第10話 入団試験2

ぶつかり合うアルトとベルンハルトを見ながら、シャルル団長は興奮を隠しきれなかった。

普段はどんなことをしていても、全てを馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべて何事もそつなくこなす変人。そんな彼が、2人の戦いを見て心からの笑顔を見せている。


格闘技を見る少年のような表情のシャルルに、1人の長身が話しかける。

「何をにこやかに笑ってるんですか団長。普段そんな顔しないもんだから、皆怯えてますよ。」

その表情は言葉よりもはるかに雄弁に、シャルルに対し困惑していることを示していた。


「何をとは…あれを見て何も思わないのか、お前は?あれこそが真の闘争、この試験を実施した意味だ!

昨今の神殿騎士に足りないものはあれだ!各国で未だ開戦の火種が燻っている中、イドリアを守るには攻めの姿勢こそ必要なのだ。逆にお前こそ、何を考えている?」


本当に初めて見るほど興奮しているシャルルを前に、短い茶髪の男———副団長のジュリアンは眉をしかめながら答える。

「そりゃもちろん、例年通り団長のお気に入りが入団するなら…あの少年はともかく、デカい方に合う鎧はあったかな、と。」

シャルルに対し、ジュリアンは冷静だ。そんなジュリアンを見て、再び戦いに視線を移しながらシャルルは独り言つ。

「本当に、つまらんことを考える奴だ。」

つまらないことを考える奴という自覚はあったが、それをシャルルに指摘されるのは無性に腹が立つ。

「そのつまらんことをアンタが考えられないから、俺が副団長なんでしょう。」

仕返しに毒づくジュリアン。そう言われると言い返す言葉のないシャルルは、観戦に集中しているフリで無視するのだった。


そんな2人の言い争いを周りの騎士たちはハラハラした様子で見ていたが、古参になればなるほど「またか」と呆れた様子で見ていた。

月と太陽、火の摂理と水の摂理。決して交わらぬが、どちらも無ければ神殿騎士団という世界は回らないのだ。

はぁ、とわざと聞こえるような大きなため息をついたジュリアンは、気を取り直して周りの若い騎士に命令する。

「君、ちょっと大熊のベルンハルト殿が着られそうな鎧があるか、倉庫で確認してきてもらえるかな?」

命令された若き神殿騎士は、ハキハキとした返事をして小走りで倉庫へ向かう。

その様子を見届けると、ジュリアンも試験の方へと目を移した。団長にもこれくらいの可愛げがあればいいのだが、と叶わぬ願いを思いながら。

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「少年!なかなかに頑丈だな!」

ベルンハルトもアルトも、両者1歩も引かぬ激闘を繰り広げていた。試験に参加していたはずの他の強者たちも、固唾を飲んで2人の戦いに見入っていた。

同時、あの場に割って入れぬ自分に、誰もが自信を喪失していた。自分にあそこまでの戦いが出来るだろうか、と。


「ベルンハルトさんも、こんなに強い人は久々に会いましたよ!」

アルトは渾身の力を込めた拳を、思い切り振りぬいた。岩をも貫き、鋼鉄をも穿つ一撃。しかし、ベルンハルトはその一撃を2つの手のひらで衝撃をいなして受け止める。

もはや、ベルンハルトも斧槍を使ってはいなかった。元来、徒手による戦闘を得意とするベルンハルトが、戦闘の試験において手加減のために使用していた斧槍。手加減をしていてはアルトに勝てぬと踏んだ証左でもあった。


ベルンハルトはアルトの手を掴んだまま、出鱈目に振り回す。普通の人間であれば、まず耐えられぬであろう猛攻。まるで物のように、容赦なくアルトを振り回す。

だが、アルトはその柔軟な肩で空中にて自在に体を動かし、地面やベルンハルトの体への衝突の瞬間に上手く衝撃を逃がしていた。

逆に、振り回された事によって生じた遠心力を乗せ、渾身の両足蹴りをベルンハルトの頭へと放つ。


アルトは顔面に蹴りが当たる瞬間につま先を伸ばし、なんとか致命的な一撃を避ける。さしものベルンハルトも、これを頭にまともにくらっては無事では済まないだろうと判断したためだ。

結果、その鋭い蹴りは、ベルンハルトの顎スレスレを掠めた。だがその衝撃は凄まじく、軽い脳震盪を起こしたベルンハルトは手を離す。

自由になった手でアルトは頭頂部へ向かって更なる追撃を放つ。すれ違いの瞬間に手刀を頭頂部へ掠めさせたのだ。


短期間で激しく脳を揺らされたベルンハルト。流石に立っていられないだろうと、アルトは息を整える。非常に強い相手だったが、どちらかしか立っていられないならそれは自分だと、怒りにも似た強い決意を抱く。

