第9話 一条家の人々 3
私は一条家の、大浴場にいた。
どうやら極東の人たちは、毎日湯浴みをする習慣があるそうだ。
しかも、風呂釜に湯を張って、浸かるのだという。
西の大陸では、シャワーかサウナが基本だった。
湯船に浸かるという独特な文化。
最初は困惑したけど……でも、入ってみて、そんなのどうでも良くなった……。
「気持ちいい……」
お城の大浴場かと見まがうほどの、立派なお風呂場に、私だけが浸かってる。
木製の湯船から香る、とてもいい木の匂い。
湯船には、草が浮いていた。
「薬草風呂、いかがですか……?」
使用人の
黒い着物の袖をめくっている。
でも、下には白い肌着? のようなものを着ていた。
頑なに、肌を露出していない。
何か理由でもあるのだろうか。
「とても心地よいです」
「それは良かったです。ゆっくり浸かってくださいませ。なにせ……海に落ちたそうで」
……そう。私はここ、極東へ来る前に、妖魔・海坊主に襲われた。
その際に、海に落ちたのだ。
その後、タオルを借りて水気を落としたけれど、髪の毛も服も、塩水で汚れてしまったのだ。
「ほんっとにすみません。うちの男ども、デリカシーがないもので……」
サトル様も
一方、
私が申し出なくても、である。
いい人……。
「ごめんなさい、お嬢様。髪の毛が、塩水と潮風のせいで、ゴワゴワのぱさぱさになってしまって……」
「あ、いえ。元々髪の毛は、こんな感じでしたよ……? お風呂なんて滅多入れませんでしたし……」
「は……?」
「そ、それは……どういうことでしょう?」
「えっと……実は……」
私は
使用人以下の身分だった私には、風呂に入る(シャワーだけど)ことが許されなかった。
「で、ではいつも……どうやって身を清めていたのですか?」
「あ、近くの川で……」
「か、か、川ぁ……!?」
何か、驚かせるようなこと、言ってしまっただろうか……?
「お嬢様……まさかと思いますが、冬とかも……?」
「? はい。冬だろうと夏であろうと」
「ふざっっっっっっっけんな……!」
ごおぉ……! と
……もしかして、異能力、だろうか……?
とっても……綺麗な炎……。
「サイガの家の連中はバカなのかい!? 女の子に! 川で体を洗わせてただって! ふざけるな……! こんな体の弱そうな子に! なんて酷い仕打ちを!」
「……私のために、怒って下さってる……?」
「当たり前ですっ!」
……その怒りとともに発せられる、異能の炎。
それが、あまりに綺麗だった。
彼女の心の色を現してるように、私には感じた。
本気で、私のために……怒って下さってる。
「……うれしいです」
気づけば、私は笑っていた。
「うれしい?」
「はい。私のために、怒ってくれたことが……うれしくて……あ……」
目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
だ、だめ……泣くほどのことじゃあないと、サトル様に言われてしまう……。
「お嬢様……」
「よく、今まで頑張りましたね。年頃の女の子が、おしゃれもさせてもらえず、自分磨きもろくにさせてもらえず……ツラかったでしょう?」
……
「お嬢様。これからは、うんとおしゃれしましょう。あなた様は、磨けば光る、
「原石……ですか?」
「ええ! さぁ、湯船からあがって、こちらに! 鏡の前へ、ほら早くっ!」
壁際には大きな鏡があった。
その前に座る人物を見て……。
「だ、だれ……?」
そう、見たことのないくらい、綺麗な髪の毛の、女の子が座ってるのだ……。
元々私の髪の毛は、黒みが掛かった、紫色の髪の毛だ。
ぱさぱさのボサボサで、遠目に見ると幽霊に見えた。
でも……今は違う。
髪の毛は、癖一つ無く、サラサラしてる。
毛は艶をとりもどして、よく晴れた夜空のように、きらきら輝いている……。
「これが……私? なんでこんなことに……?」
「一条家のお抱え薬師が特別に調合したこのシャンプー&リンス! そして、薬草湯のおかげです!」
「これらの薬効によって、レイお嬢様の居たんだ髪に、栄養が行き届き、結果! 元の美しい髪を取り戻せたのです!」
!? 取りもどしたって……。
「このシャンプー? とかのおかげで、綺麗になったんじゃあなくて、ですか」
「はいっ。元々綺麗だったのに、環境のせいで、髪が傷んでいたのですよ!」
な、なる……ほど……。
でも、まさかこんな……綺麗な髪をしてたなんて……。
……あ、そうだ。
「お母様の髪の毛も、こんな風に……綺麗だったな……」
でも年々くすんでいっていた。
死ぬ間際には、カサカサで……
「お、お嬢様? どうしたのですか?」
「い、いえ……なんでもないです……」
死んだ母を思い出して、泣くなんて、ほんと……私は弱い子だ……。
すると
あったかくて、柔らかい……。
「あ! ふ、服が濡れてしまいます!」
「かまうものですか」
ぎゅぅ……と、優しく、けれど、強く……
「もう大丈夫。ここには、あなたを虐める人は誰も居ないから」
「…………」
「これからは、アタシたちが着いてますから。ツラいことがあったら、いつでも言ってください。アタシは、貴女の力になりますので」
……
でも……その声から、私のことを本気で思ってくれてるのがわかる。
……ああ、優しい人。
こんなに優しい人が、これから、私の護衛に付いてくれるんだ……。
「いいんですか、私なんかに、あなたのような……優しくて素敵な
「もちろんです!」
私はうれしくて、また、泣いてしまうのだった。
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