第34話 裏切るという事
「此処は自然に囲まれて空気が澄んでいる……良い土地を買ったな、レイン」
草原をゆっくりと踏み締めながら、穏やかな声で俺達に近付く。
「そ、それで、何の御用でしょうか……」
レインは震える杖を胸の前に小さく構え、引き攣った笑顔で問い掛ける。マヒトはその問いに立ち止まり小さく微笑み返す。
「彼を迎えに来た……良い休日を過ごせた様で何よりだ」
帝国が俺に出した自由への条件……それは冒険者ギルド、アルバロスの所属だ。そして俺という異能者を生かす理由……それは帝国の駒として動かす事だ。
今の状況は帝国にとっては何の益にもならない。だから俺を此処から外へと連れ出すのだろう。だが、こんなにも早く帝国が動くとは思いもしなかった……
「は、話が急過ぎます……!せめて明日の朝まで待ってください!!」
レインは一歩前に大地を強く踏み締め、強く声を荒げるが、それを溜息で返される。
「……はっきり言わないと分からないのか?」
「ひ……ッ!」
終始穏やかだった表情が消え去り、その冷たい声色にレインは小さく悲鳴を上げる。
「確かに僕は、君に彼の助けになってくれと頼みはしたが……世話をしろとは言っていない筈だ」
その言葉にレインは一瞬怯むが、また一歩前に足を踏み出す。
「で、でも!今の帝都は危険です!!いつユースさんを狙う暗殺者が現れるかなんて、そんなの分からないじゃないですか!!」
「そうか……そういう事か」
声を上擦らせながらも食って掛かるレインに、何かを納得したかの様にマヒトの表情がまた穏やかになり、優しく微笑み掛ける。
「それなら、また振り払えば良いだけだろう?」
「そ、そんな……何を、言って……」
何の悪意も持たず涼しげに告げられた言葉にレインは絶句し熱を帯びていた身体を硬直させる。
「君が心配する必要は何も無い。彼は君が思っている以上に強い……だからもう、彼に何もするな」
俺を匿い養うレインは帝国にとって邪魔な存在、という事か……
「貴方に……貴方みたいな人に……!ユースさんの何が分かるんですかッ!!」
レインの叫びにマヒトは鼻で笑い、目を細めて俺を見詰める。
「分かるさ……何故なら僕は、彼と同じだ」
俺と同じ……?まさかとは思うが、奴も異能者なのか……?
「何れにせよ、彼を此処から連れ出すのは帝国の指示だ。それに先日捕えた不成者が、漸く組織の情報を吐いてくれたみたいでね……これで彼を脅かす者は居なくなる」
レインはそれを聞くと、さり気なく杖を背にして俺に向ける。
『ユースさん、返事はしないでください』
なんだ……?いきなり何を……
『聞こえていると思うので端的に言います。ユースさんはこのまま、マヒトさんの指示に従って此処を出て行ってください』
これは……魔法か。耳からでは無く脳内から声が聞こえて来る……
「そう、ですか……分かりました。ユースさんを解放します」
『明日の正午、アルバロスにて合流しましょう……詳しい事はその時に伝えます』
レインは器用にマヒトと俺に二つの声を発して冷静に対応する。
「……僕は何も彼と金輪際関わるなとは言っていない。これからも影霧くんを、ユース・ヘイズを頼む」
マヒトは柔らかい表情を俺とレインに向ける。
「はい……言葉の意図を汲み取れず、すみませんでした……」
『メイちゃんの事は……安心して私に任せてください。絶対にユースさんの元へ連れて行くので』
……今はレインの言葉を、信じるしかない。
「いや、僕の方こそ脅かせて悪かった……それじゃあ行こうか、影霧くん」
マヒトは俺の顔を見詰めては口角を上げる。
「……それと、後ろの異能者も」
「えっ!?」
「な……ッ」
その言葉に俺とレインが振り向くと、俺のコートを強く掴み、不安そうな顔を浮かべたメイが俺を見詰めて立ち尽くしていた。
くそ、マヒトに意識を向け過ぎたか……ッ!
「これは帝国が決めた事だ……その異能者は僕達、帝国騎士が責任を持って保護させて貰う」
「そ、そんな……なん、で……」
レインは両手に持つ杖を震わせ、一歩、また一歩と逃げる様にして後退する。
「それで君達は、元の日常に戻れる」
マヒトは俺に手を差し出し、ゆっくりと近付く。
誰が流した……?やはり、ナナセが裏切ったのか?その仲間が帝国騎士に情報を漏らした?それとも全て初めから……この男は、分かっていたのか?
