四十一話 無礼だなんておもわない

 村長さんの家のベッドに、やつれた女性が横たわっていた。


 瞼を固く閉ざしている彼女の顔色は、お世辞にも良いとは言えない。寝息は弱々しく、些細な物音ひとつで搔き消されてしまいそうだった。


 私にベッド脇に置かれた椅子を勧めながら、村長さんが口を開いた。


「妻のマイアです。一週間前、近くの森に行ったときに瘴気を吸い込んでしまったようで……」

「そうなのですか。奥さんは自力で?」

「いいえ、丁度こちらに戻ってきていたバンが見つけて」


 後ろに控えているバンに、視線を向ける。赤髪の彼は、目が合うと静かに一礼した。その仕草には、ルヴィを相手にしているときのような荒々しさは見当たらない。ちゃんと神殿指折りの神官という印象を受ける。


「母は森の奥深くで倒れていました。自分に出来る範囲で浄化を行いましたが、力及ばず」

「悔やむのは結構ですが、恥じる必要はありません。その為に私が喚び出されたのですから」


 言いながら、奥さんの手を取った。少しかさついた手は、それでも温かい。


 緊張を逃がすように小さく吐息を吐いて、指先に力を込める。掌に生まれた熱が体中に広がって、髪の先まで散っていった。不自然に靡いた髪が重みを伴ったときには、彼女の頬に赤みがさしていた。弱々しかった寝息も、健やかなものになっている。


 上手く、いった。


 安堵に頬を緩め、私は村長さんを振り向いた。


「もう大丈夫です。彼女の身を蝕んでいた瘴気は祓いました。これ以上悪化することはないでしょう」

「~っありがとうございます、聖女様!」

「聖女様、ありがとうございます」


 言葉の温度は父と子で食い違っているが、浮かべられた表情は良く似ている。彼らを見守っていたシャルルも、肩から力を抜いていた。


 何か線を引いているかのように私たちから離れ、壁に凭れかかっていたルヴィはいつも通り唇をへの字に曲げている。しかし、私と目が合うとこくりと頷いてくれた。


 それに頷き返してから、回復したとはいえ瞼を閉ざしたままの奥さんに目を向ける。


「ですが、瘴気による衰弱は癒せていません。ですので、ご家族で支えて差し上げてください」


 彼女の白い額に散らばる前髪を払い、そっと頬を包むように触れようとして、やめた。私の手は、命にとって冷たすぎる。


 聖女の癒しの力は、この国の誰よりも強い。だが、あくまで癒せるのは怪我や病のみで、気力や体力等を回復させるためには本人とその周囲の人々に頑張ってもらわねばならなかった。精神が元となる病もまた同様である。


 何とも中途半端だ。神様も、どうせ与えるのなら完全な力をくれればいいのに。みんなの悩みが全て溶けて消えてしまうような。……そうなると、誰も自分に祈らなくなるから困るのか。


 胸の悪くなるような考えを振り払い、涙ぐむ村長さんに微笑みかける。


「よく頑張ってくれましたね。後のことは私たちに任せて、奥さんの傍についていてあげてください」

「はい、ありがとうございます……!」


 額と膝がくっつきそうなほどに深く深く頭を下げてくれる村長さんに苦笑して、私は椅子から立ち上がった。シャルルの方に顔を向ける。


「ご家族だけにしてさしあげましょう。私たちは他の村人の様子を」

「御意」


 村長さんたちと親しい様子のシャルルはともかく、私やルヴィが家にいては気詰まりだろう。愛する人の回復を、何を気にすることもなく喜んでほしい。


 夫たる村長さんと息子たるバンに場所を譲ろうとベッドから離れる。妻に駆け寄った村長さんが彼女の頬を撫でる中、バンは私に従って母から離れた。


「バン?」

「俺……いえ、私は今ここに神官として来ています。私情によって職務を放棄することなど罷りなりません。それに、この中で最もベルムホルンに詳しいのは私です」


 さっき泣きそうな顔をしていたのが嘘のように澄ましているバンに、私は瞬く。私からしてみれば職務よりも家族の方が大事なのではと思うのだが。仲も良好なようだったし。


 どうすればいいのか分からなくて、ルヴィを見る。私の視線を受けて、ルヴィは壁から背を離した。


「本人が言っているのだから好きにさせろ。村人の様子を見て回るにあたって、そいつがいた方が効率が良いのは確かだしな」

「……何より、第二王子殿下が聖女様に無礼を働かないよう見ておかねばなりませんから」


 冷たい言い方をするルヴィに対抗するように、バンが敵意たっぷりに吐く。澄まし顔が崩れるまでが早い。


 自分を睨みつけているバンを一瞥するだけして、ルヴィは面倒そうに家を出て行った。


 彼が出て行った扉を見つめながら、私は首を傾げた。


「あの、お二人とも」

「何でしょうか」

「なんなりと」

「……無礼ってどこからどこまででしょうか」


 殴るとかかち割るとか千切るとか抉るとかあと燃やすとか、そういうのは無礼に含まれるのだろうか。だとしたらちょっと不味い気がする。だってルヴィは私を殴りまくりかち割りまくり千切りまくり抉りまくり燃やしまくりだ。


 そしてこの無礼かもしれない戯れ合いは二人がいようがいまいが普通に行われる。だって村長さんに案内してもらう前にも燃やされた。


 そのとき彼らはわちゃわちゃしていたから幸運にも現場をおさえられはしなかったが、見られたらどうなるのだろう。


 私の答えにくい質問に、二人は顔を見合わせた。


「まさか、第二王子殿下が何か……⁉」

「いえ別に」


 前のめりになって問うてきたバンに、私はかぶりを振る。私視点で言わせてもらうと、殴るもかち割るも千切るも抉るも燃やすも、ルヴィ相手ならば特に無礼な行為に当たらない。痛いものは痛いがまぁ許容範囲である。本気でやられているわけでもないし。


 私の返答に、シャルルがほっと胸を撫で下ろした。


「なら良いのですが……」

「心配しなくても、ルヴィは私に嫌なことをしませんよ」


 どうしようもなくて重くて面倒で聞かされても困るような話をしても、ルヴィは私を見限らなかったのだ。今日だって、緊張してしまった私を励ましてくれた。


 そんな優しい人が、わざわざ嫌なことをしてきたりはしないと思うのだ。


 複雑そうな表情を浮かべる二人に笑いかけ、私はルヴィを追うように家を出る。


 彼は、相変わらずの顰めっ面で待ってくれていた。

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