ファントム・ディテクティブ/Phantom Detective
猫丸
#01 サニーサイド・アップ
「あなた、探偵さんなんですってね」
背後から不意に声を掛けられた。
振り向くとそこには、見知らぬ女がいた。
商店街の外れにある雑居ビルの地下一階に、〈
私は今日も一人、紫煙を
「――それを誰から?」
「このお店の人」
いかにも私は探偵業を生業としている。組織捜査に馴染めなかった私は、30半ばで捜査機関の職を辞して独立開業したのだった。
案件は浮気調査が最も多く、
「素行調査の依頼かい? 恋人か、旦那か」
「いいえ、人を探してほしいの」
そういって女は一枚の写真をカウンターに置いた。今時、紙焼きとは珍しい。少し退色したキャビネ判には、学生服姿の少女が写っていた。面影が目の前の女と良く似ている。何なら髪の長さくらいしか違いがない。裏返すと15年ほど前の日付が記されていた。
「彼女の名前はカシマミユキ。3年前から行方がわからないの。放浪癖があってね。あっちこっちフラフラしてばかり」
3年前か。行方不明と判って、慌てて探し始めたにしては時が立ち過ぎている。
「当局に捜索願いは?」
「もちろん出したわ。でも、ああいう組織が真面目に人探しなんてすると思う?」
「まぁ、思わないがね――放浪癖があるなら、長期旅行に出かけただけかもしれない」
「家族や友人にはおろか、職場にも何も告げずに?」
「なら――事件や事故の可能性は?」
「それを含めて調べるのが、あなたのお仕事じゃなくて?」
それは確かに正論だと思うが、私は何か
私は改めて、女を仔細に観察した。
黒のロングヘア。
薄いピンク色のサングラス。
赤いワンピースに黒革のベルト。
上着に袖は通さず、肩からかけている。
派手な装いであるが、化粧はかなり薄い。
夜の街に特有な
モデル、
「失礼だが、君の名前は? 調査対象との関係は」
「レイコ。カシマレイコ。ミユキは私の腹違いの妹よ」
「片親違いか――」
「――にしては良く似た顔立ちだ」という言葉を辛うじて飲み込んだ。私にも最低限の職業倫理はある。だが女は私の不用意なひとことに反応した。猫のように瞳を妖しく輝かせて。
「あなた、まだ独身なんでしょうね――」
「どういう意味かな」
「そういう鈍感なところが女を
ふむ。まったく。大した
「よくいわれるよ、ちょっと失礼」
依頼主に主導権を握られたままでは有利な、いや正当な契約は結べない。私は一時レストルームに退却して対策を練ることにした。
それにしても、あの顔にはどこかで見覚えがある。洗面台で手を洗いながら、私は
カシマレイコ。カシマ――加島、嘉島、鹿島――レイコ――礼子、玲子、麗子――ああ、そうか――。
そうだ、間違いない。彼女は最初から、私が誰かを知っていたのだ。
やれやれ、まったく喰えない女だ。
私は逆襲に転じるため、意気揚々とレストルームからカウンターの最奥へと向かった。
しかし、そこには鹿島麗子の姿はもうなかった。
そのかわり電話番号と、短く「
*
本来ならば、たった一枚の写真と電話番号だけを残して消えた女の頼み事を引き受けたりはしない。そもそも正式な契約が交わされた調査案件ではないのだ。
――しかし。
旧友(といっても顔見知り程度の間柄ではあるが)の頼みでもあることだし、まぁ、私だって
倫理観を棚に上げていってしまえば、興味が湧いたというのが正直なところだ。
手がかりは古い写真一枚のみ。
久しぶりに捜査と呼べる仕事をしてやろうじゃないか。
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