そんな決意を込めて放った一撃が、思ったようにヒットした。


……だからこそ、一瞬油断した。大きく息を吐いて力を抜いた瞬間、凄まじい殺気を感じて咄嗟に前に転ぶ。

数瞬の後、轟音と共にアルトがいた地面が割れる。ベルンハルトの拳の一撃によるものだった。相手を殺す気で放たれた一撃。一切の躊躇ないその一撃は、アルトでなければ避けられず、アルトでさえ当たれば無事で済まない一撃だった。

「……殺人は禁止ですよ、ベルンハルトさん!」

アルトは抗議するが、その声は届かない。彼はまだ脳震盪によって意識がないのだ。白目をむいたその顔は、それでいてアルトを真っ直ぐいる。

熊の化け物。なるほど、言い得て妙だとアルトは納得する。その巨躯、力は言うまでもなく。意識のない状態でも獰猛に獲物を狙うその野性的な本性は、獣よりも獣らしい。


恐らくアルトが抑えなければ、周囲の気配を無差別に襲い始めるだろう。根拠は無いが、アルトはそう確信していた。

だが、とアルトは笑みを浮かべる。討伐隊副隊長……今は隊長となった父に教わり、魔獣の倒し方は心得ている。

「知らないだろうから教えてあげますよ、討伐隊流の魔獣の倒し方。」

使ったことは数あれど、受けたことはないだろう。……まぁ、恐らく討伐隊の誰も。


返事と言わんばかりに、大振りな振り下ろしを何度も打ってくるベルンハルト。人間の繊細な技術を捨てた代わりに放たれる、凄まじい膂力。

だが、まさに魔獣といった様子のその攻撃は、アルトには当たらない。軌道が読みやすいためだ。


魔獣は高い知能を持つが、戦闘技能を持つことはほぼ無い。意識が飛んだことで技術を用いないベルンハルトは、かなり魔獣に近い動きをしていた。

そんなところまで完璧に魔獣然としなくて良いのにと、アルトは肩の関節を狙いながら考える。

大見得を切ったがなんのことはない、魔獣と戦う時は関節を狙うのだ。単純な軌道の攻撃のため狙いやすく、隆々とした筋肉に阻まれず攻撃を与えられるからだ。

流血させるのは申し訳ないが、周りに被害が出るのはベルンハルトとしても望むところではないだろう。アルトは剣を抜き、両肩の腱を器用に切断する。


本来であればここから心臓などの急所を狙うが、命を奪いたい訳では無いのでどうしたものかと思案する。

……が、まもなくそんな思案は無意味となる。

腱を切ったというのに、ベルンハルトは変わらず攻撃を放ってくるのだ。切れていなかった訳ではない。これは恐らく———

「そのなりで、摂理の扱いも上手いとか、勘弁してくださいよ!」


無意識下で腱を治癒・再生したのだ。イドリスの摂理を使って。無論、一般人の再生能力ではこう素早く腱が回復することは普通ない。相応の時間がかかるものだ。

とすれば、これはベルンハルトが途方もないほど何度も摂理を用いて技術を上げたか、受けた祝福の量がかなり多いか……


どちらにせよ、厄介なことに変わりない。ベルンハルトの猛攻をしのぎながら、アルトはいよいよ殺すしかないかと思い始めていた。

「少年!治癒だ!」


と、唐突に。先ほどアルトの背後にいた、学者然とした男から声がかけられる。人がいる場所を避けかなり遠くまで来たと思ったが、どうやらアルトに声が届くように近くまで走ってきたようだった。


猛き魔獣は、弱そうな標的を見つけ、さも当然かのように狙いを移す。アルトの予感の通りであった。

「お兄さん!危ないですよ下がって!」

アルトはベルンハルトの足の腱を切って、数瞬の時を稼ぐ。そして男の横まで跳ぶと、おとこと男とベルンハルトの間に立つように構える。


「ぼ、僕はエミール……ってそんなことはどうでもよくて!攻撃するんじゃなくて、彼の脳震盪を癒すんだ!」

盲点だった。確かに、無差別に人を狙う化け物より、少し話が通じる化け物の方がマシだ……

「恐らく、今は反射的に受けた傷に対して治癒を行っている状態……いったいどんな経験をしたら、無意識下で反射的に治癒を行うなんて芸当が出来るようになるのか想像もつかないけど……

