第10話 - 我が死より、君の生へ

須川翔の胸は、今にも張り裂けそうな心臓を抑え込むように両手で押さえながら、不器用に立ち上がるたびに激しく上下していた。


屋上の手すりにもたれかかり、荒い息を整えようとする。


風が優しく吹き、睫毛に絡まった涙を運び去った。冷たい空気が頬を打ち、わずかながら意識を明晰さを取り戻させる。


次第に呼吸は落ち着き、狂ったように鼓動していた心臓も速度を緩めていった。


突然、扉のきしむ金属音が彼のトランス状態を破った。ゆっくりと頭を入口の方へ向けると、そこには二人の人影が現れていた。


キィ...!


背の高い少年と、落ち着きのない目をした少女が、心配と決意の入り混じった様子で、まっすぐに彼を見つめていた。


少年は短い栗色の髪と、決意に輝く青い瞳をしていた。少女の目は、平静を装いながらも隠しきれない好奇心をキラリと光らせていた。


「あ、やっぱり君だったのか!階段を上がっていくのを見かけたんだ」少年は、少し場違いな熱意を込めて叫んだ。


少女は眉をひそめ、批判的な口調で彼の耳に囁いた。

「そんな言い方したらストーカーみたいだよ、バカ」


「そんなこと言うなよ!」少年は憤慨して友人に向き直ったが、すぐに態度を正し、須川を真剣な表情で見た。


「ねえ、今は話したくない気持ちはわかる。正直言って、必要がなければ俺たちだってここにいないんだけど…」

須川翔の真っ赤な瞳と、足元に広がる涙と唾液の痕を見て、言葉を詰まらせた。


「助けが必要か?」

慎重にそう尋ねながら、彼に向かって手を差し伸べた。


須川は呆然とした表情でその手を見つめた。


過去の復活の記憶が、冷たい海の如き勢いで押し寄せ、意識を飲み込んだ。


どの時も、小野寺は同じように手を差し出していた。須川が怒りと乱暴さで拒んだあの瞬間でさえ。


「くっ…!」

その記憶が蘇り、思わず呻き声を漏らした。


どの復活の時も、ほとんど見知らぬ存在だった伊達は、いつも同じ言葉をかけていた。

『助けが必要なら、たとえ見知らぬ間柄でも、俺はここにいる』


喉の奥に塊ができた。


その記憶の重みが、須川を押し潰さんばかりだった。


胸に黒い影のように蓄積した罪悪感は、残された希望さえも飲み込むかのようだった。


しかし今、彼の内側で何かが動いた。


もしかしたら、同じやり方で立ち向かう必要はないのかもしれない。視点を変えることが鍵なのかもしれない。恐怖に満ちたその瞳に、かすかな光が灯った。


ゆっくりと、支えていた手すりから手を離し、伊達へ一歩踏み出した。


彼の手は取らなかった。代わりに、その重みに耐えられず、視線を地面へと落とした。


「君たち二人には…」

身体の弱々しさとは裏腹に、声だけは確かに震えていた。


その語気の真剣さは、不気味なほどだった。


「…先程のことを恨まないでいてほしい」


伊達は明らかに困惑しながらも、須川の言葉を理解しようと目を瞬かせた。


「恨む?昨日話したくなかったことか?」

――神経質そうに笑いながら頭を掻き、続けた。

「そんな気持ちになるのも普通だよ。全てが…複雑な状況なんだから」


須川の表情に微かな変化が生まれ、かすかな笑みが浮かんだ。


「そう言ってもらえて嬉しい」

伊達が本当の意味を理解していないことはわかっていたが、あえて説明はしなかった。


「それで、どうするの?」

圭子が柔らかい口調で割り込んだ。

「私たちと一緒に来る?」


須川はすぐには答えなかった。視線を水平線へと向けると、オレンジ色に染まり始めた空の下、雄大にそびえる山々が見えた。


「ああ」

ようやく口を開いたが、静かに付け加えた。

「ただ、その前にやることがある」


再び手すりへと歩み寄り、二人の仲間を振り返った。


「こんな姿を見せて申し訳ない。君たちは覚えていないだろうけど…それでも、次会う時には謝罪するから」


『理解してほしい。あの姿で誰かの記憶に残るくらいなら、死んだ方がましだ…』


二人は信じられないという表情で彼を見つめた。


『次こそは…約束する。君たちを置き去りにはしない…』


心からの笑みがこぼれた。それは自らの運命を受け入れた者の決意に満ちた笑顔だった。


「な…何を言ってるんだ!?」

伊達が問いかけたが、その目は鋭く研ぎ澄まされ、須川翔がこれから行おうとしていることを悟った。


須川は一歩踏み出し、虚空へと身を傾けた。


「待てっ!」

伊達が叫びながら飛び出したが、もう遅かった。


世界がスローモーションのように感じられる中、須川の身体が手すりを越え、虚無へと落ちていった。圭子は両手で口を押さえ、瞳には純粋な恐怖が映っていた。伊達は無意味に腕を伸ばし、絶望で歪んだ表情を浮かべた。


