第5話
結論から言えば俺は祖父を食べなかったし、智晴も食べなかった。あの場では。
またとない機会。
せっかくならきちんと準備を整えてからにしよう、と思ったからだ。
俺と智晴は時間と場所を改めて会うことにした。約束の日は十日後の日曜日。場所は智晴が住む町の山中。なんでも彼の家が所有している蔵がそこにあるらしい。
俺は今日のために揃えたものを持ってまず智晴の家へ向かった。電車とバスを乗り継いで約三時間。智晴の家がある最寄り駅についた時にはもう疲労を感じていた。しかし身体とは裏腹に気持ちは晴れ晴れとして期待でいっぱいだった。
事前に到着時間を連絡していたので智晴は駅で待っていてくれた。軽く挨拶を交わし、さっそく蔵へ向かうことにした。
蔵は山中にあるということだったが想像していたよりは低く開けた場所にあった。扉にはしっかりと南京錠が掛かっている。蔵は随分と年季が入っているのに対して南京錠はやけに新しいことが少し気になった。
「開けるで」
智晴は尻ポケットに入れていた鍵を使い解錠した。蔵の中は冷蔵庫みたいに冷えていた。外よりも寒い気がするのは気のせいだろうか。
智晴は慣れた様子で蔵の中の照明をつけ、扉を閉めた。
それを確認してから俺は肩に引っかけていたリュックを降ろす。そして中の物を地面に広げた。
ブルーシート。小型のナイフ。のこぎり。上下に分かれたレインコート。ゴミ袋。バスタオル三枚。タッパー。小型のクーラーボックス。大小さまざまな保冷剤数個。手にはすでにゴム手袋をしている。
ここで智晴を解体して持ち帰るためだ。俺の準備の良さに智晴は苦笑いした。
「じゃあ、もうやる?」
「いや、せっかくだから少し話そう」
そう言うと智晴はためらった様子を見せたが、結局は俺の提案に乗って来た。ブルーシートを敷いてその上に胡坐をかく。
すぐに実行しても良かったのだが、会話をして彼の人となりを知っておいたほうが美味く感じるような気がしたからだ。
取り立てて中身の無い他愛無い話をした。
好きなもののこと。今までで一番楽しかった思い出。これまで打ち込んできたこと。いじめのこと。とにかくいろいろな話をした。
一時間程話をした頃、智晴はそわそわし始めた。
そろそろいい頃合いか。
「じゃあ、やるか。でもどうするんだ?」
「色々考えたんやけど……兄ちゃんがやってや」
「は? 本気で言ってんのか」
死んだ智晴の身体を解体する覚悟はもちろんしてきたが、俺自身が手を下すことは想定していなかったのでさすがに躊躇いがある。
「うん。人にやってもらう方が確実に死ねそうやし」
智晴はケロリとしている。
「……ちょっと待って」
そう智晴に言ったが胸中ではもう結論がほぼ出ていた。
やるしかない。
考えてみれば彼が自分で首を吊るなり薬を飲むなりしたところで、死に損なったのなら結局は俺がとどめを刺さなければならなくなる。それならば初めから俺が首でも切ってしまえばそれで仕舞いだ。
「わかった。俺がやる」
実行する前に持ってきたレインコートを着る。後片付けと衛生面を考えると返り血はできるだけ防ぎたい。仕上げに被っていたキャップ帽の上からさらにレインコートのフードを被った。
「ここに立って」
座っていた智晴をブルーシートの上に立たせた。これなら血が流れても片付けが楽だ。
それからブルーシートの上に置いていたナイフを手に取った。
「じゃ、やるぞ」
俺は突っ立っている智晴の肩を左手で押さえ、右手のナイフを首筋に当てた。と同時に肋骨の辺りに衝撃を感じた。その勢いのまま後ろに2歩下がって、自分の胸から腹にかけてさする。
智晴は眉間にしわを寄せ、首を手で抑えた。もう片方の手には俺が持っているのと同じくらいの大きさの刃物が握られている。
やはりこう来たか。
万が一に備えてこれも用意しておいてよかった。
「なんでわかったん? 俺も同類やって」
「……なんとなく」
口ではそう答えたが理由はちゃんとあった。
智晴の身体。彼が見せてくれた通り身体中に無数の傷があった。しかし背中は無傷だった。
いじめでつけられた傷なら少し不自然に思う。本当にいじめがあったならむしろそれが露呈しないように外から見えにくい背中側についていてもおかしくない。
そして腕の傷はそのほとんどが噛み跡だった。
きっと自分を食べようとしたんだと思う。いや、腹の辺りに肉が抉れた場所があったから実際に食べたのかもしれない。
俺がやらなかったことを実行したというわけだ。
要するに智晴は自分の身体をエサにして俺を罠にかけたのだ。俺が智晴を食おうとしたように智晴も俺を食おうとしている。
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