第10話
仕事が始まっても水田が戻ってくることはなかったが問題なかった。
小さい劇団から始めたため、誠もある程度のことなら自分でできる。
「タクシーを呼ぶか」
マネージャーがいなくて不便ではあるが。
スマホを操作しながら控室に戻った誠は中に人がいることに気づいた。
「……由貴(よしたか)?」
「よお」
片手で雑誌を開いたまま、もう片方の手をあげて挨拶してきたのは立花由貴。
「義弟よ、元気にしていたか?」
由貴は誠の元妻・咲羅(さくら)の兄だ。
「まあまあだな」
「仕事は終わったのか?」
「ああ」
「それならちょっとつき合ってくれよ」
笑顔ではあるが自分の目を見ない由貴に、その様子から後ろめたさを感じ取って誠は笑う。
「ようやく俺と話す気になったわけ?」
誠の言葉に由貴は肩を竦めてみせたが何も言わなかった。
何も応える気はないらしい。
そう察して誠は「付き合うよ」と言うと素早く支度を整えた。
「なにに付き合えばいいんだ?」
「時間潰し。折角だからドライブしていくか」
「男二人で?」
「別にいいだろう」
由貴は笑い、誠は苦笑する。
「桜を見に行こうぜ、忙しくて見ていないんだ。誠は?」
「……見ていない」
「それなら決まり」
強引な由貴に誠は溜め息を吐いたが、行き先は聞かなかった。
由貴のことは信用していた。
「生きてる?」
沈黙を破った言葉に、今度は誠が肩を竦める。
「何でだろうな。眠くもなるし、腹も減るんだ」
「生きているからだろう」
「生きている、ねえ」
「お前のそんな顔を見たら咲羅が泣くぞ」
「泣かれるのは嫌だな」
ぼんやりと呟く生気のない誠の声に由貴は溜め息を吐く。
「全く……」
その呟きは咲羅のものとよく似ていた。
目の奥がジンッと痛んだが、誠はグッと耐えた。
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