おしり

 なるほど。そーきたか。


 部屋に戻ると、布団に潜り込んで、すやすや寝息を立てている真崎さんがいた。


 これはあれだ。トイレに行って帰りに部屋間違えたっていう同居あるある。


 まったく、どこのラブコメだよ……


 放っておくわけにもいかず、僕は真崎さんの肩を揺する。


「真崎さん? おーい」

「んー?」


 もぞもぞ寝返りを打つ真崎さん。はだけた寝間着から、まっしろなお胸の谷間がおはようしてきた。


 真崎さんは、寝る際にブラを外す人らしい。


 さて、僕はこの後どうすればいい? 


 布団を引っ剥がして起こすか、風邪ひかないように布団をかけ直すか。


 正直に言おう。僕はここで無防備に眠る彼女を起こすのが惜しくなったのだ。


 例えるなら、幻のアンデスヒキガエルが、何かの間違いで手のひらの上に乗って来たみたいな感じだ。


 いっそ、一緒に寝てしまおうか?


 いや、それは駄目だ。真崎さんとはまだ会ったばかりで、彼氏の有無も聞いていない。名家のお嬢様なら許嫁がいてもおかしくないだろう。下手すると責任問題。保護者である洋介さんにも迷惑かけてしまう。


 はてさて困った。


 腕を組んで考えていると、背筋にすっと寒気を感じた。


 やべぇ……


 襖を開けっ放しにしていたことで、いつの間にかみらいが入って来ていたのに僕は気が付かなかったのだ。


「あー、いつかやると思ってたけど、初日からやらかしたか」

「みらい誤解だ。決して僕が連れ込んだわけではないし、手を出してもいない。帰ってきたら、何故か寝てたんだ」


 僕は某有名恐竜映画で見た、ジュラシックなポーズを取って状況を説明する。


 修羅場はごめんだ。みらいとは良い友人でいたいと思っている。妙な誤解で軽蔑されたくはない。当然真崎さんともだ。だからこの場はなんとか穏便に収めたい。


「人を恐竜扱いすんな。心配しなくてもわかってるよ。寝ぼけなこの奇行は今日に始まった事じゃないからさ」


 そう言って、みらいはずかずかと部屋の中に入ると、気持ちよさそうに寝ている真崎さんから勢いよく布団を剥ぎ取った。


「ふにゃん」


 掛け布団を奪われて、真崎さんが猫のように丸まる。おかげで胸元は隠れたのだが、浴衣が捲れ上がって、太ももどころか、お尻まで丸見えだ。


 太ももは肉付きが良く、張りもあって大変結構。お尻だって素晴らしい。形、色艶共に文句無し。うっすら赤みが入った桃のようなお尻に締められた、白いふんどしがまた良い。緩めに締められたふんどしは、芸術的な肉の曲線を崩すことなく引き立てる、さながら天女の羽衣のようだ。


「パーフェクト」

「あやた?」

「あ、ああ。ごめん」


 慌てて背中を向ける。


「ふんどしは部屋着用だから。外では普通にショーツ穿いてるから今見たのは忘れろ」

「はい」


 ジャガーのような凄みのある目で睨まれては頷くしかない。


 とはいえだ。


 大和撫子の下着はふんどし。あまりにも似合いすぎていて、忘れろと言われても、しっかり目に焼き付いてしまっている。


 下着姿の女性を見たことは初めてではない。昔、一緒にお風呂に入っていた頃のみらいはノーカンとしても、〇学生くらいの女の子から、ダイナマイトボディなお姉さんまで、僕はシシメルで色々経験している。


