十六、死すべき者①


 その晩は新月だった。


 闇の中を、誰かが足音を殺して歩いている。

 人数は四、五人といったところだ。

 息をひそめて、身振り手振りで合図をしながら村はずれに向かっている。


 鉄製のサルの屋敷は、黒い影になって星空を四角く切り取っていた。

 からからと風車の回る音が響いている。


「本当にうまく行くんだろうね」

「ええ、間違いありません。あの男は毎晩、床に就く前に木桶を扉の外に出すのです。液かすの入った木桶です」

 その液かすを翌朝、てんびん棒を背負った娘が集めるのだ。


 屋敷の外には、まだ木桶は出ていなかった。

 集まった人々は物陰に身を潜めると、サルが現れるのを待った。

 手にした刃が、きらりと白い光を放つ。


 しかし、それもすぐに消えた。

 風車の音と、虫の声と、ねっとりとした殺意だけが残った。


   ◇


 どれくらい時間が経っただろう。

 黒い屋敷から、一条の光が漏れた。


 片手に木桶をぶら下げて、サルが現れた。

 外に出ようとして、彼はふと動きを止めた。


 扉の取っ手に触れたまま闇を凝視する。

 しかし村は、黒い布を垂らしたような夜に包まれている。


「誰か、そこにいるのかい?」

 サルは木桶を置いた。ちゃぷ、と中身が音を立てる。

「出てきてくれないか。そこにいるんだろう」


 夜の向こうで、がさごそと衣擦れの音がした。


 扉から漏れる光の下に、アメノ様が姿を見せた。

「すまないね、サル。驚かせるつもりはなかったんだ。村はずれで変事が起きるという占いの結果が出たから、ちょっと様子を確かめにきたのさ。何事もなさそうで良かったよ」


 アメノ様の口調は、うそをついているようには思えなかった。

「だから、サル。その危ないものをしまってくれるかい」


 サルは、背中に隠した手を降ろした。

 そこには鋼鉄の斧が握られていた。


 壁に斧を立てかけると、サルは言った。

「とんだ失礼をいたしました。よもやアメノ様がいらっしゃるとは思わなかったのです。どうかお許しください」

 サルは両膝を床につくと、アメノ様に向かって頭を下げた。


 無防備な首筋があらわになる。


「いいや、謝る必要はないよ。変な時間にやってきたあたしのほうが悪いのさ」

 村のたった一人の語り女は、ごくりとつばを飲み込んだ。

「許しておくれ、サル」


 闇の向こうで、人々がいっせいに駆け出した。

 足音を響かせながらサルに殺到する。

 彼らの手には刃が握られていて、星明かりをチラチラと反射した。


 サルはわずかに顔を上げて驚愕の表情を見せた。

 しかし、あの姿勢ではすぐに立ち上がれない。


「──逃げて!」

 声が夜を切り裂いた。

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