勉強会
カフェの窓際、放課後の西日が机に伸びる。木製のテーブルに教科書とノート、そして問題プリントが広げられ、アイスラテの水滴が静かにコースターを濡らしている。
「ねえ香織、この問題、ほんとに解けるの……?」
私はシャーペンの芯をくるくる回しながら隣の席の香織に目を向けた。
店内でジャズが流れる中、香織は静かにその視線を受け止める。
「うん、解けるよ。咲がちゃんと解く気になればね」
「集中力がもたないんだよ……」
誰かさんのせいでね
「またそれ?」
「だって香織、近いし、さっきから髪がさらさら揺れてて、それが……気になる」
「……はいはい、言い訳しない。ちゃんと解く。さ、始めようか」
香織が長い髪を一つに結い上げ、ノートを指で叩く
その仕草が、私の心を妙にくすぐった
⸻
私は気を取り直して真面目に問題に向きあうことにした
「さて、この問題は点 A(−α, −3)と、点 P(θ + sinθ, cosθ)の距離の2乗を f(θ) として、いろいろやっていく問題。まずは関数 f(θ) をちゃんと書き出すとこから」
「うん、えっと……」
距離の2乗ってことは、座標の差を2乗して、足して……だから
私はノートにペンを走らせながら、目の前の問題に完全に意識が向きはじめたのを感じた
「f(θ) = (θ + sinθ+ α)^2 + (cosθ+ 3)^2か」
「正解。やればできるじゃない」
「やればできるって……失礼な」
「でもこの先が本番。まずは f’’(θ) = 0 となる θ が 0 < θ < π にただ1つあることを証明しないと」
香織の声は落ち着いていて、普通の授業より頭に残る特別講義だなとふと思った
「咲、まずは f’(θ) を出そう」
「うんわかってる、1階微分ね……」
咲はペン先を少し宙に浮かせてから、再びノートへ向かう。
「f’(θ) = 2(θ+sinθ+α)(1 + cosθ) + 2(cosθ + 3)(- sinθ) で合ってる?」
「−sinθの−は出した方が綺麗だけどあってるしいいか。じゃあ次、f’’(θ)」
「あ、そうだね、わかった」
「あ、ここ+と−間違ってる、それと集中してるとこ悪いんだけどさ、私の右手を左手でにぎにぎしてるのはわざと?」
「っ!?!?」
顔が一瞬にして真っ赤に染まるのを感じながら頭の中はパニックになっていた
うそ、私完全に無意識だった、恥ずかしい…!ぁぁぁぁあ私のばか!!嫌じゃなかったかな?どーしよー、手汗とかついてないよね?
私は両手で顔を覆い、しばらく香織と目を合わせることができなかった
「香織ィ、ごめん完全に無意識でやってたみたい本当に恥ずかしい、もしかして嫌だった?」
少し落ちついたところで両手を顔からはなし、香織の顔を伺う
「全く嫌なんて思ってないけど、その少し恥ずかしいというか、それくらいだよ......って」
「ちょっとは笑ってよ、もう……」
香織はふっと目を細めて笑う。その瞬間、咲の胸がきゅっとなる。
あぁ、また顔が赤くなっちゃうよ
それから私たちは落ち着くまでしばらく休憩した
⸻
「香織そろそろ再開して大丈夫」
「ん、わかった、でもちょっと待ってねー」
香織がスマホに文字を打ち込みおわるのを待ち、勉強を再開した
「えーと、ここから、f’’(θ) を求めるとこから」
「そうなんだけど、式が長くて……私、こういうの見ると頭痛くなるタイプなんだけど」
「わかってる。だから補助的にグラフの様子を見るんだよ。たとえば θ + sinθ は増加関数。あと、cosθはπ/2を境に減るし、その辺の特性を使えばいい」
香織の指がノートに優しく触れ、曲線を描く。
「ほら、この辺。f’’(θ) の符号の変化を見ると……ある θ でしか0にならないことがわかるでしょ?」
「うん……たしかに、一回だけ交差する」
「でしょ。これで(1)はOK。次は(2)」
「やっと(2)...」
咲は机に突っ伏しそうになったが、香織が笑いながらそっと彼女の手元にチョコレートを置いた。
「ごほうび。甘いの食べて、もうちょっと頑張ろ?」
「……優しい。ずるいねぇ香織は」
「なにが?」
「そんな風にされたら、さらに好きになっちゃうよ」
その声は小さかったが、香織の耳には届いていたかもしれない。ふたりの間に、一瞬だけ時間が止まったような沈黙が落ちた。
「それで、(2)は何を求める問題だった?」
香織は何も聞かなかったかのように話を続けた。でも、その横顔はどこか、赤く見えた。
「え、あ、aの範囲を求めるんだったよね。f(θ) が0 < θ < π/2のどこかで最大になるような……」
「そう、それ。だからf(θ)の極値を調べて、aを含めて条件を考えるの。...頑張れ、咲」
「うん。頑張る」
⸻
日が傾き、カフェの照明が暖かく灯る頃。ふたりのプリントにはびっしりと解法の道筋が記されていた。
「やっと終わった……!」
咲が大きく伸びをする。
「よく頑張った。ほんとに。咲、今日はここ最近で一番集中してたよ」
「えへへ、それってごほうびいるんじゃない?」
「チョコ、あげたじゃん」
「違う、ごほうびってのは――」
咲は一歩、香織の方へ顔を近づけた。
「香織に...だよ?ありがとうね、いつも、それに今日は特に教え方が上手だった気がするよ。だから私からのご褒美、香織の髪はサラサラで気持ちいいねぇ」
私は笑顔でありがとうを伝え、香織の頭を右手で優しく撫でた、可愛い顔をして私から目を離さない香織の頭をしばらく撫で続けた。
「あ、あぅぅ...」
香織は言葉にならない声をあげ、されるがままにされた
_______
気づけば店内は私達だけとなり、日は完全に沈んでいる
「どうだった?私からのご褒美」
さっきまでの顔を見ていれば分かりきっていることなのに、つい言葉でも求めてしまう。少し強欲かな
「咲も結構いい性格してるよね。
温かい気持ちが溢れてきて心地よかった…です。
お願いだから、その、私以外にそれしないでね、咲」
「うん、咲にしかしたことないしする気もないよ、安心して」
普段なら照れて言えないようなセリフを言ってしまうほどに今の私は落ち着いていた。
なのに胸は凄く熱くて
――好きだよ、香織。
「咲、今何かいった?」
「なんでもなーい!」
咲の声は、少しの熱をもってカフェの静けさに消えていった
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