第50話

 大通りを抜けるとあっという間に人の少ない場所に出た。


 今日の約束はイルミネーションを見るだけだ。


 水嶋先輩は何も言わず隣にいてくれる。

 することもないので帰ることを提案するべきだろう。


 しかし……。


「ちょっと休みませんか?」

「うん」


 嫌と言われなくてよかった。

 今日が終わってほしくない。


 その一心だった。


 こぢんまりとした公園に足を踏み入れ、ひんやりとするベンチに腰掛ける。


 水嶋先輩は広いベンチなのに私に身を寄せるように腰掛けてきた。


 さっきまでは水嶋先輩と近くにいれば緊張して体が硬直していたのに、今はこの体温を離したくないと思う。


 今日も水嶋先輩は綺麗だ。

 イルミネーションを見る時に、あんなにもキラキラと目を輝かせるなんて初めて知った。


 もっと、色々な水嶋先輩を知りたい。

 私だけに色々な表情を見せてほしい。

 もっと長く一緒にいたい。

 今日だけじゃなくて、これから先もずっと。


 水嶋先輩と過ごす時間が長くなればなるほど気持ちは大きくなっていく。


 彼女のことを考えて、だいぶ無言の時間を増やしてしまったので、焦って話題を考える。あることを思い出して、ガサガサとカバンを漁って一つの袋を取り出した。そして、それを水嶋先輩に差し出す。


 水嶋先輩は首を傾げ、不思議そうにその袋を見つめていた。


「大したものではないんですけど、クリスマスプレゼントです」


 水嶋先輩は目を見開いてプレゼントを見つめていた。しかし、そっと受けとってくれて「開けていい?」と聞かれたで「はい」と答えるとすぐに中身を確認してくれた。


 ふわふわと柔らかな布が袋から顔を表す。


 水嶋先輩は動きが固まってそれを見つめている。


「何がいいとかわからなくて……」

「今着けていい?」

「はい」


 水嶋先輩は自分に巻いていたマフラーを外して、私があげた布を広げていた。そのまま自分の首に巻くのかなと思ったら、私にそのマフラーを押し付けてきた。


「永野に巻いてほしい」

「わ、わたしですか!?」

「うん」

「わかり、ました……」


 変なところで噛んでしまい、かっと顔が熱くなる。


 水嶋先輩がこちらをじっと見つめるから余計に顔を隠したくなる。しかし、このままでは何も変わらないので彼女の正面に立って、新しいマフラーを手に取り、彼女の首にゆっくりと巻いた。


 マフラーを巻くとその上にふわっと彼女の髪の毛が乗る。今日着けたばかりなのに、前から水嶋先輩のものだったかのようにそのマフラーは彼女に馴染んでいた。


「似合いますね」


 私はそっと彼女の顔を見つめる。

 水嶋先輩は頬を赤くして、口角を上げてとても嬉しそうにマフラーをぎゅっと握っていた。


 その光景に胸が空気銃で打たれたみたいにパンっと音が鳴った気がして、立っているのが精一杯だった。


「嬉しい。ありがとう――」


 愛おしそうにマフラーに顔を埋めていた。


 何日もプレゼントを悩んでよかった。

 勇気を振り絞って彼女にプレゼントを渡してよかった。


 そして、湧いてくるのはどうしようもなく欲張りな願いばかりだった。


 これからも水嶋先輩のそういう顔が見たい。

 みんなの水嶋先輩ではなく、の水嶋先輩でいてほしい。

 来年も水嶋先輩とクリスマスを過ごしたい。

 私の恋人になってほしい。


 もう、我慢の限界はとっくに来ていたのだと思う。それを誤魔化しながら過ごしてきた。


 自分に勇気がないだけなのに、何かと理由をつけて逃げてきた。


 これでは私に本気で向き合ってくれた人たちに失礼だ。


 もう逃げたくない。




「水嶋先輩、好きです――」



 自分の口から出たとは思えない言葉が聞こえた瞬間、視界がぐわんと揺れる。一瞬で視界が戻ってきたかと思えば、心臓の音に連動して視界に映る景色が揺れていた。


 水嶋先輩はマフラーから顔を出して口が少しだけ開いていた。そこから漏れ出る吐息が白い煙となって宙に綺麗に舞う。


 今更理性が戻ってきたのか、自分のしてしまったことに冷や汗をかいて、心臓は壊れる勢いで動いていた。


 この場を立ち去らなければ。

 そう思って力の入らない足に力をいれて後退りをする。


 私が逃げようとするのと同時に水嶋先輩は勢いよく立ち上がっていた。私が彼女に背を向けようとする前に体が温かな熱に包まれる。


 大好きな匂いがふわっと香ってきて、水嶋先輩の体を思わず抱き締め返してしまった。


「みずしませんぱい……?」

「私も好き」

「えっ……?」


 何かの聞き間違えだろうか。

 自分に都合のいい夢を見ているのだろうか。


 きっと、欲が深過ぎて耳がいいように音を拾っただけなのだろう。


 ただ、その言葉が本当だって信じたい気持ちを捨てきれず、一度彼女の肩を押して水嶋先輩の顔を見る。


 そこには明らかに顔を赤く染める少女が居た。


「あの、私の好きは恋人になりたい好きで……ごめんなさい……」

「なんで謝るの?」


 少し怒りっぽい声が聞こえた瞬間、頬がグリっと捻られる。

 しかし、いつもよりも優しい。


 肩に手を置かれて、もう片方は頬に添えられる。水嶋先輩はそのまま背伸びをして、ぐっと体を引いてきた。気がつけば、水嶋先輩の柔らかな唇が触れていた。


 衝撃のあまり三歩くらい後退すると、水嶋先輩の頬にむっと力が入っていく。


「私も同じなの」

「えっ……? ほんとに……?」

「ほんと」


 水嶋先輩はコクリと頷きながら恐る恐るこちらを見つめていた。


 私は思わず強く水嶋先輩を抱きしめる。


 こんな夢みたいなことってあるのだろうか?

 好きになった人が自分のことを好きでいてくれる?

 そんな幸せになっていいのだろうか?


 急に不安が押し寄せて、それを誤魔化すように彼女の小さな体を抱き締めていた。


「好きです」

「さっき聞いた」

「私でいいんですか?」


 どうしても拭えない不安を声に乗せる。


結楽ゆいらがいいの――」


 もう、気持ちは限界だった。

 嬉しい。何よりも嬉しい。


 ずっと隠していかなければいけないと思っていた気持ちを伝えることができて、水嶋先輩も同じことを思っていてくれて。


 破裂した喜びを噛み締めるように水嶋先輩を抱き締めた。

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