正体
「ひどい目にあった」
銀行から解放されて、外の空気を大きく吸い込む。
ちょっと入金に立ち寄っただけなのに──
銀行で手持ちの現金。約300万円を預けようとした僕は、行員のお姉さんににこやかな笑顔で応接室に案内された。
そこに待ち構えていたのは、目が笑っていない支店長さんと警備員さん。
これは僕もうかつだったが、未成年が多額の現金を持ち込めば、犯罪に関わっていないかと疑われる。僕は支店長さんと、警備員さんに囲まれて、お金の出処について尋問を受けることになったのだ。
「なに、自分は被害者みたいな顔して言ってるのかしら?」
がしっと僕の頭を掴んだのは渚さんだ。
支店長さんが保護者と話したいというから、洋介さんに電話したら、10分もしないうちに渚さんが愛車のプリウスでやって来た。
浅葱色の着物姿の渚さんが入って来た途端、銀行内の空気が変わった。
流石、地元で一番の老舗旅館の女将の名は伊達じゃない。支店長さんの態度も柔らかくなってお茶まで出してきた。それもかなりいいやつだ。
渚さんに間に入ってもらい、僕は高校進学の為に親元を離れて帰国した事を話し、関税の記録やシシメルにある口座を見せて、犯罪で得たお金でない事を確認してもらった。
入金は無事認められて、支店長さんにも謝ってもらったわけだけど──
「そんなカウボーイみたいな格好した未成年が大金持ってたら怪しまれて当たり前よ!」
「南米ではフォーマルな服装ですけど?」
正直、着物姿の渚さんより普通だと思うのだが?
「ここは日本よ!」
掴んだ頭をがしがし揺さぶられる。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「それにまだ私達に言ってない秘密があったなんて」
お金の出処を説明するために、僕は自分がシシメルでVチューバーとして活動していたことを明かしたのだ。
500万人の登録者を持つオララのチャンネルを見て、渚さんも支店長さんも目を丸くしてた。
秘密にしてたのは、単に自分の演じるキャラを見られるのが恥ずかしかったからだ。僕は特別イケボなわけではないし、演技だって素人だ。オララの人気は、絵師の力と解説の博士達にある。
もちろん、クーが演じるクニャンは最高に可愛いが。
「……言う機会が無くてですね」
「言い訳しない」
「……ごめんなさい」
「まったく。みらいもなこちゃんも、この子から目を離しちゃ駄目じゃない」
そうは言っても、女子高生のふたりがいたところでこの事態は防げたかは疑問である。
一応、みらいと真崎さんには銀行でトラブルがあった事をメッセージアプリで伝えておいたが、銀行で1時間以上費やしたせいで、既に正午を過ぎている。
スマホを見ると、ふたりからのメッセージが残されていた。
みー『了解』
なこ『おなかすいたー』
みー『後で詳しく』
なこ『おなかすいたー』
みー『食材傷むから先に行く。ジーンズは回収済み』
なこ『おなかすいたー』
みー『なこうるさい』
しょっちゅう出入りしてたみたいだから、祖母の家の事は僕よりもみらいの方が良く知っている。合いかぎも持っているみたいだ。
着信は20分前だから、『おなかすいたー』botになった真崎さんを引きずって今頃家に着いているだろう。
こっちの用が済んだ事を伝えると、『了解』という返事がクマのスタンプ付きで帰ってきた。
真崎さんが静かだから、何か食べ物にありつけたのかな?
僕は渚さんの運転するプリウスで祖母の家まで送ってもらう。
「忙しい中ありがとうございました」
「いいのよ。それよりも、ユアチューブでの活動は娘達に話しておきなさい。いいわね?」
「はい」
去っていくプリウスを見送って、僕は5年ぶりの祖母の家の玄関を開ける。
台所からジュウジュウという音と、香ばしい匂いがする。
お? これは焼きそばかな?
台所へ行くと、みらいが祖母の割烹着を着てフライパンを振るっている。音を立てているのは焼うどんだった。
真崎さんはリビングの長椅子でスマホをいじっていた。手元には大福の包み紙が丸めて転がっている。
「ごめん。遅くなった」
「お、あやたおかえりー」
「おかえりなさい」
この場合、おかえりと言われるのはなんか違う気がする。
でも悪くなかったから──
「ただいま」
と僕は返した。
「お母さんに送ってもらってたんだ?」
「うん。忙しい中迷惑かけちゃったよ」
僕が銀行であった事を話したら大笑いされた。
「そんなの捕まって当たり前だぞ。馬鹿だなー」
焼きうどんを山盛りでみっつの皿に盛りつけるみらい。
焼けた醤油の匂いに食欲をそそられる。
湯気の立ち昇る焼うどん。後はかつお節をたっぷりとふりかけて完成だ。
「それじゃあ合掌、いただきます」
「「いただきます」」
……
「「ごちそうさま!」」
山盛りの焼うどんも、腹ペコ三人組にかかれば無くなるのに10分もかからなかった。
「それで、ふたりに話しておきたい事があるんだけど」
皿洗いが終えて割烹着を脱ぐみらい。真崎さんは相変わらずスマホを見ている。長い髪に隠れてわからなかったが、どうやらずっとイヤホンを付けているようだ。
「なあに? 改まって」
「実は僕……」
「オララのソータ?」
え?
「なにそれ?」
真崎さんの言葉にみらいがきょとんとするが、僕は唖然とした。
スマホの画面を見せる真崎さん。そこには映されたのはオララの動画だ。イヤホンの接続を切った事で、サンポーニャが奏でるフォルクローレが流れだす。村の祭りを紹介する回で、チャンネルの中でも特に人気のあるやつだ。
「それ、最近なこが見てるやつじゃん? あれ? あやたの声? 言葉分かんないんだけど」
「真崎さん気付いてたんだ」
「うん。彩昂君がいたシシメルに興味が湧いて、調べたら見つけたんだ」
まいったな。既にバレていたなんて。
「どういうこと?」
「彩昂君は海外で有名なVチューバーなんだよ。ほら、登録者数だって500万人超えてるよ!」
「おー! 500万人!? って凄いの?」
がくっと来た。みらいはあまり動画を見ないらしい。
「日本でもトップレベルじゃないかな?」
「それってどれくらい?」
「この前みーちゃんが食べてた、コンビニとのコラボおむすびを出してるユアチューバーが確か300万人だよ?」
「おお! じゃあ、あやたってお金持ち? それであんな大金持ってたのか」
「ああ、収益はほとんど村の為に使ってたから金持ちって程じゃないよ。それに今は休止中で、収益の1パーセントを生活費としてもらってる程度だから」
それでも高校生の小遣いとしては多いくらいだが。
「そっかよかったー!」
何やら安心したかのように声を上げて、みらいは長椅子にどかっと腰を下ろす。
「あやたが海外で悪い仕事してるんじゃないかって心配だったんだ」
「ごめん。心配かけて」
「鞄の中から札束出てきたら不安にもなるだろ。まさか拳銃とか入ってないだろうな?」
「無いよ」
コルトディフェンダーは、ちゃんとシシメルに置いて来た。
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