第24話

  1993年 9月 秋



 次郎がまだ、二十代だった頃の話しだ。


 当時、次郎は少年刑務所を出所してブラブラして居た。


 十代からヤクザをして居たが、少刑に入る前に辞めた、いや、逃げた。


 そして、何をするでもなくブラついて居たのだ、ただのチンピラ、小チンピラだ。


 そんな時、少刑で同房であった野茂が、仮釈放で出所してきた。


「畠中さん、自分今日出所して来ました」


「おう野茂、おめでとうさん」


「ところでアレ、中で話して居たヤツ頼めますか?」


「ああ、アレかぁ。出所祝いに段取りしてやるわ。金は要らん。夜、家に取りに来い」


 と、こんな感じで話しが進み、その夜、野茂は出所祝いを取りに来た。


 その日以来、野茂から連絡は無かったのだが、礼の一つも無くつまらん男やのぅ、と思っただけで、気にもしなかった。


 ここまで話をしたら、もうお分かりだろうが、そう、野茂は麻取りに捕られて居たのである。


 久し振りの薬物で、量を間違えたのか、野茂はおかしく成ったのだ。


 仮釈放で出所した場合、二十四時間以内に帰住地にある、保護観察所に行かなければ成らないのだが、野茂のバカは後回しにしたのだ。


 先に薬物を使用して、おかしくなり翌日に成って保護観察所へと出頭したのだ。


 もちろん、野茂を見た観察所の職員は、様子がおかしいので、同じビルにある麻薬取締局へと緊急連絡をした。


 保護観察所と麻薬取締局の事務所は、同じ合同庁舎ビルの中に在るのだ。


 麻取りも、そんな小者を捕りたく無かった筈だ。しかし、保護観察所からの緊急通報なので、緊急逮捕をしなくては成らず、仕方なく逮捕した。


 逮捕すると言う事は、身柄を持つと言う事で、十人足らずの捜査官を一人、起訴するまで、取られる事に成るのだ。


 そして野茂は、次郎の事をチンコロした。


 野茂が次郎の事を調書にしたので、今度は次郎の事を逮捕しなければ成らず、いい加減にして欲しかった筈だ。


 しかし、次郎の事を調べてみると、意外と面白いかも知れないぞ、と成ったらしい。


 次郎が元居た組は、薬物を大きく扱って居る、有名な組織で在ったのである。


 捜査方針が決まった、畠中次郎を内偵。




 十一月、次郎は野茂が捕られて居た事を知った。野茂が捕られて二カ月後だ。


「ヤバイ。野茂の奴、捕られとったわ」


 次郎は慌てた。アイツはチンコロだろう、いや、百パーチンコロするだろう。


 次郎は、なぜあんな奴に出したのかと、今頃に成って後悔した。


 もしチンコロして居たとすれば、時期的にそろそろ警察が自分を捕りに来るはずだ。


 この時点で、もしではなく、既に次郎は売られて居たのだが、相手が麻取りだとは夢にも思って居なかった。


 ガラをかわすか?何処に?


 次郎は色々考えて、とにかくガラをかわすなら県外だろうと結論した。


 影山に電話してみよう…


 九州の少年刑務所で、次郎は影山の舎弟に成って居た。


「兄貴ですか?次郎です」


「おう次郎、元気か」


「はぁ、兄貴。実はちょっと、困った事に成りましてね…」


「どうしたんか」


「まだハッキリとは解らんのですが、どうやら、切符が出とるみたいなんすよ」


 切符が出るとは業界用語で、逮捕状が出ると言う意味だ。


「おう、どうするか?ガラかわすか」


「はい、出来ればそうしたいと・・・」


「それやったら早いが良いぞ。すぐ来い」


「はい。明日、朝いちの新幹線に乗ります」


「よし分かった、待っとるぞ」


「あ、兄貴」


「なんか」


「すんません」


「バカ」


 影山は、本当に困った時は助けてくれる。


 今思えば、この事件が無かったら、次郎が九州へ行く事は無かっただろう。


 それを思うと人生とは、解らないものだ。


 次の朝一番で、次郎は九州へ向った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る