第16話 決闘、ローリー対ガリウス

それはちょうど、ローリーらがグザール城に到着した次の日の、夜の出来事であった。

街道筋の酒場、夕焼け亭でギャングが連れだって酒盛りをしていた。酔った下っ端が客に因縁をつけ始め、止めに入った店主が暴行を受けた。店主の息子は、父をかばってギャングに抗議したが、最後に彼は表に連れ出されてリンチを受け、その日のうちに亡くなったのだった。


後日、この殺人事件について、夕焼け亭の店主は、ブレーナーに案内されローリーの総督事務所で聴取を受けていた。店主は最初、他人事のようにその日の出来事を一気に、そして淡々と語った。


「心中、お察しいたします。」


長い沈黙の後、とうとう、バスチオンが口を開いた。ローリーは黙って店主を見つめることしかできない。


「神様は、残酷ですよ」


店主がぽつりと言った。


「あいつは、いい子でした。かみさんのいねえ、私を助けてくれた。毎日毎日…働き者でしたよ」


「酒業ギルドの保険金は、お受け取りになられましたか?」


バスチオンの問いに、店主は首を横に振った。真面目でおとなしい店主の瞳はいつしか、怒りに燃えていた。震える唇から、言葉が次々にあふれ出した。


「まだですよ。なにしろ、あいつの亡骸は、棺には納めてありますが、未だそのまんまなんですからね。顔が紫色になってはれ上がってしまって、誰だか全然わからねえくらいだ。その上あいつを冷てえ地面にそのまんま埋めちまったら、かわいそうすぎるでしょう?俺にはそんな残酷なことはできねえ!できねえですよ!」


「おやじさん…」


「あいつはまだ!これからのっ…」


店主は言葉に詰まって、しゃくりあげるように泣き始めてしまった。無念の涙だった。ローリーはかける言葉を持ち合わせなかったが、その心の中、何かに灯がともった。


さて、グザール領第一管区には前述のとおり、3つの犯罪組織が存在する。そのうちで最も暴力的であり、恐れられているのがドラゴン団である。ドラゴン団のリーダーはガリウスと呼ばれる三十代の男性である。彼はとある小作農の三男としてグザール領に生を受けた。長男は借地権を相続し、受け継いだ土地で何とか暮らしていたが、干ばつが引き金となって全てを失った。その影響でガリウスは次男とともに僅か十歳で兵役に志願する事となる。当時、兵士となれるものは十四歳以上の男子に限られていたが、体格の良いガリウスはこれに合格すると、訓練もそこそこに前線の物資運搬部隊に編入された。当時は医療物資や衛生知識そのものが欠如していたため、傷病人の運搬や治療なども担当していた彼の部隊は、敵よりも、味方を殺す機会のほうが多かった。

ガリウスはこの戦場で、暴力による人心掌握、物資の横流しなどについて学ぶとともに、たった一つの人生訓を得た。すなわち、弱肉強食である。

遂には上官を殺害し、数人の手下とともに部隊を脱走したガリウスは、数年間、港湾都市に身を潜めて後、ここ第一管区でギャングとして勢力を広げていったのである。

グザール生まれの者に多い赤い髪を、オールバックになでつけたガリウスの顔立ちは一見、理知的に見えるが、そのぎらつく眼差しはやはり捕食者のそれなのである。公然と武装し、グザール騎士らとの対立も辞さないガリウスを、死神団やカラス団はかねてより危険視していたのだった。

死神団のリーダー、グィンはガリウスといずれは決着をつけるつもりでいた。そのような状況の下に、突然、第一管区の秩序を求めてローリーらが現れた。

こうして長いゲームが始まったのだった。

誰が勝つにせよ、すでにカードは配られており、決着がつくまで離席は許されない。


ご存じの通り、グザール第一管区は最大の商業地域であり、歓楽街でもある。ここでの酒場の経営は多くの富が転がり込んでくる反面、リスキーでもある。荒っぽい労働者、けんかっ早い騎士たち、それに武器を持ったギャングなどなど、剣呑な連中がたびたび騒ぎを起こしては、店内をめちゃめちゃにしてしまうのだ。しかし、実入りの良い酒場を営む者は、ひきも切らぬ状況であった。

