4. 突然の告白

妹への思いを断ち切れないままの俺の生活に突如変化が訪れた。

それは専門学校に入って一年ほど経った時のこと。

食堂で友人の彰人と昼食を取っていた時、

いきなり声をかけられた。


「すみません、隣良いですか?」


声のした方を見るとものすごい美人が立っていた。

身長が高くて目がキリっとした一重でクールな顔つき。

気が強く自己主張の激しい男勝りな性格のように見える。

ただ体つきは別の意味で自己主張が激しい。

ウエストはくびれてお尻はキュッとひき締まっているのに、

おっぱいはかなり大きい。

もう少しでも大きければウエストやお尻のバランスが崩れる、

そんな限界ギリギリの大きさだった。

ただそれだけの雰囲気があるのに、

なぜかおさげなのがアンバランスさを醸し出している。

個人的には好みだけど、

一般的にはストレートの方が似合うと言われそうだな。


「あの、隣良いですか?」

「ああ、いいよ」


女性にこういうことを言われるのはよくあることだった。

ただし俺の隣に座りたいという意味ではなく、

彰人の隣に座りたいからどけという意味だ。


彰人は非常に整った顔をしている。

町を歩いていてモデル事務所にスカウトされたこともあるらしい。

もちろんモテるのだが、

普通の女性からすると声をかけるのもためらうレベルだとか。

なので隣にいる俺をだしにして近づいてくる女が多い。

今回もそのたぐいだろうと思い席を譲ろうとすると、

俺の隣に座ってきた。

このパターンか、面倒なんだよな……。


「お名前なんていうんですか?」


ああ、やっぱりきたか。

若干イントネーションが違うので地方出身者のようだ。

まあそれはどうでもいいか。


「だってさ」


彰人の方に話をふる。

これは一見俺に話しかけているように見えるが、

実際は彰人に話をつなげと言っているだけ。

つまり逐一俺が間に入って仲を取り持てってことだ。

このパターンは非常に面倒なので嫌なのだが、

個人的に好みの子なので少しぐらい手伝ってあげるか。


「君けっこうかわいいね、俺は彰人って言うんだ」


うわっ、気持ち悪いぐらい笑顔になってる。彰人の好みだったか。

長い付き合いだけどいまいち好みが分からないんだよな。

綺麗系だったり可愛い系だったりさまざまだ。

まあこの女性からすればラッキーだろう。


「あの、お名前は?」

「神崎彰人だよ、君の名前も聞かせてほしいな」

「あの、私の隣に座っている方の名前を」

「俺?」

「そうです」

「え、あ、和馬、井原和馬」

「和馬さんって言うんですね、先輩って呼んでもいいですか?」

「は?」

「おいおい、まさかの和馬のモテ期か」

「先輩って呼んでもいいですか?」

「あ、ああ」

「やったぁ、先輩は彼女いるんですか?」

「は?」

「お前、もう少しまともな反応してあげろよ」

「いやだって何言われてるのかさっぱりで」

「先輩は彼女いるんですか?」

「い、いないけど」

「なら私はどうですか?」

「は?」

「けっこう優良物件だと思いますよ」

「いや……、意味わからんし」

「鈴奈ー、こっちでみんな集まってるよー」

「あ、わかったー、じゃあ、また、返事待ってます」


嵐のように現れて大きな波紋を残して去っていった。

これが時原鈴奈との出会いだった。


そして次の日の朝。


「せんぱーい、おはようございます」


蕩けるような甘い声でおさげを揺らして駆け寄ってきた。

気が強そうで厳しそうな美人がそんなことをしているので、

周りが驚いている。

中には俺の顔を見て眉をひそめているものもいるな。

でも気持ちは分かる。

俺と彼女じゃ圧倒的に釣り合っていない。

そんな相手にどう対応すればいいか困ってしまう。


「あ、ああ」

「挨拶は大事ですよ、お・は・よ・う」

「お、おはよう」

「はい、おはようございます」


隣に並んで歩き始めた。

姿勢が綺麗なのもあって彼女の背の高さが際立つ。

そういえば先輩と言っているが年下なんだろうか。

年下の女性に身長で負けてるのはちょっと悲しい。


「彼女にしてもらえそうですか?」

「昨日も言ったけど何言ってるかさっぱり分からないんだけど?」

「彼女・恋人・婚約者・夫婦どれでもいいですよ」

「言葉通じてる?」


全く理解できない。

どうして俺にこんなことをいってくるんだ?

