第3話 ツバキ家母子戦争

 ステイシア家の馬車から降りた狼男の亜人種ヴァンの足どりは重い。


 僕がチームを組む?

 ‥やっぱり無理だ。

 うん。断ろう。


 執事にお礼を述べて、自宅へ歩くと隣の家に住んでいる、兎の亜人少女ユアと目が合った。

 ユアはヴァンと目が合うと、軽蔑の眼差しを向けてさっさと家の中へ引っ込んでしまった。 


「だよね‥」


 幼少期の事を思い出すと今でも胸が痛む。

 ユアとは、小さい時からお隣同士で仲が良かった。

 本当の兄妹の様に育った。

 いわゆる、幼馴染と言うやつだ。

 ただ、それをからかう連中がいて、僕等を無理やり連れだして魔巣窟の中に放り込んだ事があった。


 ルールは、1番奥にある結晶石を2人で取って帰って来る事だった。


 そんなの無理に決まってるのに、アイツ等は笑ってた。


 けど、なんにも出来なかった。

 怖くて、逆らえなかった。

 そんな自分が本当恥ずかしかった。


 魔巣窟の中は真っ暗で、入り口からは追い風が吹いて来る。

 ユアは震えながら僕にしがみついていた。 

 当然だ。僕だって、何かにしがみつきたい。

 正直、足が震えて泣きそうだった。


 それでも、ユアの手前、カッコいい自分を見せたかったから、壁をつたって、なけなしの勇気を振り絞って前へ進んだ。


 でも、駄目だった。


 突然、暗闇の中から大量のコウモリが飛び出してきて、ビビった僕は、事もあろうに、ユアの腕を振りほどき、置いて逃げてしまった。


 後ろからは、ユアの悲鳴と鳴き声が響いてきたが、僕は振り返る事は無かった。


 その後、ユアも無事に保護された。

 勿論、僕は直ぐに謝りに行った。

 けど、受け入れてくれなかった。

 

 ‥まあ、当然だよね。

 

 あれ以来、僕とユアの仲は終わってしまった。


 今、思い返しても、本当に最低な事をしてしまったと反省している。


 以来、臆病な自分を変える為、ハルバ亜国支部武術学校へ入学した。

 心身を鍛え強い亜人になって、今度こそは、ユアを守れる様になりたい。


 幸いにも、精霊とも、直ぐ仲良くなれた。

 毎日、筋トレだってした。

 授業も真面目に受けた。


 だけど、未だに臆病なところは変わらない。

 だって、置き去りにしたユアの悲鳴と鳴き声が耳の奥にこびり付いて離れないからだ。

 

 臆病な心は何時まで経っても動いてくれない‥。

 

 このまま逃げようかな?

 そもそも、僕って必要無いよね?

 僕、弱いから、居たら邪魔になるだけだし‥。

 

 いや、でも‥。


 これは、チャンスかも!


 いやいや、でもでも‥。


 あゝ、もう、ウジウジして!

 いつまで経っても決められない。

 ヴァン、しっかりしろ!

 お前は狼だろ!

 自分から、動いて変えるんだ!

 ヨ〜シ!

 チームの話、受けるぞ!

 受けるんだ!

 

 ヴァンは夜空に浮かぶ星空を見上げ決意を固めた。



 

 深夜、近所迷惑を考えず、ツバキ家母子戦争は続いている。

 

「駄目です。許しません。彼方は学業に専念しなさい!」


 解っていたけど、やっぱりの反応がメメから返ってきた。


「少しくらいいいだろ!アリアもヴァンも悪いヤツじゃないから」


「あなたは将来、宮廷魔導士になるのよ。そんな時間はありません。ほら、無駄な話し合いは終わり。さっさと勉強しなさい。卒業までに上級魔法使いの資格を取ったら、今度はバジール法国に引っ越して、宮廷魔導士の試験を受けるのよ!だから、頑張って頂戴!」


「また、言ってる‥ふざけろ」


 流石に、それはヴェトも反対だった。

 昔から事ある毎に、宮廷魔導士を連呼していたが、まさか、此処まで本気だったとは思いもしなかった。

 

「おいおい。バジール法国っていったら、倭国があるアギ大陸、巨人族のガリア大陸、雪原のハバリナ大陸、精霊のフェリア大陸を横断する必要がある。一年‥いや、二年以上はかかるぞ!ハルバ亜国の上にある倭国までなら問題無いが、バジール法国はいくらなんでも遠すぎるし危険過ぎる!俺は反対だぞ。そう、それに旅費はどうするんだ!そんな大金うちには無いぞ!」


「そ、それは、私が治癒魔法で稼ぎますから、お金の心配は必要ありません!」


「おいおい、メメ、そりゃあ、無理がある」


 メメはかたくなに意見を変えようとしない。

 ヴェトもどうしていいか解らず、溜息を付いて椅子に座った。

 

 もう、無茶苦茶だ。狂ってる。正気じゃない。

 そこまでして、俺を宮廷魔導士にしたいのか。


「だから、何度も言ってるだろ。俺は別に宮廷魔導士になんかなりたくない。俺を自由にしてくれ!」


「自由にした結果がこれでしょう。友達と遊ぶ時間があるなら、勉強しなさい。貴方は黙って私の言う通りにすればいいの!宮廷魔導士になる事。それが貴方の幸せなの!解ったら、さっさと自室に戻って勉強しなさい!」

 

「ちょっと待ってよ、母さん!なら必ず、卒業までに上級魔法の資格を取るからさ、それまではアリアとヴァンと一緒にいてもいいだろ!なあ、母さん頼むよ!」


「‥‥‥まあ、それなら、いいでしょう。その代わり、卒業まで成績は常に主席であること。もし、成績が落ちたり、卒業までに上級魔法が取得出来なければ、直ぐにバジール法国へ引っ越します。いい、必ず2年後の卒業までに上級魔法を取りなさい!」


「‥ああ」


 ヨウは自室の戻って直ぐに勉強を始めた。


「おい。メメ‥ホントに金どうすんだ?流石に治癒魔法だけじゃあ、無理だぞ?」


「‥解ってるわ」


 売り言葉に買い言葉で、つい、カッとなってしまったが、メメは本気だった。


 ヨウを宮廷魔導士にしたい。

 その一心だった。


 だがその為には、旅費と学費の両方を貯める必要がある訳だが、特にこれといった考えがある訳ではなかった。



 翌日、ヨウは冒険者ギルドへ赴き、ギルドの前で待っているアリアとヴァンに手を振った。


 ヨウは自然と笑みがこぼれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る