第35話 公爵との対決

「ふははははは、いい格好だな、アデリーヌ!」


 突然の笑い声で私は目覚めた。


「ラヴァリエ公爵……」


 青黒い陰気な顔にヤギみたいな黄色いヒゲを生やした公爵が、檻の中の私をにらんでいた。

 背だけは高いが威厳はいまいち無い。

 こんな公爵にあのシャルロット嬢のようなかわいいお嬢様が生まれるなんて!


 檻はいつの間にか外に出され、王妃様のテントとは別の小さなテントに移されていた。


 それも気付かず寝てたのかしら。

 超恥ずかしい!


 座り直した私を見下ろしながら、公爵は言葉を続ける。


「我が娘、シャルロットを侮辱した罪の重さを思い知れ」


 やはり第一は私怨なのね。


「私はレイモン様を誘拐などしておりません」

「何を言う。隣国に王子の身柄を引き渡し、我が国を脅迫させた張本人が! この戦争の責任者はおまえだ!」


 頭がクラクラする。

 私、そんなだいそれたことをしでかしたことになっているの?


「待ってください、隣国からレイモン様を救い出したのは私……いえ、二人で一緒に脱出してきたんです!」


 冬至祭の大逃亡、避難民といっしょに国境を超えたこと、御主人様と二人だったからできたんですわ!


「レイモン様御自身に聞いてみてください!」

「おまえが殿下を丸め込んだのではないのか? え?」

「そんな……御主人様にそんなことはいたしません!」


 にらみ返すと、公爵はニヤリと笑った。


「犯した罪が怖くなったか?」


 ヤギひげ公爵がサーベルを腰からはずして、檻の中の私をちょんちょんつつく。

 

 見世物のお猿さんかなんかじゃないってんの!

 

 でも、逆らう気力もないから、織の隅っこに丸くなる。


 公爵はそれを見てまたひとしきり笑い、


「まあ、王子が無事戻ってきたのは良かった。いずれはシャルロットと結婚し……」


 おやまあ、お嬢様のお歳をご存知ですか?

 まだ五つですよね。


「シャルロットが王妃となって子を産めば、私は国王の祖父になれる」

「あの……失礼ながら何年先のお話を?」


 私は思わず言い返した。

 シャルロット嬢とは、御主人様の寵愛をかけて正々堂々と戦っている間柄。外野からの口出しは無粋ですわ!


「生意気なやつめ!」


 公爵は鞘ごとサーベルを振り上げたが、檻が邪魔になって私を叩くことはできない。ざまあ御覧あそばせ!

 

「まあ良い。国王陛下が御臨席ごりんせきの裁判で、痛い目にあわせてやる。この売国奴! 落ちぶれ聖女候補が!」


 私を罵る言葉が終わりなく続く。

 耳を覆っても聞こえてくる。


 もう嫌。

 だいたい、私が逃げ出したのは……。


「では、逃亡前に宮廷で私を襲った犯人も見つけ出してくださらないと」

「な、なにを言う……そんなことは知らんぞ」


 そうですか。

 でも、そのへんの事情も王妃様は最初からご存知なのですよ。


 大舞踏会で、御主人様があなたの令嬢シャルロットではなく、私を選んだのが気に入らなくて、私に身を引くようにと警告の刺客を放ったのは、きっとあなた。


 私は自分の身に起きたことを正直に国王陛下に申し上げるだけですわ。

 国王陛下はあまり表には出られないが、王妃様以上に賢明な方だと聞いている。

 キチンと言い分を聞いてくださるはずだわ。


 あれ。

 御主人様の金髪が、テントの入り口にチラチラ見える。

 公爵からは死角になって見えない。


 また、なにかなさるんじゃないかしら?

 私は気が気ではない。

 あの公爵がいるの。

 今は入らないで。

 悪戯もしないで。


「覚悟しておけ!」


 勝ち誇った公爵が、捨てゼリフを残して威勢良く大股で歩いてテントから出ようとしたとき……。


「うわっ!」


 大声を上げてツルンと転倒した。

 高級革の軍用ブーツが高く天に向き、私は思わず吹き出した。


 足元には何か黄色いものが見える。

 それを踏んでひっくり返ったのかしら。


 四つんばいになって腰をさすり、


「うぬぬ……あの悪戯王子め!」


 あらまあ。大事な娘の花婿候補になんという口のききかたでしょう!


