第2話 消えた鞘
棒が……消えた?
何処に?俺の……体の中に……
「ええええぇぇぇえええ!!!!」
今日一番、というか人生で一番大きな声が出たかも知れない。
俺は、それくらい驚いた。
「ちょっ、ばかっ!出しなさい!ほらっ!早くっ!」
食べ物でも吐き出させるかの様に、俺の背中をリビアが叩く。
だが、一向に出て来る気配はない。
…………というか、当たり前だ。
別に俺はあの錆びた棒を食った訳じゃない。
消えたんだ。
体に触れた途端、ふっと消えた。
「お前、何持って来たんだよっ!」
「あんた、何者よっ!」
同時、声が重なる。
どうやら向こうも何か言いたげだ。
こういう時は、レディファースト。
先を譲ろうとしたが、リビアの鋭い目が俺を睨んでいて、早く答えろと訴えている。
たぶんあれは、俺が答えた後じゃないと、何も話してくれない。
そんな雰囲気が前面に出ていた。
「電影10地区第二高等学校、二年四組、志氣直哉。歳は16。ただの学生だ」
「……あんたの電子魔法を答えて」
「ない。失敗作だよ、俺は。ほら」
学生証を取り出し、リビアに見せた。
学校名、学生番号、所属クラス、本名、そして電子魔法が刻まれた学生証。
俺の学生証の電子魔法の欄は『/』で消されていた。
《電子魔法》とは、空想の産物でしかなかった魔法を、科学の力で現実に持ち込んだ、科学技術の結晶となる電子の魔法の総称だ。
手術でチップを脳に埋め込み、電子端末と連動させる事で、異能とも呼べる力を現実世界に持ち込める。
だが、誰しもが平等に扱える訳ではない。何が使えるか、どんな魔法になるのかは適合するチップ次第。
数多あるチップを試した結果、俺はどれにも適合しなかった失敗作という訳だ。
「本当……みたいね」
「だろ?嘘はつかねえよ」
さて、次はこちらの番だ。
と思ったが、リビアが俯き、腹を抑え、何かに耐えている。
少し心配になり、「大丈夫か?」と声をかけようとしたその時、彼女は顔をあげてゲラゲラと笑い出した。
「アハハハ。あんた、魔法使えないの?わざわざ手術まで受けたのに?」
腹まで抱えてヒーヒーと笑い転げる。
そんなリビアを見て、改めてこの女の性格の悪さを思い出した。
こいつ……マジで性格悪いな。アイドルなんて向いてねーよ。ったく……
悲しいことに、こういうのは慣れている。
失敗作という烙印で、今まで散々バカにされて来た。
今更この程度、屁でもない……とでも言うと思ったか。
人をバカにするくらいだから、それはもうたいそうな魔法なんだろうなぁ。
これでショボかったら、全力でバカにしてやろう。
心の中で決意した俺は、思いきってリビアに尋ねる。
「そういうお前はどんな魔法なんだよ」
「ん?ああ、あたし、電子魔法は使えないわよ」
その返事に俺は一瞬、脳がフリーズした。
はあ?今、使えないって言ったか?
じゃあこの女、自分も失敗作のくせに、同じ失敗作の俺をバカにしてたのか?
まさかの事実。
だがこれは好都合でしかない。
思う存分、反撃させて貰おう。
「お前も使えねーじゃねえか」
「ばーか。あたしは電子魔法は、使えないって言ったのよ」
「だから、使えねーんだろ?余計な見栄を張るなよ」
「あんたねえ……いいわ、見せて上げる。《古式魔法》の力ってものを——」
リビアがポケットに手を突っ込み、何かを取り出そうとする。
が、何かに気付いた彼女は急に血相を変えて、グイッと強い力で俺を引き寄せると、そのままベランダへ駆け出した。
「ちょっ、おいっ!そっちは——」
「死にたくないなら、黙ってあたしに身を任せなさい!」
走る速度は加速する。
ベランダの先は当然外。
俺の部屋は2階。
飛び降りても助かりはするかもしれないが、普通に嫌だ。絶対に骨が折れる。
だが、そんな俺の意見など聞いて貰える訳もなく、走る速度は更に上がる。
「ああぁぁあああああああ!!!恨むぞ、リビアァァ!!!!!」
「うっさいわね!静かにしないと……舌噛むわよっ! 【
首に巻かれた純白のスカーフを左手に握り締め、リビアは飛び降りた。
手を掴まれている俺も自然と落下し、反射的に目を瞑ったが……衝撃が襲って来ない。
それどころか謎の浮遊感を感じ、目を開けると、なんと、俺たちは浮いていた。
「お前……電子魔法使えたのかよ」
「これはちがっ——って、今はそんな場合じゃない。とりあえず逃げるわよ」
「逃げるって……何から?」
「自分の部屋でも見たら」
言われて初めて、空から部屋に中に視線を移す。
は?なんだ、アレは?
見渡す限り、赤黒い。
まるで……というより、間違いなく血。
血液が、生き物の様に脈を打ち俺の部屋を埋め尽くしていた。
「うっわ。派手にやってくれちゃって。ったく、さくらは何やってんのよ」
「彼女なら頑張ったさ」
低い男性の声。
重く響くその声は、血の海が滴る俺の部屋の中から聞こえた。
「ただ、私を倒すには足りなかった。それだけのこと。そしてそれは、貴様も同じだ。《
「はっ、あんたに渡すくらいなら死んだ方がマシだっての」
ヤバい……全く状況についていけてない。
っていうかあの血、電子魔法か?
うーん……わからん。
この状況でわかることは、リビアはこの男から逃げている。
男の目的は『
そして、俺は巻き込まれただけの一般人ってことだ。
となれば、男の目的は俺ではない。
ん?俺って関係ないのでは?
そう考えた俺は、男に聞こえないくらいの声でリビアにそっと耳打ちする。
「おい、俺って何か関係してるのか?」
「あー、いやー……関係なかったんだけど……数分前に関係者になったっていうか、なんていうか……」
ゴニョゴニョと、はっきりものを言うタイプのリビアにしては珍しい態度だ。
と思ったら、突然ブチ切れた。
「あー、もうっ!とにかく逃げるわよっ!話しはその後っ!」
リビアがポケットから筒状の何かを取り出す。あれは……ブブゼラ?
そんな物でどうするんだ? と思ったと同時、リビアは口を付け、音を発した。
「【
音色で空気が揺れ動く。
いわばそれは音の衝撃波。
地面に亀裂を走らせながら、衝撃は一直線に進み、俺の住んでいた部屋に着弾。
土煙が舞い、その威力を物語っている。
「ああ……俺の部屋が……」
「うだうだ言わない。ほら、しっかり着いて来なさい」
アスファルトの上に降ろされると、強引に手を引かれ、俺たちは街へ駆け出した。
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