三人称・燈-アカシ- 対 空坐-アクザ-
刀を振るう。
刀身に付着した血液を払う。
さぞ当たり前の様に、人を殺すことに戸惑いは無い。
呼吸をしながら接近する銅島センジ。
何も感じていないのか、冷めた目付きを相手に向けている。
圧倒的迫力に気圧される妖刀師たち。
それでも、戦わなければ生き残る事は出来ない。
「銅島センジィ!!」
自らを鼓舞する様に妖刀師が叫ぶ。
仲間を殺されて怒りをあらわにしている。
彼らの殺意を受けて、銅島センジは刀を構える。
「…」
刀を引き抜こうとしていた望月アクザだけは冷めていた。
自分だけが使えると思っていた刀。
それが引き抜けないと分かった今、資格が無い事を悟る。
だが、それならばそれで良い。
目的は達したのだ。
ゆらりと、他の妖刀師に気付かずに歩き出す。
銅島センジすらも、妖刀師を前にして一瞬、望月アクザを見失った。
そして、彼が敷地の外へ繰り出した事を察すると。
「逃げてみろッ、追ってやるぞ!!望月アクザッ!!」
一人一人、妖刀師を斬り殺しながら鬼神の表情で告げる。
その顔を見た望月アクザは、久方ぶりに命の危機を感じた。
車へ近づき、無造作に車の中に魔剣妖刀を投げ込む。
望月アクザは車へ乗車すると共に即座に発進した。
最早、仲間を待つ事すら無かった。
(魔剣妖刀、緋之弥呼、二つもありゃ、今回の失態も十分免れる、むしろ褒賞すらあるだろう、今は逃げに徹する…ックソが、銅島センジッ!顔は覚えたぞ、五年、いや、二年以内に、ぶっ殺してやらァ!!)
魔剣妖刀。
緋之弥呼。
この二つがあれば。
己は裏社会を牛耳る事が出来ると。
そう望月アクザは思っていた。
敷地内から外へ繰り出す銅島センジ。
刀を強く握り締めながら、車に向けて刀を振るおうとした時。
「にぃに…にぃにっ…」
声が聞こえて来た。
その声に反応し、茂みの方へ顔を向ける。
泥だらけになる千金楽アカネの顔が其処にあった。
「あかねちゃん、車から脱出したのか?」
小さな子供が手足を縛られて脱出出来るとは到底思えない。
まさか、魔剣妖刀の代わりに千金楽アカネも置いて行ったのか?
(奴の性格上、それは有り得ない…が)
「にぃに…車、なかッ、あかねの代わりに…っ」
千金楽アカネは泣きながら兄の事を告げる。
その言葉を聞いて、銅島センジは思い出す。
『おれ、まだあきらめてないよ…こんなのに、負けないからッ』
玄関前で言った、闘争の意志を宿す千金楽アカシの顔。
それは、子供ながらの意地だと思ったが。
まさか…一人で望月アクザと立ち向かう気なのか。
そう思った時。
赤い閃光の様な車のランプが点灯したかと思えば。
盛大な爆発音が、遥か先から聞こえて来た。
車の爆発。
それは、後部座席で隠れていた千金楽アカシが、魔剣妖刀を握ったと同時の事だった。
巨大な重力が車の中に発生し、望月アクザは驚き、即座に車を棄てた。
それと共に、千金楽アカシは魔剣妖刀を持って外へ繰り出した。
両者二人が降りた数秒後に爆発する。
道路を照らす、炎上する車の光。
最初は、銅島センジが攻撃して来たのだと、望月アクザは思った。
だが、その姿…千金楽アカシが魔剣妖刀を握り締めるのを見て、この子供がしたのだと察し、怒りを浮かべた。
「炎命炉刃金…〈斬神斬人〉奈流芳カズイのッ!!返せクソガキィ!!」
千金楽アカシは刀を握り締める。
異様な熱意を感じる。
禍々しい泥の様な熱量だ。
触れれば絡みついて離れない。
(父さん、母さん…)
望月アクザの声など聞こえない。
聴こえてくるのは、死んだ家族の声だった。
『さっすが、俺の息子だ、俺より凄い、強い抜刀官になれるぞッ!アカシッ!!』
