三春街道

「千草、来たか」


 ちゃんと先に来て待ってたのは評価してやろう。今日は丹波に行くんだよね。そうなると六甲山トンネルから六甲北有料道路で三田だよね。


「それもありなんやけど、おもろないやん」


 コータローも言うねえ。モンキーでも六甲山トンネルの坂は登れるけど、キツイのは本音だ。あれはモンキーでもなんとか上がれるぐらいだよ。続きの六甲北有料道路だって快走路ではあるけど、流れが速くてモンキーには辛いところはあるもの。


「そやから新神戸トンネルで行くで」


 どうするのかと思ってたら岩谷峠を越えるのか。そしたら吉川ICに行けるから、


「よかたんの前のセブンで一休みにしょ」


 ここからどうするのかと思っていたら大川瀬ダムの方に行くとはね。


「国道一七六号もパスしたいねん」


 気持ちはわかる。幹線道路は走りやすいけどツマラナイもの。そうなると今田町を抜けてになるはずだけど、


「いや大川瀬ダムに行くで」


 はっ、どうやってと思ったけど、こんなところを行くのかよ。こうやって大川瀬ダムに行けるのはわかったけど、ここってどこに出るのだろう。湖畔の狭い道を走り抜けたら二車線の道に出たから、これは県道だろうな。


 でも走っていて気持ちが良いよ。田舎道の風景も楽しめるし、なにより空いているのが良いもの。バイクでツーリングするならこんな道だ。また交差点に出たけど、


「直進や」


 黒石って方に行くみたいだけど、黒石ってどこだ。まあ、いっか。どうもこの道もコータローは知ってるみたいだからだいじょうぶだろ。そうこう言ってるうちに谷が狭まって来たぞ。このパターンって、もしかして、


「黒石ダムの方に行ってるで」


 橋を渡るとまた道が狭くなったじゃない。しかも登りだ。そこを登っていくと、


「あれが黒石ダムや」


 土のダムなのかな。ダムの壁に植え込みで黒石ダムってなってるもの。さらに進むと、これは完全な峠道だ。道も狭いし、路面だって。えっちら、えっちら、峠を越えたら下り道だけど、下りもキツイよ。


「ワインディングも楽しいやろ」


 そうは言いにくいぞ。下って来ると茶畑みたいなものもあるな。ここも広々としてすかっとしたところだけど、どこを走ってるんだろ。篠山ぐらいに出るのだろうか。


「突き当たったら左やからな。信号はあらへんから気を付けてな」


 そう言われて曲がったけど、なんとなく見たことのあるような道だぞ。これって、


「国道一七六号や。篠山の北ぐらいや」


 そんなところに出て来るのか。福知山線を潜って橋を渡ったところの信号で、


「右に曲がるで」


 黒豆の郷って書いてあるけど、柏原には行かないのか。ここからも田舎道を快走だ。それにしてもよくこんな道を知ってるな。褒めてやろう。


「ありがと」


 右に曲がれば篠山の道路案内が出て来るから篠山の北側なのはわかるけど、直進で三和ってどこなんだ。


「行けばわかる」


 そりゃそうだけど、そこまで行くつもりのようだ。道が良いから不満はないけどね。そんな事を言ってるうちにまた峠道じゃないか。今日はこれで三つ目だぞ。責任者出て来い。


「オレやけど」


 責任を取れよな。


「どんな責任を取らせるつもりやねん」


 そんなもの慰謝料やろが。やがて道は突き当りになり、


「左の福知山の方に行くで。ちなみにこの辺が三和のはずや」


 普通の田舎町だな。


「でもって今日のお目当てはここや。左に入るで」


 春日に行くってなってるけど、三春街道ってなんだそれ。


「行けばわかる」


 ちゃんと答えなさい。道はまたもや狭くなってるぞ。途中で春日ICって道路案内が出てるから、そっちには行くのだろうけど、これって農村の集落を抜ける道みたいじゃないか。それよりだ、どう見たって目の前に山があるじゃないの。


 いやいや、この谷間をきっと走り抜けられるはず。だってだよ、そうじゃなかったらこれで四つ目の峠になるじゃないの。


「そんな道があったら、さっきの峠道なんか通らへんやろ」


 えっ、だったら、だったら、ガビーン、ガチの峠道だ。それも狭いし、路面は荒れてるし、グネグネじゃないの。登りがキツ過ぎる。恨むぞコータロー、


「化けて出るのか。ほらあれ見てみい」


 なになに、この辺で白骨死体が見つかったら情報求ってなんなのよ。でもわかる。こんなところに捨てられたら白骨化するまで見つけられそうにないもの。なんとか白骨死体にならずに峠に着いたのだけど、なんか展望が悪そうな休憩所みたいなものがあるな。


 とりあえず一休みしたのだけど、ここは三春峠って呼ぶらしい。さらになんか記念碑みたいなものがあるな。なになに、この道は京都の三和町と兵庫の春日町の要請で出来たのか。それでもって完成したのが昭和四十年ってなってるけど、


「不思議な道やな。住民の長年の悲願みたいな道のはずやけど、誰も走ってへんもんな」


 うん、白骨死体になりそうなぐらいいなかった。どれぐらい走ってないかだけど、落ち葉が降り積もってるだけじゃなく、路面にコケまで生えてるんだもの。でもその理由は走ればわかる。こんな狭くてクネクネした道を誰が走るかって話だ。


「バイクでも前からクルマが来たら嫌やもんな」


 クルマ同士なんか論外だろ。


「やっぱり時代かな」


 どういうこと?


「完成したのは昭和四十年やけど計画されたんはもっと前やんか」


 そういう意味の時代か。どう見たってクルマの走行を考慮してないものね。日本がモータリゼーションを迎えたのって、


「たしか前の東京オリンピックぐらいやったんちゃうかな」


 前の東京オリンピックって昭和三十九年だったし、モータリゼーションと言っても、


「あれは先にクルマが普及して道路が追っかけるもんのはずや」


 そうなるとこの道はモータリゼーションの前に計画されていたことになるから、歩いて登るルートだって事なの。


「せいぜいオート三輪とか、それこそ馬車やったんちゃうかな」


 馬車でこんな道を登れたのかな。だから開通したものの、


「誰も通らん道になったんやろ。クルマやったら三和まで来た道を走るか、福知山まで出て国道一七六号やろ」


 今の常識ならそうなるよね。というか、三和町と春日町を結ぶ道なんて必要だったの?


「それはわからん。今は京都府と兵庫県やけど、旧国やったらどっちも丹波や。仲良かったんかもしれへん」


 そんな歴史の落とし子みたいな道を走りたかって言うけど、千草を殺す気?


「まだ千草の白骨死体は見たないで」


 勝手に白骨死体にするな。なるのならコータローがなりやがれ。そこから下りになるのだけ、登りよりさらに怖かった。日陰になると道がコケ道になってるのだもの。コケってすぐに滑るはずじゃない。ヒヤヒヤしたなんてものじゃなかったもの。よくこんなところに千草を連れて来たもんだ。


「これもツーリングやで」


 白骨死体と隣り合わせのツーリングは却下だ。帰りはまさかの往復とか。


「そのつもりや。まともに国道一七六号で帰ったら渋滞に巻き込まれるやんか」


 時刻的にもそうなるよね。そこから二つの峠を越えさせられて、なんとか生きて神戸に帰って来れた。

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