第4話 肌色の仮面

前回までのあらすじ:

強敵マタンゴを撃破したマヤは高得点の

銀メダルを獲得し、上位に躍り出たことで

首席合格すら視野に入ると踏んでいたものの

彼女の上には6人もの挑戦者が君臨しており、

その中には彼女が慕うエイジの名もあった。

序盤から激闘が繰り広げられる編入試験、

勝利の女神は誰に微笑むのか……




ービオトープ・コロシアム平原エリアー


足首を覆う程度の短い草が絨毯めいて並び

まばらな雲の隙間から太陽光が降り注ぐ

このエリアは、西大陸の新米冒険者が

よく腕試しを行う「トアン平原」の生態を

可能な限り再現したものだと言われている。


ドスッ


「ギイッ!?」


鈍い打撃音が鳴り響き、1m近い巨大な

イモムシが長身痩躯の男に蹴り飛ばされて

目を回し、一撃で失神する。


平時は中等部の生徒が戦闘演習を行うための

場所であり、試験後の手間も考えて強力な

魔物は殆ど配置されていないが、それだけに

競合相手もそう多くはない……いわゆる

「穴場」なのではないか。


下級魔物である「グリーンキャタピラー」が

落とした鉛色のコインには星が5つ……

地味ではあるが、10体倒せば挑戦者一人分の

得点というのはこの弱さを考えればかなり

効率が良い……エイジは微笑んだ。

 

「順調ですね」


合法的な手段で出来る限りの情報を集め、

事前に幾つかの代替可能な策を用意していた

彼の予想は、ものの見事に的中だった。


確かに、市民がSランク冒険者に求めるような

「華」がないと言えば反論はできない。

ワイバーンやグリフォン、ゴーレムといった

強力で危険な魔物を倒せば箔はつくし

莫大な金が手に入る……しかし、冒険者の

本分は民間人を脅かす脅威の排除。


グリーンキャタピラーは確かに弱いが

それでも女子供や老人にとっては強敵だ。

植物を無差別に食い荒らしてしまうため、

花屋や農家にとっては死活問題でもある。

話題性に囚われず、マクロな観点で目先の

課題を解決できる人材こそ、より多くの

人々から必要とされる冒険者となり得る。


実際、グリーンキャタピラーは有害性や

繁殖力を考慮して高めの配点がなされており

エイジは学園側の意図にいち早く気付いた

数少ない挑戦者の一人であった。


ザッ


だが、悪党の思考能力というものは

常に善人のそれを上回る……今この瞬間、

高台からエイジを眺める筋肉質な男が二人。


「へへ……初日はぐっすり眠れそうだなぁ

ハリーよ、俺たちゃツイてるぜ」


「全くその通りだなケイン、こういう時に

働き者バカがいると助かる」


兄の「ハリー・ストーム」と弟の「ケイン」

揃いのモヒカン刈りが特徴的なこの二人組は

通称「ハリケーン・ツインズ」と呼ばれる

冒険者の卵であり、このようなノールールの

試験や大会で常に優秀な成績を残してきたが

同時にそのどれもがハイエナじみた陰険で

狡猾なやり口によるものだった。


「しかし不気味な兄ちゃんだな、雑魚狩りは

大概どこかビクついてるモンだが奴からは

過剰な殺気や警戒心を殆ど感じねえ」


「へっ、誰も来ねえと思って油断してらぁ。

そのうち昼寝でも始めるんじゃないのか」


「かもな。だが抵抗しねえ野郎を寄って

集ってってのも後から言い訳されそうで

癪だぜ……ここは男らしく正々堂々と」



「「不意打ちしてやらあぁぁ!!」」


「とうっ!」  「でりゃあっ!」


ハリーは高台から跳躍し、まるで熟練の

飛び込み選手を思わせる見事な姿勢から

両腕を突き出しクロスチョップを構え、

ケインもそれに続く。


「……む?」


少なくとも、奇襲の技術と経験に関しては

ハリケーン・ツインズは並の冒険者や

軍人、殺し屋と比べても抜きん出ていた。

エイジが空気の流れを読んで振り向いた時、

既にハリーは眼前まで迫っている。


「ハッハー!今更気付いてももう遅いわ!

食らえ、ハリケーン・カッター!」


当たれば合金製ゴーレムすら一撃で廃材の

塊に変える必殺の一撃。例えるならば

仏国随一の名医として名を馳せ、ギロチンの

開発にも携わった事で知られる処刑の達人、

「シャルル・アンリ・サンソン」の太刀筋。


フ ッ


「なにっ」


だが、数多の戦士たちに膝をつかせた黄金の

両腕が獲物を捉える事はなかった。まるで

水面に映る虚像のように上半身のみが揺らぎ、

紙一重で攻撃を回避したのだ。


「しかし!ハリケーン・ニードル!」


だが直後にケインの鋭い膝蹴りが接近!

