Chapter 017 黒小鬼


 山林国ケルウッドの首都カプラルから出発して三日目の午後に森林を抜けた。

 凸凹の起伏のある地形を道なりに進み、そこを超えるとミルミウ山の麓より少し登ったところにある山村が遠くから見えた。


 ミルミウ山は西大陸のオルズベク皇国やビルドア帝国、山林国ケルウッド、パルンニ共和国といった国々を横断するアース山脈に連なり、その中でも標高が最も高い。また山林国ケルウッドを縦横断しているラクチャ川もミルミウ山の西側を源流としている。


 村は集落と呼べる形でなんとか保っているものの、全体的に活気はなく人口は恐らく百人前後といったところで、見る限りヤギの畜産と農業で生計を立てているように見受けられる。


 村の入口付近で最初に会った村人に、首都から来た冒険者でこの村の依頼を受けてきたことを告げ、依頼者へ案内してもらう。


 依頼者は、この村の長老で腰が曲がっており、白く垂れ下がった眉は毛量が多すぎて、方々に荒れて目まで掛かっているため、正直どこを見ているのかよく分からない。


「俺たちはこの村の依頼を受けて首都カプラルから来た調査を得意としているパーティーだが俺はテラフ、前衛をやっている。で、そこにいるのが……」


 簡単な自己紹介を済ませて本題に入っていく。


「それで……黒いゴブリンが出たと聞いたんだが、詳しく話を聞かせてくれ」


「ああ、それなんじゃが」

 長老がゆっくりとした口調で説明を始めた。


「ここらは普段、魔物が少なくて出ても緑小鬼ゴブリンのはぐれか、数が多くても数匹群れるくらいで意外と儂ら村人だけでもなんとかできたりするものなんじゃが……」


 長老は一度言葉を切り、少し咳き込む。

 横では長老の孫に当たるのか若い女性が長老の背をさすっている。


 その後、老人は再びゆっくりとした口調で説明を続けた。

 長老の説明では、ひと月前あたりからわしらの放牧している山羊が、黒い色をした小鬼に襲われるようになった。

 普通の緑色の小鬼なら、長老らこの村の住人が飼っている牧畜犬に追い立てられて、すぐ逃げるそうだが、黒いゴブリンには牧畜犬は近づかず吠えるばかりだそうだ。

 始めの頃に一匹だけ近づいた牧畜犬が、黒いゴブリンに一撃で無残に殺されたのを飼い主が目撃して以来、住民たちは震えてあの黒い小鬼達を見つけたらすぐに避難をしているそうだった。


 昨日の夕方にテラフたちも緑色の小鬼に襲われたが確かに弱い……。

 一般人でも数人掛かりで囲めば 難なく倒せるくらいだ。

 だが、牧畜犬は体高六十センチメートル程度、体重三十キログラム程度の大型犬で、ゴブリンと体重があまり変わらないのに、牧畜犬を一撃で倒してしまうということはステータスに大きな差があったということだ。


「それで、この村には他にも被害が?」


「いや……山羊十数頭と最初の牧畜犬のみじゃ、この村の放牧地は広くての……」

「最初の頃は放牧しているエリアの端っこで目撃されたんじゃが、奴ら段々とこの村の方に近づいてきておるから、いずれこの村にもくるのも時間の問題じゃろうて……」


「それで首都カプラルの冒険者ギルドに依頼を出したって訳か……」

「いや」

「あれ? 俺たちの前にも依頼を受けた冒険者が失敗したと聞いたが? 」


「わしらは直接冒険者ギルドには依頼しておらん」

「おかしいなぁ、依頼はこの村と書いてあったんだが……」


「恐らくこの村出身の国に仕えてる者がおってのう、そやつに手紙を出したら、冒険者ギルドに依頼してくれたようじゃのう……」


 なるほどそういうことか……どおりでこんな国の外れ近くにある村人が俺たち「森の散歩者」を名指ししてきたのか……どうにも腑に落ちてなかったんだが今の話を聞いて納得した。


「お前さん方の前の連中は随分と横暴な輩じゃったのぅ……三人組で確か名前は……」


 あの連中だったのか失敗したのは……。

 もう小鬼に警戒されてると思った方がいい……難しくしやがって。


 俺は、首都カプラルの冒険者ギルドで出発前にマカロニに絡んできた三人組の顔を思い出し、心の中で悪態をついた。 

 長老の話だとその三人組は首都カプラルで調査依頼を受けてきたはずなのに、見つけた黒いゴブリンにいきなり矢を射掛けて弱ったところを囲んだらしいが、それでもかろうじて一匹仕留めただけで、騒ぎを聞きつけてやってきた他の黒いゴブリン数体からそのままクモの子を散らすようにその場からそのまま首都カプラルに逃げ帰ってしまったのを遠くから村人が目撃したそうだった。


 まあ、あの連中は考えて行動した訳ではないと思うが、逃げる際にこの村を経由しなかったので村に被害が出なかった分、まだマシだったのかもしれない。


 俺たちが今回、依頼を受けたのは 黒いゴブリンの数や強さなどの「脅威度」と生態について、調査することだった。

 依頼者の他にケルウッド国もこの事態に関心を示しており、おそらくこの村出身の依頼者が恣意しい的に国に相談して、調査報告内容によっては、国も脅威度が高いのであれば軍や大規模な討伐依頼の参考としたいという思惑もあって、国からも今回の依頼料に上乗せされた額が含まれていると依頼票に特記されていた。


 その後、他の目撃者の村人にも長老宅に来てもらって、黒いゴブリンが最初現れた頃から現在までの目撃範囲や時間帯、走った時の概ねの速度、人間を見たときに示す反応などを確認していった。


「ねぇねぇテラフ?」

「なんだ?」

「ヒマだから先に黒いゴブリンちょっと見てきていい?」

「あぁ、好きにしろ、ただし、見つかるなよ」

「オーケー、じゃあ、行ってきまーす」


 返事をしたと思ったら、すぐに長老宅を出て、目撃したと聞いた方角に走っていった。


 長老宅に集まった村人たちは心配そうに俺に話しかけてくる。


「大丈夫だったんですか……。あの小人族の子を一人で行かせてしまって……?」

「あぁ大丈夫だ。問題ない。あんなに頼もしいヤツ、この国のギルド本部でもそうそういないからな」


 俺は質問してきた村人にさも当たり前だと返事をした。


「そうは言ってもアイツを一人にすると心配だから俺たちも後を追うことにするよ……まあ場合によってはそのまま調査までしてくるので……これで失礼する」


 俺は返事をし、ヒルメイと二人、マカロニが走っていった方角に歩き始めた。




【魔物について】────────────────


 ・緑小鬼(ゴブリン)、並(ノーマル)

 体高1.2m程度の緑色の皮膚で外見は醜い、単体だと弱く一般人でも倒せる程度。

 棒や短剣を持って群れて襲ってくる。他、上位種が数種類確認されている。


 ・上半身女型の蜘蛛の怪物

 文献と照合するとアラクネ―という魔物と推察される。

 体高2.0メートル程度で上半身は美しい女性、下半身は蜘蛛の化け物で、人族等の男性を“魅了”により引きつけ捕食する。爪には強力な毒が含まれており、毒耐性があっても多少のダメージを受ける。動きが非常に素早く蜘蛛糸により立体的に動くことができる。討伐難易度は冒険者等級「A」相当に分類される。


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