狂気
放課後の体育館裏に杉山の絶叫が響く。
体育館からボールが弾む音が止み、ざわめき声といくつもの靴音が近づいて来る。
「何!? 今の声!?」
「ヤバいんじゃない!?」
「杉山先輩!?」
「きゃあ!? 指が!?」
地面に崩れ落ちた杉山。その不自然に曲がった指を見て、男子生徒は言葉を失い、女子生徒は悲鳴を上げて顔を手で覆う。
体操服姿の生徒は第二体育館で活動していた男バスと女バス部員。制服を着ているのは外でデッサンしていた美術部員か?
「杉山!? 小島、上野……お前ら……」
ジャージっを着た男性教師。男バスの顧問だろう。彼もまた杉山の惨状に息を呑む。
顧問に駆け寄った上野が、僕を指さして訴える。
「先生! そ、そいつが……麻生が、杉山の指を折ったんだ!」
「僕は先輩方にリンチされて、必死で身を守っただけです。喧嘩で負けたら先生に泣きつくとか、まじでダサいですね」
「てめぇ、調子にのんじゃねぇ!」
公衆の面前だというのに殴り掛かかってくる小島。僕は拳を甘んじて受ける。衝撃を流すために派手に吹っ飛んで見せると、女子生徒から悲鳴が上がった。
「やめろ小島!」
「くそっ! 離せ! あいつぶっ殺してやる!」
上野とその場にいた男子生徒で小島を抑える。
男性教師はあわあわとしているだけだった。
それも仕方ないかもしれない。監督すべきバスケ部員が怪我をした。
状況的に杉山、小島、上野が三人で僕をリンチしていたのは明らかだ。しかも部活動中。顧問でありながら杉山達を好き勝手させていたのは明白であり、処分は免れない。
「河西先生しっかりしてください!」
放心しかけていた男性教師を叱責したのは、背の高い女性教師で、たぶん女バスの顧問だ。
「杉山君は私が病院に連れて行きます! 河西先生はこの場を何とかしてください!」
「あ、はい。わかりました。杉山をお願します南先生」
南先生と呼ばれた女性教師が杉山を連れて行く。残された河西先生だけど大丈夫かな? 河西先生はまだ二十代くらいで、背は百九十センチくらいあるけど、細身でスポーツマンには見えない。
そもそも、杉山達が好き勝手していたのは河西先生が舐められていたからだ。人は好さそうだが、正直リーダーシップは期待できそうにない。
杉山達の素行を鑑みれば同情の余地はある。手に負えない不良を切り捨てるのも選択のひとつだ。
事実、他の部員は真面目に練習している。部全体が腐っていたわけではない。
だけど──
男子バスケットボール部は大きな爆弾をふたつも抱えている。
ひとつは学校全体を巻き込む強力なもの。
もうひとつは、さっき偶然見つけたのだが、それでも部を吹っ飛ばすには十分な威力があるものだ。
僕は、偶然見つけたそれを起爆させる。
「先生。その先輩たばこ臭いんですけど? 持ち物検査した方が良いんじゃないですか?」
もし、彼らの暴力に屈していたら、小島に証拠を隠滅する隙を与え不発に終わっていたはずだ。戦って負けなかったからこそ得られた爆弾である。使わない手はない。
「麻生! お前!」
上野が叫んだ。
この状況で喫煙が明らかになれば男バスは終わる。原因となった杉山、小島、上野はこの学校で居場所を失うだろう。
「本当だ! お前! 練習サボって吸ってたのかよ!?」
小島を抑えている男子生徒が声を上げる。
「小島……ポケットの中を見せなさい」
ギャラリーの手前仕方なくといった様子で、小島の前に立つ顧問。その表情と声にはもはや生気は無い。たばこが出てきたら困るのは彼も同じだ。だが、生徒の手前逃げられないと悟ったのだろう。
「あった!」
小島の尻のポケットから、バスケ部員のひとりが小さな紙の小箱を引っ張り出す。
「これもう……男子バスケ部終わったんじゃない?」
女子生徒のひとりが呟く。それは誰もが心の中で思っただろう。
リンチだけでも大問題なのに、部員が喫煙していたことが明るみになった。かろうじて部が存続できたとしても、夏季大会への参加は絶望的だ。
「どーなるんだよ! せっかく練習してきたのに!」
男バスの部員達から怒りと嘆きの声があがる。空を仰ぐ者、うなだれ膝を着く者。
彼らはきっと三年生だ。
たった三人の身勝手な生徒のせいで、コートに賭けた彼等の青春が終わったのだ。
その怒りは当然当人へと向けられる。
「上野!? お前も知ってたのか!?」
「い、いや!? 俺は知らない! 全く気付かなかった!」
「こんなに匂うのに、一緒にいて気づかないわけ無いだろ!
「知らねーったら、知らねーんだよ! 俺は杉山と小島に付き合わされただけなんだ!」
責任転嫁して逃れようとする上野。その瞬間、彼は倒れた。小島だ。
「がぁあああああ!」
上野を殴た小島は、拘束を振り払うと僕に掴みかかった。理性を失い、血走った目向けながら、僕を固いコンクリートの壁に押し付ける。
錯乱した人間の醜悪さ。凶暴性を目の当たりにしてその場の誰もが恐れおののき、彼を止めることができなかった。
「死ねっ! 死ねよ!」
大きく振りかぶられる拳。だが、殴られる瞬間、僕は避けた。全力で壁を殴りつける小島。
ばーか。
「うがぁあああああ!」
地面をのたうち回る小島。
コンクリートの壁を思いっきり殴って無事なはずがない。拳は皮が裂けて血に染まるり、たぶん手の骨も砕けているだろう。
「殴られた方が良かったですか?」
唖然としているギャラリーに向かって問いかける。
応える者はいない。
河西先生は固まったまま。男バスの部員も、その場にいた誰もが傷ついた小島を冷ややかに見つめるだけだ。
「すまん麻生! 遅くなった!」
「河西先生! 生徒が大怪我してるってのに、あんたなにやってるんだ!?」
その場に現れたのは米沢先生を連れた恭介だ。
遅いよ。
おかげで男子バスケットボール部が終わっちゃったじゃないか。
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