にしては、不釣り合いのような青紫の空と雲、土と湿っぽさが混在した匂いと霧。そしてカラス。
冗談で言っていたつもりが、本当にホラーな所へ来たのかもしれない。
「水木先輩。行くんですか」
「逆に行かないのか? 良いものが撮れそうだと思うけど」
「あーですよねー。何かあったら男を見せてくださいね」
俺達は懐中電灯で前を照らしながら、細長い道を歩いていく。
「アンタら誰?」
声の元に懐中電灯を向ける。
木の枝に。若い男性が膝を立てて座っている。
「ゆ、ゆうれ!?」
「いや生身の人間だろ」
「見かけない顔だな。初めましての顔はいつぶりだろう」
男性は地面へ軽々しく飛び降りた後、俺達と対面するかたちをとった。
ロックみたいな服装と、バツ印のヘアピンに髪を結ってる。なんとなく若者内の.......流行りのような風貌。
「質問してるんだからさ。ちょっとは何か言ってくれない?」
「あ、すみません。俺達はその.......道に迷いまして」
「えっ何をいっ」
俺は即座にアイコンタクトをすると、早見は怪訝な顔をしながらも黙ってくれた。
「道? こんなところに迷えるの? さすがに無理な理由だなぁ。冗談でもキツいって」
「いや本当なんです。色々ありまして、何処か宿があればとか.......」
「ふーん。この先に宿になるかは知らんけど、村はあるぜ。ちなみに俺はその村の住民。一応ね」
男性は意味深に微笑む。
「その村は、普通なんですか?」
早見が恐る恐る聞く。
「基本的に女の子を襲わない所だから普通じゃない? 俺はアンタみたいな子を襲いたくなるけどねぇ。気の強そうな美人が実は純粋なんて、グチャグチャに汚したくなるよね」
「やっやめてください!! いくらイケメンな貴方でもセクハラは絶対にしちゃいけないんです!」
早見が男性に向けて指をさし、顔を真っ赤にする。
「その態度はさては処女? 尚更犯したくなるかもね」
「しょっしょじゅ!?」
「そこの男より気持ちよく犯してあげる。もう俺から離れられないぐらいに。試してみる?」
「すみません。この女性は俺の後輩なんで、セクハラはやめて頂けませんか。教えてくれてありがとうございます。村に一泊出来るか聞いてみます」
あたふたしてる早見の腕を持ち、歩き始めた。
「坊や達〜。俺の案内はいらないのか?」
「大丈夫ですー。一本道から外れなければ、村につけると思うので」
男性は笑顔で手を振った。
「先輩。なんであんな嘘付くんですか」
「直感で、取材者と名乗る雰囲気じゃなかったから」
「そうゆうもんですかね? あ。なんであの人と一緒に行かなかったんですか。ちょっと変態ぽいけど、何処にでも居そうな感じで」
「いや.......」
早見は気づかなかったのか。裏を隠してないようで、実は決して覗いてはいけない別の裏を隠してるような......。
「勘違いなら。良いんだけどね」
細い道が終わりの頃に、遠くに家がみえた。
藁や木で作られた家らが多くあり、現代風の私服を着た人達が、村内で歩いてる。
自然界で集落化とした、現代が沁みる村ってとこか。
「.......怪しい人達ぽくはないけど。どうします?」
「取材としては行かないといけないよ。とりあえずネタはある」
「早見先輩には、怖いもの知らずって無いんですかね」
「仕事だからね」
俺達は懐中電灯をしまい、警戒心を保ちながらも村の中へ入っていく。
「.......おい! 外部の人間が来たぞ!」
村人はざわつく。
「綾女さん! あの人達です!」
綾女あやなという女性が俺達の前に姿を現した。
髪を高く二つにくぐり、パーカーと白く長いスカート。歳は多分、早見よりちょっと下か?