1発目の奇襲を外そうが、2発目は「来る」と

分かっていても躱せない絶妙なタイミングで

投下される……その生存確率、僅かに5%。


ゴッ


「はうっ」


更にカウンターを食らう確率は脅威の0%…

正確には0.2秒前までは確かに0%だった。

そして、もう二度と0%には戻らない。


「ば……馬鹿な」


ハリケーン・ニードルが着弾する寸前で

一瞬にして脚を折り畳まれ、自らの顔面に

膝蹴りをお見舞いさせられたケインが

割れた額から血を流しながら立ち上がり、

手を震わせて屈辱的に呻く。


「ふむ……地道な努力が報われる時が

来たようですね。普段の研究もこれくらい

早く成果が出てくれれば助かるのですが」


「ハ、ハリー……ハリケーン・コンボが」


「ケイン、狼狽えるんじゃあねえッ!

中々やるようだが……数で負けてる割には

強気じゃねえか、あーん?」


主に「仕上げ」を担当するケインとは違い

一度目の攻撃は回避される事も少なくない

ハリーだったが、幾度目かの失敗経験が

彼の精神にある程度の余裕を齎していた。


「そ、そうだ……田舎者の東洋人め、

あんなのでハリケーンが終わったと

思うなよ、上陸してからが本番だぜ!

2対1で何が出来るってんだ、あん!?」


ケインも幾らか調子を取り戻したようで、

ハリーに続いてエイジを威圧する。


「確かに、ある程度の実力差であれば

徒党を組んで覆せる事は否定しません」


「そうだ、今降参すりゃ金メダルまでは…」


カシャッ!


「ではこちらからも質問しますが」


両脚にベルトで固定したホルスターから

二挺のハンドガンを抜き、エイジは問う。 


 カシャッ    カシャッ


「「「2対3で何が出来るのですか?」」」


そしてハリーとケインを取り囲むように

どこからともなくエイジが追加で2人現れ、

合計6つの銃口が双子に向けられる。


「なにっ」「なんだあっ」


ズドン!ズドン!ズドドン!ドン!


「「散れっ」」


二人が口を開けて悲鳴を溢した瞬間、

エイジ達が一糸乱れぬ動きで引き金を弾き

ハリケーン・ツインズはそれを合図で

素早く回避、エイジ達を囲むように左右へ

展開し近接戦の構えを取った。


「分身魔法か……?チマチマ点数稼ぎしてる

割にはいい術式ワザを持ってやがる」


「身の丈に合わないサクセスストーリーは

望まない主義でしてね。貴方達よりは

身の程を弁えているという自覚があります」


エイジはいつの間にか一人に戻っていたが、

本物と全く見分けのつかない分身を一度に

二体も出現させ、更にダメージを伴った

銃撃まで行わせるのは相当な腕前だろう。


「ならもう一度魔法を使って来る前に

三等分にしてやるよっ」 「おうっ」


だがその程度で怯む二人組ではない。

体力、魔力、判断力、知識、実績、残虐性…

ここに立つ挑戦者たちは例外なく厳しい

試験を経て選別されたエリートばかりだ。

例え常人なら泣いて詫びるような状況でも

躊躇なく相手の命を狙いにゆく。


「おらあっ」


ヴィオラの弦のように張り詰めた空気を

ハリーの怒号が激しく揺らし、豪腕から

放たれる拳骨が僅かにエイジの頬を掠めた。

奥義を躱されたとはいえ二人の負傷は軽く、

コンビネーションも未だ健在……分身による

不意打ちもそう何度も行えるものではない。


「しゃあっ」


ガッ


「ぐうっ」


身を翻して交代したエイジを挟み込むような

挙動でケインが追い詰め、鋭い前蹴りが

ガードの上から右腕に衝撃を加える!


「はっはあーっ」


彼は背負った魔術杖を抜こうとするが、

そんな隙を作ってやるほど二人は甘くない。


ドンッ!


相手の怯んだ瞬間を見逃さず、ハリーが

タックルを繰り出して相手を吹き飛ばすと

すかさずケインが倒れ込んだ相手を追って

勢いよく前方へ駆け出す!


「なにっ」


が、肝心のエイジがどこにも見当たらない。

相手は大きく体勢を崩している生身の人間、

果たしてどこに……


ジュンッ!