以前、彰人の気を引くために俺にアプローチしてくる女性はいた。

将を射んと欲すればなんとやらという奴だ。

今回もそのたぐいかもしれない。


「まずは彼女からが一番だと思うんですよ」

「あ、間に合ってるんで」


早めに断っておいたほうがいいな。

見た目は好みのど真ん中だから、

ずるずると引っ張ると好きになってしまうかもしれない。

本当に付き合えるなら良いけど、

踏み台にされて痛い目を見るだけだろう。


「むう、右手の彼女は都合いいでしょうが私も負けずに都合いいですよ」

「右手様は俺の言うことをちゃんと聞いてくれるんで」

「私も言われたら何でもしてあげますよ」

「なら喋らずに静かにしてもらえると」

「あぁ、聞こえんなぁ?」

「何でもするんじゃないのかよ!?」

「何でもするんだからしゃぶれってそんなここは学校ですし」

「しゃべるなって言ってんだよ!? 否定が入っているのにどうしてそうなるんだよ!?」

「先輩の心の補正をかけました」

「補正をかけて反対になるのはおかしいだろ!?」

「好きな子にいじわるしたくなる気持ち分かります」

「君のことを好きだと言ったことないよね!?」

「体は好きと言われたことが」

「言った覚えはないぞ!?」

「これから私がイかせる話ですよね?」

「下ネタから離れろよ、まじで!?」

「あ、そろそろ授業ですね、ではまたー」


片時も止まることのない暴走列車。

彼女からはそんな印象を受けていた。

でも実際は少し違っていたようだ。


「せんぱーい、偶然ですね」

「学校だからな」

「一日に二度会うなんて奇跡では?」

「うん、昼にはみんな食堂に来るからな」

「一度会ったら友達で、毎日会ったら恋人ですね」

「それは兄弟だろ」

「じゃじゃ丸、ピッコロ、ポロリって響きがイヤらしいですよね」

「それについてどうコメントしろと?」

「そりゃあ「僕のじゃじゃ丸がピッコロしてポロリ」とか?」

「幼児向け番組を汚すんじゃねぇよ!?」

「男性の好みのレベルにあわせてみました」

「下ネタのレベルにあわせるな!!」

「もしかして下ネタって先輩の好みじゃないですか?」

「もっと知的レベルの高い会話にしろよ」

「そうですか、ならもう少しレベルをあげてみましょう、先輩、家族を家族たらしめるものとは何でしょうか?」

「血縁だろ」

「一般的な夫婦は血がつながってませんよ」

「あ、そうか、なら戸籍だ」

「子どもが結婚すれば戸籍から抜けますがそれはどう考えます?」

「あ、……なら血縁もしくは戸籍でいいだろ」

「内縁の妻は家族でないと?」

「一緒の家に住んでいるも追加すればいい」

「ルームシェアは家族?」

「……揚げ足取りはやめようぜ」

「いえいえ、そんなつもりはありません、家族を家族たらしめるものを考えているのです」

「……家族と思えば家族なんじゃないのか、[我思う、ゆえに我あり]とか言うし」

「デカルトのその言葉は[自己の存在を考えることこそ自己が存在すると言う証である]という意味なのでちょっと違いますね」


まじかよ、適当に言った言葉に注釈付きで間違いを指摘されたぞ。

あれだけ馬鹿っぽい会話してたのに実は賢かったのか。


「なんか賢いこと言ってるなって思いましたね」

「あ、うん、正直そう思った」

「知的レベルをあげてみました」


ふふんとドヤ顔してる所を見ると年下だなと思う。


「で、この話はどう帰結するんだ?」

「先輩の言っていたことは正しいと思います、家族と思えば家族なんです」

「まあそれぐらいしか定義のしようがないわな」

「つまり私が恋人だと思えば恋人です」

「いやその帰結はおかしい」

「完璧な論理だと思うのですが」

「恋人は愛し合ってるものだろ」

「愛し合っているというのはどう確認するのですか?」

「そんなの簡単に……あれ?」


よく考えると自分はともかく相手が愛してくれているかは分からない。

自分の主観で愛してくれているはずと思っているだけだ。


「結局のところ本人たちが恋人と思っているかではないですか?」

「それは……」


その通りかもしれない。

恋人という関係は第三者に証明できるものではない。

基本的には本人たちの意志だ。


「言葉にしてお互いの気持ちを確認できれば……」

「どちらかが嘘をつくこともありますよね?」

「それは……そうだな」


口だけなら何とでも言えるが、

相手の本心が見えない以上は本当に愛しているかは分からない。

結婚詐欺はまさにそのパターンだ。

詐欺された側は恋人と思っているが詐欺している側は思っていない。


「つまり恋人かどうかは己の主観に起因するものと帰結せざるを得ないのです」

「なるほd……いや、違う、前提として好きといってないじゃねぇか!?」

「ちっ、気づきましたか」

「分かっていてやってたのかよ!?」

「あのまま言質取れれば実質恋人かと思って」

「恐ろしい奴だな!?」

「知的レベルを上げてみました」

「やってることは同レベルだけどな」


再度のドヤ顔だが、うざさより可愛さを感じる。

なんだろう、妹が一生懸命頑張りましたって感じがするからだろうか?

そういえば妹もこういうの好きだったな。

上手く誘導されていろいろ買わされたっけ。


「ということで恋人と言うことで良いですね」

「よくねぇ!?」

「あ、そろそろ帰りますね、恋人にお別れのキスします?」

「キスしねぇしそもそも恋人じゃねぇぇーーー」


返事がないまま去っていった。

はあはあ、疲れた。

見た目と違って馬鹿っぽいと思っていたら、

あえてやっていただけとはな。

もしかして最初から全部計算なのか?

……なんか恐ろしいな。

でもどうして俺なんだろうか。

顔の作りは悪いし眼鏡だしガリガリだし、

モテる要素自体ない。


「仲が良いじゃないか」

「どこがだよ」

「お前の素が出てたぞ、だいぶ気を許してるじゃないか」


入れ替わるように彰人がやってきた。

気を許しているかは分からないけど話しやすいのは事実だ。

会話のテンポというんだろうかそれが非常に合う。

女性でこういう気持ちになったのは妹ぐらいだ。


「妹ちゃんに並べるんじゃないか?」

「比較する相手じゃない」


たしかに似ているとは思った。

でもどっちがいいとか比較するようなものじゃない。


「鈴奈ちゃんで勝てないってどれだけシスコンだよ」

「シスコンじゃねぇよ」


妹のことを知っている彰人が溜息をついている。

妹を大事にしているだけなのに、

彰人的には妹を優先する=シスコンとなるらしい。


「そろそろ妹離れしたほうがいいぞ」


妹離れ。

それは何度も指摘されていることだった。

いつも聞き流していたことだけど、

今回は本気で考えないといけない状況になっている。

その理由は数日前にさかのぼる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る