第20話 取引
暁律はスタッフたちが去った後、再び静寂に包まれた廊下を進んだ。
廊下の奥には、さっきの「目玉商品」があると思われる部屋がある。
鍵束を握りしめながら、彼女は再び扉の前に立った。
(この中に「目玉商品」があるはず……)
扉の前で一瞬立ち止まる。
自分が何をしようとしているのか、その危険性を理解していないわけではない。
だが、ここで立ち止まれば何も変わらない。
暁律は深く息を吸い込むと、鍵束の中から合いそうな鍵を探し始めた。
「これかしら……」
鍵を差し込むと、軽い音を立てて扉が開いた。
中に入ると、冷たい空気とともに異様な静けさが広がっていた。
薄暗い部屋の中には、いくつかのガラスケースが並んでおり、その中には「目玉商品」とされる女性が囚われていた。
(……ひどい)
ガラス越しに見える女性は、意識を失っているのか動かない。
無機質な装飾品のように扱われている様子に、暁律の胸には怒りが込み上げてきた。
「こんなことが許されていいはずがない……」
彼女は近くのガラスケースに近づき、様子を伺った。
その瞬間、背後から鋭い声が響いた。
「そこにいるのは誰だ?」
振り返ると、先ほどのスタッフがこちらを睨んでいた。
「今からソイツをケースから出して運ばないといけないんだ」
「そう…… でも、それはどうやってやるの?」
「そんなことも知らないのか?」
スタッフの男はポケットからリモコンを取り出し、ガラスケースのロックを解除した。
「このリモコンがなきゃ、ケースは開かないんだよ。俺たち以外のやつには扱えないようになってる。あとは商品が逃げないように電子錠をつけるだけだ」
スタッフの男がリモコンを弄りながら、得意げに説明を続ける。
「この電子錠は、ただのロックじゃない。逃げられないようにケース全体が特殊な周波数を放ってるんだ。だから、こいつらが中でじっとしてるわけがないしな」
「じっとしているわけがない?」
「当たり前だろ?人間なんだから、逃げようとも思うだろう」
男は軽く鼻で笑いながら答えた。
その言葉に暁律は眉をひそめる。
「それなら、最初からこんな透明のケースに閉じ込める必要なんてないんじゃない?」
彼女の問いに、男はリモコンを指で弄びながら、面倒くさそうに答える。
「この透明のケースか?これは客が楽しむためのケースだよ」
暁律は眉をひそめる。男はにやりと笑い、説明を続けた。
「そうだ。商品をそのまま置いても逃げられちまうし、頑強な檻に閉じ込めても客から商品が見えないしな」
男の言葉に、暁律は冷ややかな視線を送った。だが、彼女は表情を崩さずにその説明を聞いている。
「それで考案したのがこのケースってわけだ」
男は満足げに肩をすくめたが、暁律の心中には違和感しかない。
(こんなことが平然と語られるなんて……)
彼女は一歩踏み出し、じっとガラスケースの中を見つめた。
そこに収められているのは、無表情で閉じ込められている女性だった。
彼女の目には恐怖と絶望が滲んでおり、その姿を見ているのが耐えられなかった。
(この「商品」だって人間なのに……)
「そうやって楽しむために、誰かを商品にしてるのね」
暁律が静かに言うと、男は一瞬だけ表情を変えたが、すぐに冷笑を浮かべて答えた。
「……時間がない。お前はホールまで運べ」
男は冷徹な言葉を吐き、リモコンを手に取り、再びガラスケースのロックを解除し始めた。
暁律はその指示に従うふりをしながらも、内心で次の動きを考えていた。
「ふうん、私が運ばなきゃならないわけ?」
暁律が淡々と返すと、男は無表情で言った。
「そうだ。新人のお前でも商品を運ぶくらい出来るだろう」
暁律は少し歩みを進めると、視線を女性の横たわる姿に向けた。
「分かった。運ぶわ」
彼女は冷静にその女性を抱え上げ、無駄に力を入れずに運び出した。
「ホールに着いたらどうするの?」
と、暁律が軽く問いかけると、男は答える。
「そのまま、引き渡すんだよ」
「引き渡す相手ってどんな人?」
さらに問いかけると、男は少し苛立ったように舌打ちをした。
「余計な詮索はするな。お前はただ運べばいいんだよ」
男の言葉には警戒心が含まれていたが、暁律はそれ以上突っ込まず、足を進める。
ホールが近づくにつれ、喧騒や人々のざわめきが次第に聞こえてきた。
「お待たせしました。こちらが商品です」
男はホールに入ると同時に、堂々とした口調でそう言い放った。
ホールにはすでに複数の男たちが待ち構えており、その中の一人がスーツ姿で一際目立っていた。
彼は手に白い手袋をはめ、どこか冷徹な目つきでこちらを見ていた。
「遅かったな」
スーツの男が冷ややかな声で応じると、先ほどの男は慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。すこし準備に手間取っておりまして……」
スーツの男は暁律が抱える女性に目を向けると、無言で近づいてきた。
その鋭い視線が女性を舐め回すように観察する。
「状態はどうだ?」
「問題ありません。完璧な状態です」
暁律は女性を抱えたままじっとしていたが、男たちのやり取りを耳にしながら緊張を隠していた。
スーツの男は軽く顎をしゃくり、背後に控えていた部下らしき人物に指示を出した。
「わかった。契約しよう」
暁律は静かにその様子を見守りながら、内心では焦燥感が渦巻いていた。
(契約? このままじゃ彼女は完全に連れ去られる。どうにかしないと……)
スーツの男はサインを終えると、書類を部下に渡し、再び暁律の方へ視線を向けた。
「そのままこちらへ渡せ」
「わかりました」
暁律は冷静さをたもちながら、スーツの男に慎重に女性を渡した。
「確かに受け取った。小切手を持ってこい」
「承知いたしました」
部下は即座に応じ、一礼してからホールを出ていった。
その背中を見送りながら、スーツの男は女性をしばらく観察していた。
暁律が沈黙を守っていると、スーツの男が突然口を開いた。
「なんだ?チップでも欲しいのか?アイツが小切手を持って来たらいくらでもくれてやる」
暁律は一瞬、視線を男に向けたが、すぐに冷淡な表情を作って答えた。
「チップなんて要りません。ただ命令通りに動いているだけです」
スーツの男は鼻で笑い、女性の顔をもう一度じっくりと見つめた。
「そんなこというな。今日はいい商品を出会えて気分がいい」
スーツの男は満足げに笑いながら、女性の顔にじっと視線を落とした。
「ハハ……あなたも中々いいご趣味をお持ちですね」
スタッフの一人がスーツの男に向かって言うと、男は鼻で笑いながら肩をすくめた。
「趣味?まあ、そう思うならそれでいい。君たちも趣味の一つや二つを持った方がいい」
「……考えておきます」
スタッフは曖昧に答えながらも、その目はどこか冷めていた。
彼にとっては、目の前の男の発言すべてが上辺だけのものであり、共感することは不可能だったからだ。
スーツの男はそんなスタッフの態度に気づく様子もなく、傲慢な態度を崩さないまま続けた。
「趣味を楽しむためには、まず成功しなきゃならない。それがわかれば、君ももっと上を目指せるだろうよ」
暁律はそのやり取りを静かに見守りながら、心の奥で不快感を覚えた。
彼女にとって、今ここにいる全員が敵だった。
だが、それを表情に出さず、冷静さを保つことが今は重要だった。
「さて、そろそろ取引を始めるとしようか」
スーツの男がそう言うと、部屋の空気が一層張り詰めた。
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