そんなケインの思考は、冷たい無機質が

喉に触れた違和感によって唐突に中断した。

いつの間にか、目の前にはナイフを構えた

エイジがアルカイックな微笑を浮かべて

五体満足で立っている。


「カハッ」

 

疑問を口にしようとするが、黒いガラス質で

形成された刃が喉を裂いており、辛うじて

肺から空気が抜ける小さな音が鳴るだけだ。


「…………!」


蜻蛉トンボの翅を思わせるように

薄く青黒い半透明の刃。少しでも力加減を

誤れば先端が欠けてしまいそうな儚い物質が

屈強な男の命の火を消しかけている。


ドサッ


酸素供給を絶たれたケインは真っ白な顔に

苦悶の表情を浮かべ、地面に横たわる。


「ケイン!クソが……殺りやがったな!」


「別に殺してはいませんよ。ただ喉を

火山ガラスのブレードで切断して一時的な

呼吸困難状態にし無力化しただけですから」


見ると、ケインの目はまだ正常に神経反射を

行っており死亡直後の痙攣も起きていない。


「き、聞いた事がある……20歳の若さで

魔界有数の益荒男と称されたとある剣士は

敵兵に全く痛みを与える事なく生きたまま

全身の腱を切断する腕前の持ち主だと」


「ええ……短い間ではありましたが、

彼に師事できた事を誇りに思っていますよ」


「出鱈目だ!魔族と人間の歴史を思い出せ、

奴等がお前エサに技を教えただと!?」


エイジの発言をブラフだと受け取ったのか

ハリーは鬼の形相でそう吐き捨てると、

両肘から風の刃を発生させ、腰を低くして

攻撃的な構えを取る。


「このペテン野郎!寝言は死んでから

あの世で言いやがれっ」


ド オ ン !


エイジに向かって飛び掛かるハリーの姿は

まさに突風……その怒気と草花の中を

斬り進む気迫は風神の化身と言われても

思わず納得してしまいそうな程に強烈だ。


対するエイジは無言でナイフを鞘に収め、

素早くピストルに持ち替えて連射!


ズドンズドンズドズドズドンッ!


だが元より小口径の弾丸では威力が足りず、

ハリーの纏った風に全て押し返される!


「どうだ!風圧の前では自慢の豆鉄砲も

当たらんなぁ?さあ死ね、死ね卑怯者!」


ハリーの爆笑と共に、ギロチンめいた

風の刃が勢いよく振り上げられた!


「……演算終了」


エイジは片足を持ち上げた異様な構えから

上半身を捻り、自身に向かって跳ね返された

ピストルの弾丸のみを視界に捉える。


キィン!


     キィン!

            キィンッ!


「あぐっ」


次の瞬間、エイジの脚部から3度火花が散り

適正な射角で彼に蹴り飛ばされた弾丸が

ハリーの右眼に直撃し、彼の視界を血飛沫が

0.2秒もの間舞い続けたことで勢いが衰え

狙いが僅かに逸れた!


カランッ……ガキンッ!


エイジは素早く杖を抜くとハリーの

振り下ろした風の刃を直撃の寸前で弾き、

杖による突きで胸を激しく打ち付ける!


「うげえぇ!?」


更に杖の先端から小さな魔法陣を展開、

相手の身体に捩じ込みつつ魔力を集中する!


魔法弾マジックミサイル!」


ボ オ ッ !


「はうっ」


青白い光を伴った爆発を至近距離で受けた

ハリーは口から煙を吐きながら吹き飛んで

失神し、白目を剥いて仰向けに倒れ込む。


「魔法弾」自体は子供でも習得できるような

単純な攻撃魔法であり、体質的な適性が

不可欠な属性魔法とは違って魔力の塊を

そのままぶつけるだけなので殺傷力は

そこまで高くない……例えるなら飛距離が

長いパンチやキックのようなものだ。


だが術式が単純なため、慣れさえすれば

1秒足らずで発動出来る。武器に属性を

付与するエンチャント系列の魔法とは違い

相手を殺してしまう可能性も低いだろう。


蘇生魔法や医療技術の進歩によって

人命の価値が大暴落を起こした現代では

冒険者が討伐対象の野盗や蛮族を惨殺しても

罪に問われる事はないが、品格や人道を

重視する貴族や聖職者からの心象は悪い。


だが彼が無益な殺生を嫌うのは彼らの顔色を

伺っている訳でも、道徳心からでもない。

スピード出世には権力者の支援や後ろ盾が

つきものという社会の常識を理解した上で

効率よく金と信頼を得るという目的の為の

「手段」に過ぎないのだ。


「2人合わせて285点、及第点でしょうか。

これで合格は確実……隠れていても問題は

ないと思いますが、もう少しワタシの名前を

売っておく必要がありますね」



♦︎尋常ならざる強さと狡知……!




キャラクター図鑑 No.3 「エイジ」

身長: 178cm 年齢: 19歳

出身地: 不明(東大陸は未開の地のため)

種族: 人間(東洋人)

好きな飲み物: コーラ、ルートビア


元研究職という異色の経歴を持つ挑戦者。

筆記試験をトップの成績で通過しており

現役時代は魔物研究や医療の分野で活躍し

生物工学の若き新星と見做されていたが

以前の雇用主がキメラ兵器の密造容疑で

投獄された事で業界からの信頼を失い、

再就職先として冒険者を選んだという。


行きの列車で隣同士だった事からマヤに

懐かれているが、本人が彼女に対して

どういった感情を抱いているかは不明。

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黒魔術の正しい使い方 @AHOZURA-M

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