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目立つ事は分かってる。
個別で行動してても色んな意味で目立つ俺らが、五人揃えば何をどうしたって目立つ事は分かり切ってる。
しかもそれが、週末の夜の人が多い通りとなれば、黙って歩いてるだけでも周りの視線を集めて、極力晒したくなかった顔を大いに晒す羽目になる。
そんな事は百も承知。
ではあるが。
「円卓の騎士が揃いも揃って
すれ違いざまに吐かれる、揶揄的な意味で使われる比喩と、それに続くいくつかの嘲るような笑い声にムカつかない訳じゃねえ。
だからって、振り返ってとっ捕まえてそんな軽口二度と叩けねえようにしてやりてえけど、今日に限ってそれは出来ねえから何を言われても黙って我慢するしかない。
ただまあ。
「円卓の騎士は十三人だ、五人じゃねえ。教養のねえクソ共が」
黙って我慢するってのが出来ねえ奴もひとりいるが。
「やめとけ、メグミ。今日は目立つな暴れるなって
隣を歩いてる、今にも振り返って相手に殴り掛かって行きそうなメグミを手で制したら、メグミは凶悪な表情のまま舌打ちをした。
それでも振り返ったりはしないあたり、俺らの中で一番気の短いメグミも、上からの指示に従うつもりはまだあるらしい。
こいつだけはいつブチギレて、何を仕出かすか分かったもんじゃねえから、目を離す訳にはいかねえ——と思った直後、数歩後ろを歩いてるヒカリが「つーかよお」と言った。
「目立つなってのがそもそも無理じゃねえか?」
あん?――と俺が振り返ると、ヒカリは今更感満載の正論を口にする。
そして。
「どう考えたって無理だろ。こっちにはミヤビがいるんだから」
ヒカリは左隣を歩いてるミヤビに目だけを向けて、更なる正論を
その
「はあ!? 俺が何したっつーんだよ! さっきから何言われても地蔵の如く黙ってんだろうが!」
「お前は黙ってようが喋ってようが関係ねえんだよ。その派手でしかない髪色がまず目立つんだ、バカ野郎」
「俺の髪色よりカナタの方が目立つだろ! カナタを見てみろ! このボケッとした
「誰がクスリやってるヤバい奴だ。眠いんだよ、俺は」
「お前は三百六十五日二十四時間ずっと眠いじゃねえか! たまにはシャキッとしろ、シャキッと!」
途端に後ろが騒がしい。
それでなくても目立ってんのに、騒がしいから余計に目立つ。
—―お前らマジで勘弁してくれ。
「やめろ、お前ら。騒ぐんじゃねえよ。遊びに来てんじゃねえんだぞ。さっさとやる事やらねえと帰れねえだろうが」
俺がご注意賜ったら、騒がしい後ろの三人は、不貞腐れた表情はしたものの口を閉じた。
ただその数秒後。
「で、俺ら何すりゃいいの?」
ヒカリの右隣にいるカナタが、バカな事を言いやがった。
ここに来てもう一時間は経ってるってのに、今更何を言ってんだと。
お前はこの一時間、一体何をしてやがったんだと。
この寒空の下、何を思って一時間も歩いてやがったんだと。
カナタがそういう奴だと分かっていても、そう思わずにはいられない。
カナタの問いに、メグミとヒカリとミヤビが口を揃えて「あん?」と言った。
続く言葉は何もなかった。
そうして俺の方に視線を向けてきたから、酷い脱力感に襲われた。
――お前らマジか。
「お前ら上の話くらいはちゃんと聞けとけよ! こんだけ人数がいて何でまともに話聞いてたのが俺だけなんだよ! 耳垢か!? お前らの耳には耳垢が溜まってんのか!? 耳垢溜まってて人の話が聞こえねえのか!?」
いつだってこうだ。
ひとりひとりで動く時は、何をするのかちゃんと理解してやがるのに、俺らが集うと、特に俺がいる時は、人からの説明も指示の内容も一切聞いてやがらねえ。
こいつら俺に甘えすぎてる。
「元々この辺仕切ってる奴らとは別の奴らが最近妙に暴れてて、近いうちにそいつらが仕切りを取って代わるかもしれねえって噂が流れてるから、情報集めてこいって言われただろ。ついでにそいつらの上にいるのがどんな奴か探して見てこいって言われたよなあ?」