「誰か私を助けんか!」


 外に控えていた近習が、あわてて公爵の腕を取り、立ち上がらせる。


「アデリーヌ! 死刑にしてやる!」


 公爵は本性をむき出しにして、私を罵りながら近習の肩を借りて運ばれて行った。


「……死刑……」


 まさかそんな。

 王妃様も御主人様も私を擁護してくださるはず……。


 そんなの嫌ですわ。

 殿方の優しい口付けも知らぬ十七歳で刑場の露となるなんて!


「実家の伯爵家を頼ることはできないだろうし……」


 言葉の重さに思い悩んでいると、やはり御主人様がテントに入ってきた。

 なにか甘い香りのする黄色いものを持っていらっしゃる。

 果物、だろうか?


「アデリーヌ、食欲が無くてもこれなら食べられるだろう?」


 手で縦に皮をむき、差し出してくださる。

 受けとって一口食べて、その甘さにと柔らかさに驚いた。


「これなら食べられますわ……ありがとうございます、御主人様」


 一口かじったその果物をしげしげと眺める。

 初めて見る。

 黄色くて厚い皮に包まれた、それ。


「これはな、『ばなな』と言って、南のスード国から贈られてきた貴重な果物だ」

「ばなな?」


 御主人様は、腰に手を当てて得意のポーズで反り返る。


「美味いのはスード国の発見かも知れないが、その皮を踏むとめちゃくちゃ滑りやすいのを見つけたのは僕だ。ついでに砲兵に分けてもらった潤滑油をかけておいた」


 いつもの「えっへん」を入れて得意顔だ。

 いったい、何人がこの御主人様の罠にかかったのだろう。頭痛い。


 でもこれ美味しいわ。メロンより食べやすいし。


 もぐもぐ、もぐもぐ。

 私は夢中になってその『ばなな』を食べた。

 ごちそうさま。


 踏むとめちゃくちゃ滑るという皮を見つめる。


 スード国はこれをどこから手に入れたんだろう?


 その国は最近海外に進出して、めきめき力をつけてきた。

 異国の美味を知っていても不思議は無い。

 高級紅茶を運ぶのも最近はこの国の船が多い。


 王妃様は、この国難をスード国と結んで解決しようとなさっているのかしら。

 新興国と手を組んで大丈夫かしら。


 それはそうとして。


「あんなことなさって……公爵様がお怒りですよ」

「大丈夫だ。シャルロットに頼めばなんとかなる」


 まだ七歳の御主人様に訊くことではないかもしれないけれど、私はたまりかねて尋ねた。


「戦線の方はどうですか? イベット村には援軍を出してくださったかしら?」


 酒場の先輩女給オリビア姐さん、御者のトマ、花火職人のジャック、村長さんに神職様……無事でありますように。


「母上がなんとかしてくださる」


 うーん、やっぱり、このお歳では無理か。

 仕方ない。


 大砲や銃の音も聞こえない。

 まだ、両軍は探り合いを続けているのだろう。


 戦争になったら、兵隊は殺し合うし、畑は踏み荒らされるし、民家は略奪されるし、ろくなことはない。


「戦争にならないと良いのですが……」

「僕もそう思う。でも、どうやったら入り込んだ敵兵を追い出せるのか分からない」

「そうですね……」


 ああ聖女クレア、私の妹、聖女の実力を見せるなら今ですわ。


 神殿を閉めて、避難民を追い出してる場合じゃないでしょ。


 戦争を回避させてください。

 王子様を守るために遣わされたんじゃなかったの?


 レイモン王子は王妃様と一緒とはいえ、最前線にいらっしゃるのよ。

 守ってよ。


 先代の聖女アデリーヌは戦線に出たわ。

 あなたはどこにいるの?

 安全な王都?


 御主人様、私はなんとかなりそうにありません。


 でも神様お願いです。みんなを守ってください。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る