いや、そんな事はどうでもいい……
「くそ……ッ」
俺は……この男から、帝国からメイを守り切れるのか?
剣を向ければ、たった一人で帝国を相手にする事になる……それは無謀だ。
「何も心配する事はない。君達は何も知らずに異能者を匿ってしまっていた……それで終わりだ」
それに、この状況を覆せる手段は……無い。
今、此処で抗えば……全てが、何もかもが終わってしまう。
俺には、まだ……
「そん、なの……!絶対にだめぇええ!!」
瞬間、轟音と共にマヒトの身体が爆炎に包まれる。
「何を、して」
「わ、私が時間を稼ぎます!!今のうちに二人で逃げてください!!」
レインは何度も爆炎に杖を翳しては赤い火球を放ち、黒い草原を炎の海に変えて行く。
「なん、で……ッ!お前は、自分が何をやっているのか分かってるのか……ッ!?」
帝国騎士を、七騎士を……いや、帝国そのものを敵に回したんだ……それに、同盟を結ぶマギア聖国も動くかもしれない。
そうなればレインは、もう、帝国にはいられない……
「私は大丈夫ですから!!早くッ!!」
「お、俺は……ッ」
ここで逃げれば俺は……帝国を、マギア聖国を、他の小国を、裏社会を、GAUZEを、そして全世界全てをを敵に回して、たった一人で……
「走って!!!!」
「……くそッ!」
その叫びに直様メイの手を掴み、レインに背を向けて走り出す。
「……脅かさないでくれ、レイン」
「う……ッ!?」
マヒトの声が直ぐ後ろに迫り、振り向き様に素早く剣を振るうが、ただ、空を斬るだけだった。
「何処を見ている?」
「ユースさん避けてぇッ!!!!」
レインの絶叫にメイを抱えてその場から大きく飛び退くと、いつの間にか前方に居たマヒトの身体が爆破し赤い炎に包まれる。その爆風に、俺は上手く受け身を取れずメイを庇う様にして黒い草原に叩き付けられる。
「……レイン、良い加減にしてくれ」
マヒトが身を包む炎を素手で振り払うと、一瞬にしてこの場は不気味なまでの静寂となった。
「これ以上続けると騒ぎになる。結界も僕が斬ってしまったし、外には帝国騎士達も待機している……もうやめてくれ」
結界を……斬った、だと?いや、魔術の心得もあるのか?そんな相手から、どうやって……
「だったら……ッ!その子には手を出さないと誓ってください!!」
レインは息を乱しながら声を怒鳴らせ、マヒトに杖を差し向ける。
「レイン……まさか本気なのか?今なら何も見なかった事にするが」
マヒトは眉を顰め、困惑した表情を浮かべる。
「私は本気です!!私は本気で……ッ!私はその子を守ります!!その為だったら私は何でもします!!もう誰も見捨てたりなんて」
「君が帝国に来た理由は何だ?」
マヒトの冷たい声色にレインは大きく目を見開かせ、翳していた杖を宙に止める。
「私が帝国に……!?いきなり何を言って」
「妹の夢が、それで叶うのか?」
家族を……人質に取るのか。
それを聞いたレインは振り上げていた杖を震わせ、瞳孔を激しく揺らす。
「そ、それでも!!私は絶対助けるってユースさんに」
「罪人の妹が、幸せになれると思うか?」
レインの震わせる声に被せて冷たく問い掛ける。
「私、は……だって、ユースさんを、メイちゃんを守るって」
「妹も見捨てるのか?親も裏切るのか?」
「あ、あ……そん、なの……ッ!なんでそんな……こと……!!」
レインは大粒の涙を浮かばせて振り翳した杖を力無く振り下ろす。その杖には魔法も何も宿らずに、ただ静かに黒い草原へと落ちて行った。
「それが正しい選択だ……君は何も悪く無い」
「あ、ああ……!!わ、私……!私、また……ッ!!」
レインの身体が崩れ落ちて行き、地に尻餅を付いては子供の様に大声で泣き噦る。
「ごめんなさ、い……!ユースさん、メイちゃん……!私もう、何が正しくて……何が、おかしいのか……!!もう、何もッ!!」
夕暮れの空にただ、泣き叫ぶ声だけが響き渡る。
……分かっていた筈だった。
「さて、影霧くん……その異能者を僕に渡してくれ」
……この世界は残酷だ。
「嫌だと言ったら……?」
……信じた先には、裏切りしか無いと。
「ごめん、なさい……ごめ、んなさ、い……ッ」
……それでも俺は、また、願ってしまった。
「力尽くで奪う迄だが……」
救いなんて無い、この世界に。
「……なら俺は、力尽くで守る迄だ」
それでも……俺は。
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