「久しぶりの来客ね。ここって何故か観光地化してるから、たまによそ者が来るの。貴方達もそうゆう類い?」
「観光地? 地図にも載ってない場所なのに」
綾女さんは早見を一瞥するとき。一瞬殺意の目で見たような気がした。
「語弊かな。コアな方からは観光地って呼ばれてるの。来客者には、タダで一泊泊まらせたりしてるよ。で、貴方達は何の目的で来たの」
「俺達は道に迷ってしまい.......。偶然たどり着いたんです」
「歩きで?」
俺は頷く。
綾女さんは不思議そうにした後、笑顔になる。
「それなら泊まっていけば? 朝になったら色々考えれば良いと思うよ。今からこの辺りは、危ないところになるから。村内は安全だけどね」
「.......先輩。どうするんですか」
村内の雰囲気は普通、かな。女性が多いし、多分綾女さんがリーダーだと思うけど、彼女からは人柄の良さが滲み出てる。
........さっきの殺意は気のせいだろう。
「あの。一泊だけ泊まらせて貰えませんか? お金なら少し.......」
「お金なんていらないよ。あたし達の村は、みんな仲良くだからね。それに困ってる人からお金を貰うほど卑しく無いよ。あ。ちょっと待ってて。一応村長様の許可取りに行ってくるよ」
村長様? 村長は分かるけど、様って変な言い方だな。
綾女さんは数十分後に戻り、俺達を空き家に案内した。
「ここは基本的には、外部の人が泊まる時に使用してるの。定期的に掃除してるから、汚く無いと思う。夕食は持ってくるから、今日は中で寛いだ方が良いよ。疲れてるだろうし。じゃまた来るね」
家の中は昭和時代の造り。一部屋しかなく、端っこに布団が畳んでおり、ちゃぶ台がある。窓は無く、灯りはランプのみ。
「.......一泊だけとはいえ、やけに親切ですよね。名前も聞いてこなかったし。夕食の中に毒が入っていてもおかしくないですよ」
「俺よりホラーなこと思ってるね。確かに気味の悪さは感じるが、今は攻撃を仕掛けるようには見えない」
「今は?」
「何も無ければ帰れるんじゃないかってこと」
「またお得意のデタラメ直感」
俺は畳の上に座り、リュックをあけ、柳村の資料を読む。
「先輩。柳村は、確かもっと荒廃的な村でしたよね。古風とはいえ、現代に近い構築。あれは都市伝説だったのかな」
「柳村とはいえないが。柳村の場所がここではある事は、多分事実だと思う。一日では調査出来ないが.......」
「え。もしかしてちょっと間住むんですか?」
「仕事ならそうしないとね。良い収穫があれば早見の実績になるぞ。上司は密かに早見を期待してるんだから、俺とよく組ませるんだぞ」
「セクハラ上司から好かれても嬉しく無いですが、給料が上がるのであれば、もう少しこの職場に居てあげても良いですよ」
早見は腕を組み微笑む。
「.......たださっきの人。私は、あまり好きになれないかも。気のせいかなんていうかこう、恨まれてるみたいな。初対面のはずなのに何か気に入らない、ですかね」
「俺も感じた。だから無理に関わらないで、俺に任して。後輩には出来るだけ、不快な気持ちにさせたくないし」
「後輩、ですか」
早見は不機嫌になる。ニュアンスが良くなかったのか。
「そろそろ夜になるな。外に出るなと言われたが、用事がない限り従った方が良いかもしれない。明日の村人の様子を見てから、色々考えよう」
夕食は固いパンと肉であった。俺が少し食べて体調に異変がないと判明したら、早見も食べ始めた。
深夜になると気温が一気に下がり、布団だけでは足りなかった。
「水木先輩。すみませんが、トイレについて来て欲しいです」
荷物を持ち外に出ると、音は木の囁きだけの静寂が広がっていた。どこも明かりがなく、懐中電灯無しでは歩けないだろう。
村内の隅にある飼育小屋を通った先に、男女兼用の和式のトイレがある。
「男女兼用って嫌ですよね」
「文句ばっか言ってると良いことさえも良いことに思えなくなるよ」
飼育小屋の横を通る時に、動物の悲鳴のような声が聞こえた。
「せっせんぱ! 小屋に何か居ますよ!?」
「そりゃ豚や牛がいてもおかしくないよ。こうゆう場所って自給自足生活だろうし」
「でも悲鳴ぽかったですよ。鳴くにもちょっと変わってるというか」
綾女さんが飼育小屋には絶対に入らないで。と、強めに言っていたな。食糧泥棒というより、何かを隠してる言い方だった。
「覗いてみましょうよ」
「いや言いつけを守らないのはというか、何もしない方が........」
早見は俺の話をスルーし、小屋を開けようとした。
やめとけって言う前に、早見は開けてしまった。
「きゃっ!!?」
早見の危険を表す叫びに、俺は素早く早見の前に立った。
豚に性行為? してる男性が居た。下半身を露出し、うー、あーとか喜んでるような声で、腰を振っていた。
豚のお尻からは血が流れてる。
早見の顔に片手をあてながら
「........離れるぞ」
早見が軽く頷いた後に、俺達は振り返ると
懐中電灯を持ってる綾女さんが、いつの間にか居た。
「何をしてるの貴方達。小屋には入っちゃいけないって言ったよね」
「あっ、いや、そこに.......」
俺が言うと綾女さんは気付く。
「マー君またやってるのね。やるのは良いけど動物を殺さないようにしてね。死骸を放置したら腐敗して、食べられなくなるから」
「うー! うー!」
綾女さんの声に反応するように、マー君は発した。
「貴方達はトイレか何か? あたしの指示を守ってくれないと困るわ」