千金楽アキヒトは本当の父親では無い。
それでも、千金楽アキヒトは千金楽アカシを息子として接してくれた。
『おかえりなさい、アカシ、ばんごはん、アカシの好きなカレーよ、いっぱい食べて、立派な抜刀官になってね』
千金楽ユカは、本当の母親では無い。
それでも、千金楽ユカは千金楽アカシを息子として愛してくれた。
血は繋がらずとも、家族の証明は出来る。
家族と信じたあの日々があるからこそ、千金楽アカシの心はこんなにも苦しんでいる。
(なるよ…俺は、父さんと母さんが望む、立派な抜刀官に…ッ)
二人が死んでしまった事。
望月アクザによって殺されてしまった事。
妖刀と言われようが。
その刀を振るう事が悪であろうが。
彼女を救えるのならば、全てに準ずる。
それこそが覚悟だ。
千金楽アカシは刀を引き抜く。
炎子炉を起動し、呼吸をする。
大量の空気が体内へ入り込む。
酸素を燃焼し、闘猛火を生成。
刀身から黒と紫の闘猛火が揺れ動く。
「―――
叫ぶ。
自らの肉体に流れる全ての力。
それを一振りの刀に流し込む。
瞬間、発生する重力の波動。
周囲の物体を弾き飛ばす重力の波。
相手は衝撃を受けて弾き飛ばされる。
「くそ、ガキがッ!使いやがった、〈
それが扱うのは魔剣妖刀の類。
炎命炉刃金に宿る斬神は人を選ぶのだ。
如何に
魔剣妖刀〈襲玄〉が応じなければ使用出来ない。
斬神斬人以外使用出来る者が居ない。
そう言われた最強の
千金楽アカシは抜刀し、斬神を呼び寄せた。
(凄い…こんな、こんな刀…使い熟せる自信が、無いッ)
斬神を顕現するのに大量の闘猛火を消耗した。
炎子炉に流れる闘猛火はおろか。
肺に取り組んだ酸素、果ては血流の酸素すら燃え尽きて枯渇した。
全身が千切れる程の激痛を受けながら、歯を食い縛り気力で立ち尽くす。
(だけどッ)
戦意は衰えない。
肉体は朽ちず立ち続ける。
毛穴から血を流し満身創痍になりながら。
目的の為に全てを奮う覚悟で刀を握り締める。
(倒したいんだッ!あいつを、俺が、あの二人の息子だって、胸を張って言える様に…親の仇を討ちたいんだッ!!だから)
斬神に願う。
呪いの神に希う。
敵を滅ぼす力を。
仇を討つ為の力を。
「力を…貸してくれ、〈襲玄〉ッ!!」
叫ぶ。
漆黒の神は、その願いに呼応した。
その時、望月アクザの脳裏に過るのは、あの日見た、英雄の背中。
灼熱の大地。
凍えた夜空。
天地が逆転した様だ。
悲劇の天災。
祅霊が蠢く跳梁跋扈の世。
地獄の再現と化した夜。
その中で男は星を見た。
紫と黒の波動を放つ斬神を扱い。
無尽蔵に溢れる祅霊を前に戦い続ける。
後に剣聖と呼ばれる男の躍進。
胸に焦がれ続ける英雄の歩み。
久しく忘れていた、この感情。
始まりは憧れだった。
英雄の死後、世に出回った魔剣妖刀。
それを得る為に成り上り続けた。
多くの人生を奪い、狂わし、死なせた。
数多を犠牲にしてでも、己が手中に収めたかった。
英雄と同じに、成りたかったのだ。
(なんで、こんな…こんな事を…ッ)
だが。
魔剣妖刀は男を選ぶ事は無かった。
始まりは純粋な感情だったのだろう。
だが、過ぎ去れば欲に塗れた垢だらけの邪心。
魔剣妖刀は、斬神は、襲玄は。
そんな輩を選ばなかった。
ただそれだけのこと。
結局、この男の人生は。
星に焦がれた塵屑に過ぎなかったのだ。
「くそ、がきがァあああああああぶちゅばヴぁッ」
斬神・襲玄による超密度の超重力。
それにより、望月アクザの肉体は、押し潰されて、泥の如き血みどろと化した。
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