だからこそ、体が脳震盪を治すところに力を使ってないんだよ!このまま戦い続けたら、君の方がジリ貧……うわぁ!」


話しながらも飛んでくる攻撃。アルトは話すエミールを小脇に抱えながら、ベルンハルトの攻撃を避け続ける。

「なるほど、盲点でした!やってみますから、少し離れてくれますか!」

アルトは安全な方向へエミールを投げ飛ばす。着地出来たかも確認せず、ベルンハルトを攻撃しながら反対を向かせる。


さて、やってみるとは言ったものの、どうするか。さすがに頭に取りついて治癒をしている時間はない。肩と足の腱を同時に切れれば可能性はあるが、今のところそんな余裕は無い……

「おい大熊!こっちだ!」

と、再び唐突に聞こえる声。エミールの声だ。

逃げればよいものを、剣と盾を構えてベルンハルトを挑発している。顔も膝も、笑ったまま。


そんな弱い獲物をベルンハルトが見逃すはずもなく、踵を返してエミールを狙いに走る。

一見無謀に見える行動だが、違う。

これは、エミールからアルトへの明確なパスだ。囮をするから成功させろ、と。

「面白い……!」

アルトは、強い精神は強い肉体に宿ると思っていたが、そうとも限らないようだ。この試験は学ぶことが多い。


さて、であれば必ず成功させねばなるまい。アルトは身体中に、さらに力を込める。自分の出せる限界まで、身体中の筋肉を弓の弦のように引き絞る。

そして、放つ。シャルルさえ、ともすれば見逃してしまうほどの速さ。技術度外視、直線の速さ勝負だからこそ起こしえたスピード。音より速く、アルトはベルンハルトの背後に到達する。

そして、そのスピードを乗せた回転斬り。最悪切断してしまってもいい。治癒師がなんとかしてくれる……!

左足首、右足首。ここまでほ順調。そのまま体を捻って左肩を切りおろし、もう1回転で右肩も。そのままベルンハルトの首に跨る形になり、足で首関節を極めながら、両手でベルンハルトの頭を治癒する。


だが、このままでは間に合わない。アルトは自身の治癒は何度も行ってきたが、他人の治癒は得意でなかった。

「手伝うよ!」

しかし、そこで再びのエミール。さっさと遠くに逃げれば良かったものを、駆け寄ってきて脳震盪の治癒を手伝う。

エミールの治癒はアルトより優れており、なんとか四肢の再生までに間に合いそうだった。


「エミールさん、ありがとうございます。……でも、なんで戻ってきたんですか…?」

ようやく一息ついて、アルトはエミールに尋ねる。どう考えても危険だ。アルト自身、かつて感じた無力を克服するために、尋常でない鍛錬を積んだのだ。どう見ても力不足の相手に向かっていくエミールの神経が理解できなかった。

そんなアルトの質問にエミールはきょとんとした顔をして悩み始める。自分でもぱっとは答えられないようだ。


「頭に何か、思い浮かべたのではないか?」

唸るような声が、アルトとエミールの下から聞こえてくる。どうやらベルンハルトの意識が戻ったようだ。

エミールはそれを見て、大きく後ろに体勢を崩す。ベルンハルトはアルトを肩に乗せたまま、エミールを支えた。

「ど、どうも……」

支えられたエミールはその言葉を受け、さらにうんうんと唸っている。


「おはようございます、ベルンハルトさん。もう入団試験は始まってる時間ですよ。遅刻扱いにならないですかね。」

肩から降りながらアルトが嫌味たっぷりに言うと、ベルンハルトは立ち上がってポリポリと頬を掻く。

「いやぁ面目ない……まさか小童2人に諌められようとはな。それに、アルトと言ったか。まさか無意識状態の我を止められる者がいるとはな……ガハハ!」

力強くアルトの背を叩くベルンハルト。殺気が無かったため避け損ねた。とても痛い。

「小童って……僕はもう30近いですよ。」

エミールは膝の埃をはらいながら、困ったような顔をしている。

とてもそうは見えない童顔と態度に驚き、ベルンハルトとアルトは顔を見合わせて笑う。


そんな3人にこっそりと近づく影が一つ。忍び足で近づき、どうやらエミールを背後から討とうとしているようだ。もちろん、笑いながらもアルトとベルンハルトは気付いている。