 スケスケのネグリジェにTバック。なんなら全裸でおもてなしを受けてきたけど、その誰よりも真崎さんのお尻は綺麗で色っぽかった。


 もっとも、僕の人生におけるお尻マイベストはクーだ。


 シシメルの村で体験した最初の春祭り。僕は日本にちなんだ出し物をやれとせっつかれて、村の子供達一緒に土俵入りと子供相撲を披露した。


 アンデス山脈に育まれた村の子供達に、軟弱なあやた君が体力で適うはずもない。中でも運動神経と体力で突出していたクーに僕はあっけなく投げ飛ばされて……


 悔しくて涙で滲んだ視界。見上げた先にあったのは、水色の空と、手作りのえんじ色のまわしの食い込んだ飴色のお尻だ。


 その日、クーの小さなお尻に身も心も墜とされた。


 僕の甘く切ない記憶である。


 軽いノスタルジーに浸る僕の目の前では、まだ寝ていたい真崎さんとみらいの攻防は続いている。


「ほら、もう諦めて起きろ」

「や! やぁだ! あと5分、あと5分だけ!」


 掛け布団を奪われても、未だ抵抗を続ける真崎さん。どうやら自分の部屋で寝ていると思い込んでいるみたいだ。みらいはそんな彼女に残酷な真実を告げる。


「ここはあやたの部屋だぞ? 自分の部屋に戻ったらあと30分寝かせてやる」

「ふぇ?」


 驚いて目を開けた真崎さんが首を巡らせると、横目でこっそり様子を伺っていた僕と目が合った。


「おはよう」

「あ、彩昂君!? えっ!? なんで!? なんで!?」

「えっと、一応ここ、僕の部屋ね」

「ひゃう!?」


 状況に気づいたのか、顔を真っ赤にした真崎さん。余程恥ずかしかったのか、みらいの手から布団をひったくると、頭からくるまってじたばたし始めた。


 可愛い足の裏が見えてるのはご愛敬。


「また寝ぼけて部屋を間違えたんだろ? ほら、それ被ったままでいいから部屋に帰れ」


 もぞりと布団が動く。どうやら頷いたようだ。


「あやた。布団カバーは新しいの持ってくるから今のは出しといて」

「気にしてないからそのままでいいよ?」


 一日しか使ってないのにもったいないと思ったのだが、みらいはジト目を向けて一言。


「変態」


 なんで!?


「どうせこの後なこの匂いを嗅ぐつもりだろう?」

「しないって。それに、寝てたといっても、僕が留守にしてた少しの間だけだろ?」

「どうだか。とにかく後でとりに来るから。ほれ、行くぞなこ」


 みらいに伴われて布団を被ったまま部屋を後にする真崎さん。その様子はさながら逮捕されてパトカーに連行されていく容疑者だ。


 しばらくして、壁の向こうから真崎さんの悲鳴が聞こえてきた。


 まあ、これからクラスメイトにもなるわけだし、気まずい空気を続けたくない。後でフォローしておこう。


 さて……


 僕はポンチョを着たまま、布団の上に横になった。


 みらいにはああいったが、二度寝しないとは言ってない。


 布団には微かに温もりが残っている。それに甘い匂いも。


 決して真崎さんの残り香を嗅ぐつもりではなかったのだ。不可抗力。二度寝したら偶然布団に残っていただけなのだ。


 あまりの心地良さに、たちまち意識が溶けるように落ちていく。


 だけど、そんな至福の時間は長く続かなかった。


 重い。苦しい。暗い。


 顔に掛けられているのは布団だ。それにしては重い。まるで誰かに上から押さえつけられてるような……


「ふんがー!」

「にゃっ!?」


 渾身の力で布団越しにのしかかっている人物ごと跳ねのけた。言うまでもないが、犯人はみらいだ。


「殺す気か!?」

「うーさい! ちょっと目を離した隙にこれだ。変態は死ね。慈悲は無い」


 みらいは既に布団カバーの外された掛け布団を抱えて、再びマウントを取ろうと身構える。


 僕は再びジュラシックなポーズでみらいと対峙する。


「待て、二度寝は早起きした者に認められた正当な権利だ。決してやましい気持ちがあったわけじゃない」

「がるるるる!」

「わかった。布団カバーを引き渡す。だからじっとしていろ」


 僕は大人しく敷布団の布団カバーを外す。


「ほら。これでいいか」

「ん。7時までに着替えてリビングに来て。朝ご飯にするから」

「わかった」


 布団カバーを手に部屋を出ていくみらいを見送ると、僕は脱いだポンチョをハンガーに掛けて制服を手にとった。


 まあ、ここでラブコメ主人公なら、「朝から疲れた」とか言うところなんだろうけど……


「ラブコメも悪くないな。今度ジミーに自慢してやろう」


 ジミーとは村の警護の為に雇われたPMCの隊員で、日本のアニメや漫画が大好きな生粋の日本オタクである。


 日本に帰って早々、僕がラブコメのテンプレを体験したと聞いたら、きっと羨ましがるに違いない。


 元軍人のマッチョが血の涙を流している顔を想像して、着替え中、僕は顔がにやけるのを止められなかった。


 日本。楽しい。

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