落下しながら、須川は奇妙な安らぎが全身を包むのを感じた。しかし、それは束の間だとわかっていた。


周囲の空気は冷たかったが、不快ではない。視界を速く過ぎていくぼやけた景色は、初めてこの世界に運ばれた時の感覚を思い出させた。


『父上、許してください。私はあなたの教えに何度も背いてしまいました』


彼は目を閉じ、終焉を受け入れようとした。


『いつの日か再会し、私の行いを話した時、きっとあなたは理解し、誇りに思ってくれるでしょう…』


少年は再び、学院の高い場所にいた。朝日がようやく空気を温め始める、人里離れた場所で。


風の音が優しく吹き抜け、遠くの人々のざわめきを運んでいった。ここから見る水平線はオレンジと薄紫のパレットのようで、散りばめられた雲はあてもなく漂い、まるで空が物思いに耽っているかのようだった。


片頬を手に預け、黒髪は風に揺られていた。


その瞳にはかすかな痛みが浮かび、瞳孔はまだ拷問部屋の残響に囚われたかのように縮こまっていた。引き締まった顎と、胸に押し当てたもう片方の手が、深い心理的傷痕を露わにしていた。


胃が逆巻くような感覚――死から戻った後にいつも襲ってくるあの感覚がした。だが今回は、どうにか堪えることができた。


目の前には、お馴染みのシステムウィンドウが浮かんでいる。温かな夜明けの空を背景に、かすかな青い輝きを放ちながら。


【スキル】

【痛覚耐性:ランクC+】

【火傷耐性:ランクD+】

【肺活量:ランクD】


彼は煩わしそうにそのリストに目を通した。


スキルの向上は、達成感などではなく、ただ苦々しい不快感をもたらすだけだった。視線は最初のスキル「痛覚耐性」で止まった。


最初の死が最後になることを願っていた。だが彼のスキル『死者の回帰者』はそれを許さなかった。


この世界に戻るたびに、終わりのない苦痛の循環が待ち受けている。やがて彼は、この体験を自らの過ちへの懺悔として受け入れるようになった。


諦めたようにため息をついた。


完全に死に絶えるという考えは、繰り返し頭をよぎるようになっていた。だが、それは不可能だとわかっていた。


彼の不死性は、スキルの持続時間に縛られていた。


そう考えながら、残り時間を確認した。


【死者の回帰者:残り8日】


システムは時間を正確に計測していた——1日は厳密に24時間の活動時間と等しく、その期間中なら何度死んでも、必ず蘇る仕組みだった。


そんなことを考えながら、ふと視界の端にステータス画面の新しい数値が浮かんでいるのを確認し、彼は混乱したように片眉を上げた。


【ステータス】

【SPI:B】


眉をひそめ、その意味を解読しようとした。


おそらく「SPI」は「精神(スピリット)」の略だろうと推測したが、この属性を前に見た覚えはなかった。


『最初の死からずっと存在していたのか、それとも新たに追加されたものなのか?』


さらに考えを巡らせる間もなく、背後で扉のきしむ金属音が響き、彼のトランス状態を破った。


今度は振り向かなかった。代わりにシステム画面を閉じながら、奇妙な冷静さを装い続けた。


「あ、やっぱり君だったのか!階段を上がっていくのを見かけたんだ」少年は、少し場違いな熱意を込めて叫んだ。


少女は眉をひそめ、批判的な口調で彼の耳に囁いた。

「そんな言い方したらストーカーみたいだよ、バカ」


「そんなこと言うなよ!」少年は憤慨して友人に向き直ったが、すぐに態度を正し、須川を真剣な表情で見た。


相手が話を続ける前に、須川は完全に振り向かずに口を開いた。


「先ほどは悪かった」


その言葉が空気に響く。わずかに頭を傾け、顔の半分を見せた時、唇には本物の笑みが浮かんでいた。しかし、その目だけが彼の真の状態を露わにしていた。


「い、いいよ…?」

少年は当惑しながら答えた。須川の謝罪は確かに誠実そうだったが、どうしてもそれは単なる過去のやり取り以上の深い何かを感じずにはいられなかった。


須川は手すりから離れ、脆い仮面のような冷静さをまとって二人に向かって歩み出した。


「少し空腹なんだ。朝食を一緒にどうかな?」

そう言いながら、彼らに向かって手を差し伸べた。


『思っていたより難しいな…』


伊達は注意深く彼を見た。須川の動作のどこかが不自然で、並外れた努力をしているかのようだった。それでも、その仕草は彼の胸を打った。


「俺は須川翔と申します。どうぞ『翔』と呼んでください」

伊達の手を素早く握ると、すぐにドアの方へ向き直った。


二人がついて来ないことに気づき、足を止めた。首を傾げ、少し困惑した様子で振り返る。


「一日中そこに突っ立ってるつもりか?」

須川は片眉を上げながら尋ねた。


圭子と伊達は素早く視線を交わし、互いに微笑むと、何も言わずに彼の後を追いかけた。


「俺は小野寺伊達だ、よろしくな!」

「私、継原圭子です。お、お会いできて嬉しいです!」


階段を一緒に下りながら、須川はほんの一瞬だけ、胸の重苦しさが少し和らぐのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る