パンドラの箱

野宮麻永

第1話 黒い服の女

「ねぇ、あなたの借金代わりに払ってあげましょうか?」



カウンターに肘をついた女が、最初に放った言葉がそれだった。



俺が働いているBar「FILOU」は、繁華街から1本道を外れたところにある。

目立つような看板はなく、申し訳程度に小さな店名が彫られた銅のプレートがドアに付いているくらい。

そのため一見の客はめずらしい。


それが女の1人客となると尚更で、店に現れた女が、真っ直ぐにカウンター越しの俺の目の前に座るのを、ついじっと見てしまった。


年の頃は26、7い。おそらく同じ年くらい。

黒のワンピースに身を包んだきつい顔立ちの女。

それが第一印象だった。



「どこかでお会いしたことがありますか?」


「いいえ」


「じゃあ、どうして僕に借金があるって思ったんですか?」


「顔」


「面白い方ですね。何を飲まれますか?」



めいっぱいの営業スマイルを浮かべてオーダーを聞く。



「ニコラシカ」


「かしこまりました」



きっと意味はない。


ニコラシカのカクテル言葉は「覚悟を決めて」。

これは、偶然、だよな?



借金……


あの女が言った通り、俺には借金がある。

残り400万ちょっと。

大学を中退して、いろんなバイトを掛け持ちして、ようやくここまで減らすことが出来たけれど、気がつけば27で、いろんなものを失っていた。



他の客を相手している時も、刺すような視線を感じたけれど、それ以上話しかけてくることもなく、女は頼んだ1杯だけを飲み終えると席を立った。


帰り際に一言残して。



「またね、柊ニしゅうじ



始めて会う女は俺の名前を知っていた。

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