ガリウスもまた、そんな酒場を食い物にしているごろつきの一人であって、第一管区の用心棒を自認し、昼頃には手下を引き連れて只飯を食らうのが常であった。


昼間の酒場では、労働者たちが食事をしている。彼らの食事は往々にして、貴族の屋敷から出される残飯である。残飯とはいっても、専門の買い取り業者がおり、食品市場として成立している。労働者にとってそれは手ごろで美味な栄養源なのだ。

黙々と食事をしている労働者たちは、悠然と店に入ってきたガリウスと、その手下たちの姿を認めた。顔を上げる者はいない。厄介ごとに巻き込まれるのは御免と、食べ物を口に詰め込み、出ていく者すらあった。


真ん中の広いテーブルがさっと空いて、ガリウスらは当然といったように、そこを陣取った。


「親父、何かうまいものはあるか?」


「へえ、ありますとも、少々お待ちを」


酒場の従業員はすぐに店主を呼びに行った。が、誰も帰ってこず、酒場は静まり返ってしまった。


「おい、誰か酒を持って来てくれ。こっちは暑くて喉が渇いてるんだ」


ガリウスが呼びかけたが、店内の誰からも応答がない。


「おい、聞こえないのか!誰か飲み物を持ってこい!」


ガリウスの怒声が響く。すると、カウンターの脇から店番らしき少年が盆にコップを載せて慌ててやってきた。ガリウスと手下3名にそれぞれコップを配る。ガリウスは一口飲むと、けげんな顔をした。


「何だこりゃ?まずいワインだな。おい!」


コップをテーブルに叩き付けると液体が跳ね上がって、ガリウスの腕やテーブルを汚した。すると少年はうつむいたまま、ぼそぼそとしゃべった。


「ならず者にはお似合いの安酒ですよ。お代わりはどうですか?」


「…?おい、ガキ、死にたいのか?」


ガリウスの顔面に朱が差した。手下はぎょっとして、少年に目を向ける。オレンジ色の髪に、大きめの目が特徴な、顔立ちの整った少年が、まっすぐにガリウスを見返した。


「やってみなさい。お前はこのあいだ、店番の子どもを殺したな?」


ガリウスは突然、立ち上がった。椅子が派手な音を立てて倒れる。盆を放り投げて逃げ出す少年。ガリウスはそれを追って店の外に飛び出した。


「待ちやがれ!ぶっ殺してやる!」


表に飛び出たガリウスであったが、すぐに異常を察した。酒場のぐるりを、死神団の構成員が包囲している。さらに3名、武装した騎士が槍を構えてガリウスに向けているではないか!

突如、店内から男の叫び声が上がった。ガリウスが引き返すと、部下たちがすでに殺害されており、剣を手にした騎士が3名、ガリウスを追い返すように前に出て来た。


「お前がガリウスだな?表に出ろ。抵抗すればお前を殺す」


騎士サンダーが静かに言い放った。店の前はすでに人だかりが生じていた。中央に先ほどの少年、ローリーがいて、老騎士が鎧を着せている。ローリーはガリウスに向かって口を開いた。


「ドラゴン団と名乗る違法組織、その元締めである通称、ガリウスよ。お前には様々な余罪があるが、直近では殺人を犯しているな。間違いないか?」


少年が声を張ってガリウスに詰問する。先ほどのこそこそとした鼠のような雰囲気から一変し、まるで上位審問官のような言い様である。


「答えろ!」


ローリーはガリウスを睨んだまま、左手で腰の剣に手をかけた。ガリウスは状況が呑み込めない。


「てめぇ、一体何者だ?」


「控えよ!下郎!このお方はグザール領第一管区総督、ローリー・モンテス様であるぞ!」


騎士コモドーが手にした槍でガリウスを突くようなしぐさを見せた。


「何ィ!?」


「ガリウス、もう一度聞く。二週間前、夕焼け亭の店番の十六歳の少年を殺害したな?何の罪もない、少年を」


ガリウスは周囲を見回した。ドラゴン団の他のメンバーが見当たらない。ようやく、自身が罠に掛けられていたことを知る。


「グィンの野郎…嵌めやがったな」


「ガリウスよ。心せよ。マヌーサの裁きの前では、沈黙は貴ばれないぞ」


ローリーはゆっくりと剣を抜いた。その言葉もまた、きらりと光る刃先のように鋭い。普段、優しく柔和なローリーとは、もはや別人なのである。


観衆は、どこかで響く雷鳴を耳にした。

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