甘え切ったバカ共は、俺の説明を聞いて、「へえ」だの「ほう」だの言いやがった。
カナタに至っては、まだよく分かってねえ顔をしてやがった。
いや、違う。カナタの場合は最初から俺の話を聞いてねえ。
こいつはどうしたってそういう奴だ。
「とにかくそこら辺で喋ってるそれ系の奴らの話に、耳垢溜まってるお前らの耳
分かったな——と言った俺に、カナタ以外の三人は「おう」だの「任せろ」だのと返事をした。
その返事を聞きながら、この一時間が如何に無駄だったかを痛感した。
それでも上の人間がこの役割を俺らに振った事を、人選ミスだと思ってない。
どういう理由で俺らが選ばれたのかは、ちゃんと分かってる。
俺らの領域である街よりも小さい繁華街があるこの街が、最近不穏な状態だって噂が流れてる。
ただそれがこの街だけの話なら俺らには何の関係ねえが、その不穏な空気が俺らの領域にまで漂い始めてる。
だから上の人間が、どうしたって目立つ俺らを
つまり、暴れるなってのはそのままの意味だとしても、目立つなってのは必要以上にって意味だ。
そうだという事は、こいつらも分かってる。
カナタですら分かってる。
だからこそ、こうして大人しく——。
「なあ、車停めたのこの辺だったよな? 俺、車にスマホ忘れたから取りに行きたい」
—―頼むずっと黙っててくれ。
呆れに呆れて振り返ったら、カナタは「スマホがない」と言った。
いやもう無けりゃ無いでいいじゃねえか。
「スマホ……いるか?」
「いる」
「どうしても?」
「どうしても」
「そうか。……駐車場、行くか」
渋々ながらもそう言ったのは、車を停めた駐車場が五分ほどの距離だったから以外にない。
もっと遠けりゃ確実に無視してやってた。
駐車場に行く事に、誰も何の文句も言わなかった。
いやもしかしたらこいつらは、そのまま車の中で待ってようと企んでるのかもしれない。
駐車場に行く為に、広い通りから小路に入った。
途端に周りの雰囲気が変わったのは、そこが風俗街だったから。
道が碁盤の目のようになってるこの繁華街は、通り一本ずつ雰囲気が変わる。
こういう目
通りと通りがぶつかる十字路で、何気に向こう側の通りに目を遣った。
風俗街とラブホテル街がぶつかるそこに、男ふたりと髪の長い女が見えた。
距離的に顔ははっきり見えないが、制服のような服を着てるから、女は多分女子高生。
もしかしたらここらの店で働いてる女がコスプレしてる可能性もあるが。
到底「いい人間」とは思えねえ雰囲気醸し出してる男ふたりと、女子高生であろう女はモメてるようだった。
何やら喋ってた女がこっちを向いて歩き出そうとすると、男のひとりが肩を掴んで止めた。
見るからに無理矢理だった。
肩を掴んだ男はラブホテルの方を指差しながら、女に何かを言っている。
この街は——。
「ありゃ援交か? それとも強要か? 秩序ってもんがなってねえな、この街は」
俺の気持ちを察したのか、それとも本人が思った事を言葉にしただけなのか、俺と同じ方向を見てたらしいメグミはそう言って、「掃き溜めか、ここは」と言い捨てた。
そう思う気持ちは分かる。
ここは俺らの街とは全然違う。
—―胸くそが悪い。
全員がそっちを見てた。
誰ひとり「いい顔」はしてなかった。
それでも俺らには関係ない。
ここはそういう
見るに堪えない光景から前に向き直って歩き続けた。
もう一本通りを超えれば駐車場に着く。
あんま気分がよくねえから出来ればこのまま——。
「ミヤビ?」
後ろから、困惑したカナタの声が聞こえた。
「――コハク!」
次いでカナタが今度は俺の名前を呼んだ。
その声色で、もう絶対的に嫌な予感しかしない俺は勢いよく振り返り——。
「ミヤビ!」
黒のロングコートをはためかせ、来た道を走って戻っていくミヤビの背中に向かって出した俺の大きな声が、通りの建物に反響した。
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