第11話 間話 ちょっと昔話

 

 心滅の魔法使いは、その気になれば世界の人々の心を狂気に満ちさせる事が可能であった。


 けれどそうはしなかった。それで世界が滅んでも何も楽しくないと考えたからだ。


 故に心滅の魔法使いはその対象を幾人かの権力者に向ける事にした。


 とある大陸のその内部にある全ての国の王に。


 大陸は大いに乱れた。戦争、内戦は勿論の事、規律も政治も崩壊をし、やがて人々の心は心滅の魔法の有無に限らず狂っていった。


 混乱を極める大陸。その結末はどうなるのか? 国はいつ滅び、そして人々はどうなるのか。心滅の魔法使いはリアルタイムでそれを確認しながら毎日をとても楽しそうに過ごしていた。


 そして2年が経過した。その間で大陸内の人間の数はおよそ半分くらいが減っていた。


 だが、


「案外とすぐには結末に行かないものだな……」


 心滅の魔法使いは面白くなさそうにそうボヤいた。未だに狂気に身を沈ませずに必死に反抗と反乱をする人間の順応性に感服をしながら。


「──まだまだ時間がかかりそうだな……」


 ほうっとため息が溢れる。正直、心滅の魔法使いは飽きていた。2年も見てきてやったのに結末がまだやって来ないなんて、と。


 だから、新滅の魔法使いは螺子を巻いてやろうと考えた。強制的に早めてやろうと考えた。反乱分子たちにも強制的に狂気を植え付けける事で結末までの時間を短縮しようと企てた。


 ──が、ここで大いなる誤算が発生してしまった。タイミング悪くその時にこの大陸に救世主が誕生してしまったのだ。


 混沌を終わらせる救世主が。


 名前はレグトナル。


 魔法を極め、つい近ごろ新法大者しんぽうだいじゃ(階級、位)に成った者で、それは心滅の魔法使いと同等の魔力を持つ事を意味していた。


 ──いや、正解にはレグトナルの魔法は攻撃に特化しており、単純な力比べでは心滅の魔法使いの方が分が悪かった。なにせ心滅の魔法は同等の魔力を持つ者には効かないだろうと予測が出来ていたから。何故ならそもそも心滅の魔法使いはそういった意図を込めて魔法を作っていなかったから。ただ弱い者たちを苦しめてそれを笑いたかっただけだったから。自身が戦う事には興味がなく、想定に入れてもいなかった。


 そういう魔法使いなのだ。



 ◇◇◇



 それでも大陸の救世主レグトナルは心滅の魔法使いと対峙するまでに半年の時間を要した。攻撃に特化した圧倒的な魔力を持っていても、混沌と化した大陸で旅をするのは困難であったからだ。


「往生際がいいな。逃げなかったのか?」


 レグトナルは心滅の魔法使いにそう問いた。


「死を恐れていないからな」


 即答だった。


「──120年以上生きた。もう充分に人生を楽しんだからな。心滅の魔法で一つの大陸がどう終わって行くのかを見届けられなかったのは残念だが、まあ大して悔いはないさ。最強を目指していた訳でもないしな。なにせこの世界には既に最強の魔法使いがしかも2人も存在しているんだからな。何をしたって、俺が……いや、お前もか。どんなに魔法を極めても、所詮は井の中の蛙なんだからな」


「時の魔法使いと空間の魔法使いか……」


 不死で世界の時間を止める事が出来る魔法使いと、不老で世界の何処にでも瞬間移動ができる魔法使い。


「俺は潔い性格なんだ……」


 心滅の魔法使いはそう言うと憫笑を浮かべた。


「そうか。まあ、俺としてはお前が楽に死んでくれるならそれでいい。俺は俺の目的を果たせればそれでいいからな」


 レグトナルはそう告げると、心滅の魔法使いに死を与えた。



 ◇◇◇



 ──そのほんの数秒後、レグトナルの前に突如として1人の人間が現れた。


 時の魔法使い。


「……久しいな時の魔法使い、ミヨク」


「うん。久しぶり。前回に会ったのが確かレグトナルが新法大者に成った半年くらい前だっけ? まあ、いいや。それより目的を果たしたんだね」


 口調は軽めだがこの頃のミヨクの年齢は36歳で、短髪に無精髭姿で割と渋めの顔をしていた。


「咎めに来たのか?」


 レグトナルはそう問う。目的を果たす為とはいえ、心滅の魔法使いを倒すまでに多くの犠牲者を出してしまった事に対して罰を与えに来たのか、と。


「咎め? えっ、ああ、いやいや。あっ、でも、何十万……いや桁が一つ違うか……随分と大勢の人が死んだね。でも咎めなんてないよ。前にも言ったような気がするけど、俺は別に神様でもないし世界の治安を維持してる人でもないからね。ただここには偶然に近くを通ったから顔を見せに来ただけだよ」


「……」


「本当だよ。今は主にカネアの大陸で生活をしているんだけど、そろそろ引越しを考えていてね。この大陸の治安が前よりもよくなるなら、ここもいいよなーって思っていてね。ここの大陸って心滅の魔法使いのせいで酷い事になっていたけど、本来は環境が良くて住みやすいんだよね」


 そう嬉しそうに楽しそうに話すミヨクの本当だよ、は、どうやら本当っぽかった。


「そうか。まあ、でもこれからもまだまだ荒れるのは続くと思うがな……」


「荒れるのは仕方ないよ。この世界で争いが止む事がないのは俺が一番よく知っているよ。1000年近く生きているからね。ただ、それでも心滅の魔法使いが乱した今までよりは全然いい筈だよ。駄目だったらまた引っ越すだけだし。俺は世界の6つの大陸のどこにも家があるしね」


「そうか。それはそうと、今日はゼンちゃんとマイちゃんは一緒じゃないのか?」


「うん、ここは危険大陸だから今日は連れて来なかったよ。なんかあった?」


「いや、なに、2人に見せたい魔法があってな」


「見せたい魔法? 良い魔法かい? それならきっと喜ぶよ。ゼンちゃんもマイちゃんもレグトナルの事が好きだからね。近い内に連れてくるよ」


 そう言うとミヨクは嬉しそうに笑い、レグトナルもまた釣られるように笑った。グレー色の長髪を掻き上げながら白い歯を輝かせて。


 半年の間で約400万人の人々が亡くなった大陸のほぼ中央で、2人の声はおよそ場違いに弾んでいた。


 ──これが今より30年前の出来事であった。

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