ベルンハルトはアイコンタクトで告げる、「ここは我の顔を立てて、任せよ」と。対しアルトは、仕方ないなと言わんばかりの態度で返す。

そして、賊が剣を振りかぶった刹那、アルトはエミールを引き寄せ、ベルンハルトは賊を思い切り殴るのだった。


ベルンハルトは姑息な奴だと、アルトはやるなら上手くやれと、それぞれの理由で賊に怒りを覚えていた。賊はアルトの背後に隠れた者の一人。エミールが弱そうだと見るや否や、自分の評価のために動き出した訳だ。

突然のことに理解が追い付いていないエミールは、背後でばねか何かのように飛び跳ねた男を見て唖然とする。ようやくバウンドが終わったかと思えばぼろ布のようになったそれは、果たして生きているのか怪しいところだった。

責めるような視線をアルトが向けると、ベルンハルトはバツの悪そうな顔をする。

「意識が戻ったばかりでな…力加減を誤った!」

本当は怒りのせいで力んだのだとアルトはわかっていたが、あえて言及はしなかった。アルトがやっていたとしても、加減しなかっただろうからだ。


果たして、今の一撃が決め手となり、彼ら三人以外で立っていた猛者たちは軒並み自分から地面に座ってしまった。ある程度は腕に覚えがあるからこそ、彼らに———主にアルトとベルンハルトに———敵わないとわかってしまったのだ。

完全に戦意を鎮めたベルンハルトを見て、アルトは最初に自身の背後にいた人たちの元へ向かう。


「守るなどと言って、この場を離れて申し訳ありませんでした。僕もまだまだですね。」

申し訳なさそうにはにかむ少年を前に、残った数名は整列する。何事かと戸惑うアルトに、彼らはかしずいた。

「我々皆で、話し合って決めたのだ。高潔な精神と武神の如き強さを持つ貴方に、勝ちを譲ろうと。」

彼らの代表然とした男が、かしずきながらアルトに言う。

アルトとしては”高潔”というより、弱者を守るための”効率”的な手段を用いただけだったが、彼らの心には何かが響いたようだ。


「もし、力ない者を守るため最善の策を取っただけだと。そう困惑しているならとんだ思い違いです。」

困惑が顔に出ていたか、その男はアルトの顔を見て続ける。

「そもそも、弱い者を守る”必要”はないのですよ。理由が打算だろうとなんだろうと、結果そうした過程にこそ、我々は高潔さを見出したのです。」

だから、我々の思いを受け取っておきなさい、と彼を含めた男たちは再び頭を垂れる。


かくして、四半腹の時が過ぎた。神殿騎士たちによる結界は解かれ、ベルンハルトが殴り飛ばした男の治療も無事済んだ。

ざわざわと未だ興奮冷めやらぬ広場で、再び壇上にシャルルが立つ。傍らには最高司祭とジュリアンも控えている構図だ。

何か話していた人々も、シャルルに注目し言葉を待っている。広場は一瞬で静まり返った。

「諸君、ご苦労であった!これにて入団試験を終了とする!今年の合格者は3名だ!」


続く記述と面接の試験がない事が発表され、全体に少なからぬどよめきが走る。

「静粛に。我々としても、これ以上の試験は不要だと判断してのことだ。」

冷静に、刺すように告げるのはジュリアン。低いが不思議と通る声で続ける。

「武力は、言わずもがな。この戦場の中で四半腹の間立っていたのだから、文句は無いだろう。」

そこに関しては、納得というような空気が全体に広がる。だが問題は他の2つだ。

「次に、知力。エミールは言わずもがな、的確な助言でアルトを助けた。そしてアルトとベルンハルトは、その場その場で的確な判断をしながら戦っていた。

この2人の戦い方は、知力のない者には真似出来ないものだ。」

なるほど確かに。そう言われればそうなのかもしれない。

「最後に。我々が面接で見ているのは、その精神だ。弱者を守らんとしたアルト。危険をかえりみず、アルトを助けようとしたエミール。そして、姑息な手を許さない公平さをもったベルンハルト。

いずれも神殿騎士に足る精神の持ち主であると判断した。」

広場の面々は、静かにジュリアンの話を聞く。元より、異議を唱えたところで通るはずもないのだが。


「もって、今年の神殿騎士はこの3名とする!ようこそ、イドリス正教会神殿騎士団へ!」

シャルルの高らかな宣言とともに、入団試験は終了となった。彼らと戦い、見守り、守られた人々は、口々に祝福の言葉を投げかけるのだった———

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