「困るわじゃないですよ!? その人、動物になんてことを.......!」
「早見。俺達が悪いんだからはやく出よう。すみません。無断で入ってしまい」
俺は早見の腕を引っ張り、外へ出る。
「あの頭の悪そうな子供もだけど、綾女さんも凄く変でしたよね?!」
トイレの帰り際に、早見は少々パニックになっていた。
「.......変というか。妙に冷静なところが気掛かりかな。綾女さんの顔から、どうしてそんなに怖がってるの? って感じに取れたんだ。まるで俺達が変と言うように」
「つまり頭がおかしい人って事ですよね!? 先輩ヤバいですよ。今すぐ帰りましょうよ!」
「それは無理だ」
「なんで!?」
「聞こえないか? 耳をよくすますと、さっきから彼方此方で獣の声がしてる。村を抜けるとそいつらに襲われるかもしれない」
「で、でも! ここに居るよりはマシだと思いますが」
「ヤバいものを見たとはいえ。俺達には被害無かったんだし、明日の早朝でも良いんじゃないかな。というか夜中の運転に自信がない。早見もそうだろ?」
凸凹道に加え、ガードレールが少なかった。早見も運転出来るとはいえ、お互いの疲労を考えるとやめておくべきだ。
「.......分かりましたよ」
「ただ二時間起きの交代制にして睡眠をとろう。警戒はしていた方が良い」
獣だけではない。獣の他に、誰かに監視をされてるような気がする。どこも電気がついてないし、人影もないのに。
綾女さんは見回りで.......偶然小屋に来たかもしれないが、本当にそうなのかさえ疑う。
先程のシーンのせいか。昼間とは違った異様な空気が漂ってるような。
「.......気のせいだったら良いんだけどね」
早朝になると数人の村人が起き出し、何か作業をし始めてる。
俺達に気づくと。挨拶をしてくる人も居た。
「.......何もないというか」
昨日の出来事は無かったみたいな風景。
逆に気味が悪い。
「早見。こっそりと村から出るぞ。今がチャンスだ」
俺達は家に戻り荷物を持ち、村人に気付かれないように村から出た。
細い道を歩く時に何度か振り返るが、誰も来なかった。
「多分大丈夫そうだな」
「良かった。昨日の件は不快とはいえ、この村の気持ち悪さはわかったし、何か記事に書けるんじゃないですか」
「怖がっていたくせに記事に書けるのか?」
「書けますよ! 私が書いたら必ず売れるんだし、水木先輩も喜んでくださいよ!」
早見の態度に安心した。若い女性には衝撃過ぎるものだったから。
「記事のタイトルどうします? やっぱり変態村?」
「変態はどう.......」
トンネルの入り口には、土砂崩れが起きたかのように、石の山積みで完全封鎖されてる。
「.......な、何これ!? どうしてこんなことになってるんですか!??」
昨日の気候は特に変化なしだったはず。
じゃ何故?
「えっ!? びくともしませんよ!?」
早見は石を退かそうと必死になってる。
........仮に気候で無ければ。
これは人為的にされたものか?
「びっくりした?」
勢いよく振り返ると、遠くで綾女さんか立っていた。
.......手に持ってるものは散弾銃か?
「トンネルをくぐらない時点で逃げていれば、貴方達は生きて帰れたかもしれない」
綾女さんはゆっくりと歩き出す。
「スーツからして記者だとは思ったよ。来客の大半は、取材や検証目当てで来てるんだよね。そーゆうの凄く困るの。柳村の都市伝説はまだ良しとして、柳村の場所に新しい村があったと世間に知られたら、ややこしいんだよね。あたしはね。自給自足の仲良し村だと思ってるんだけど、あの人は違うって言い切るから......」
綾女さんはため息をついた後、散弾銃を俺達に向けた。
「今すぐ決めて。ここで死ぬか、あたし達の言いなりになるか。なればすぐには死なないわ」
多分構え方が素人ではない。威力も考えると、この人から生きて逃れないと思う。
「ちなみに。トンネルを抜けない限りは、貴方達の生きる場所には帰れないわ。何処へ逃げても、最後には崖についてしまう。貴方達が完全村人側にならない限りは、石を退かす事は絶対にしない。逃げる素振りを見せれば殺す。簡単な話よ。あたし達の仲間になればいいのよ」
「ばっ馬鹿なこと言わな!」
「分かった。俺達は逃げません」
俺は意を決して、早見の前に出る。
「逃げないから銃をおろしてください。貴方達の意図は分かりませんが、とりあえず従っていれば殺さないんですよね?」
綾女さんは頷く。
「なら絶対に従います」
「.......へぇ」
綾女さんは意外にも銃をおろした。
「外部の人間を信じるつもりは無いけど、水木君の言葉に嘘を感じない。早見ちゃんはどうか知らないけどね」
いつの間に名前を。
「驚いた? 油断していたでしょ。貴方達は村に入ってから、常に村人から監視されていたのよ。あたしだけじゃない」
「う、うそよ......。信じられない! そんな!」
震える早見の背中を、優しく触る。
「早見落ち着け。取り乱せば乱すほど、殺されるぞ」
俺も内心震えてる。怖くて、心臓の鼓動が跳ね上がってる。
でも早見を守るために、恐れてはいけない。
俺のせいで、早見を巻き込んでしまったのだから。
「いいね。貴方達と遊ぶのは、ちょっと楽しいかもしれないね」
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変態村 あ。 @abcjp
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