第26話 無限遊戯
『いやぁ!やめて!!』
銀色に鈍く光る短剣を顔に近づけられ、男は引き攣った笑みを浮かべる。
手足は強く縛られ、逃げる事は許されない。
『お願い……!お願いだから!もっとちゃんとするからぁ!!』
無防備に晒された腹に冷たい刃が優しく撫で回す。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ッ!!悪いのは、わ、わたし……だ、だから!!』
刃先に滲み出す紅い血に上手く息ができない。
『あ、ああ……ッ!?だ、誰か!!たすけ……いやあぁぁアアアア!!!!』
空間に響く絶叫が、深く突き刺し抉られる紅い肉に目を見開き、再生する胎内が紅い刃に絡み切り裂かれる。
『が、は……ッ!?しん、じゃう……っ!!しんじゃうからぁッ、ぁああアアア!!!!』
飛び散る紅い液体を目に、受け入れた現実が殺される感覚に、ただ、激情のままに泣き叫ぶ事しか出来なかった。
『いた、い……っ、いたい、よ……おかあ、さ……』
遠い記憶へと縋り手を伸ばすも、その影に温もりは無く、手の平に滲むのは冷え切った感覚だけだった。
「あ、あ……アァ……ァ……」
それが灰色に枯れる頃、感情と呼べるモノは、隠され消えていった。
『オメデトウ……ホラ、コレ』
それを目の前に差し出され、それと繋がる赤い糸が、千切れて消えていった。
『キミノ……』
◇
「ぁあぁああああ!!嫌!!嫌ぁ!!いやアぁぁあ!!!!」
「な、なんだ……」
夕陽が沈んだ夜、突然叫びながら身を起こし、全身を掻き毟るメイに思わず椅子から立ち上がる。
「……騒ぐな」
メイが俺に初めて見せた感情は怒りや悲しみ、そして深く果ての無い絶望だった。
「ころさないでぇぇええッ!!ころさないでぇえええ!!」
ダメだ、錯乱している……これ以上騒がれたら宿から追い出されるかもしれない……
メイは自分の首に手を掛け、自ら命を絶とうとする。
「か、は……ッ!?げえぇぇッ、えぇ!!うぅ……ッ!」
……それで死ねたならこんな事にはなっていないだろう。
「……いい加減にしろ」
俺は首を絞める手を強引に引き剥がそうとするが、その手を振り払われ、次は自分の顔を力の限り殴り付け始めた。
「ぐぅッ!がぁ……ッ!!ぐぎぃ!!」
ボロボロになり変形して行く顔は元に戻り、傷付く事を異能は決して許さない。それでも殴り付ける事を止めず自傷を重ね続ける。
「どうすれば……」
ふと、奴隷商人から貰ったメイに必要だと言っていた道具を思い出し、アイテムポーチからそれが入った小袋を取り出す。
中には半分程の錠剤が入った小瓶と手紙だった。
これは恐らく精神安定剤……だろう。
俺は直様薬を手に取り、自傷し続けるメイの口元へと運ばせる。
瞬間、強烈な眩暈に襲われる。
「なん、だ……ッ」
「お取り込み中の所すまないなぁ……黒い死神さん?」
感覚が麻痺し、感覚を奪われて持っていた小瓶を落とす。
「お、お前……は」
「貴方を殺しに来ました……クククククク」
身体が崩れて行き、床に這い蹲りながら転がる小瓶の行方を目で追い続けると、包帯を巻き付けた足先に止まり、それを踏み潰される。
朧月を背に、窓の淵にもたれ掛かった全身を包帯で覆う人影が俺を見下ろしていた。
ここは宿の最上階だ……それに奴は何時からこの部屋にいた?メイに気を取られていたからか?違う、これは……
「かんか、く麻痺……毒ガス、か」
「御名答!!鼻が良いなぁ〜!俺と同じで身体を弄くり回されたからか?やっぱり俺たちって」
まさか、奴はGAUZEの刺客……いや、これは異能じゃない。考えられるのは裏社会の差金、それか連中と手を結ぶ者……暗殺者くらいか。
「ナカヨシコヨシになれそうだな?」
「ふざ、けるな……ッ!」
毒に蝕まれた身体を必死に動かそうとするが、感覚が麻痺して上手く力が入らない。
「いやいや俺もさ……ホントはこんなやり方じゃなくて真正面から殺り合いたかったんだけどさ?ナカヨシコヨシの依頼主が五月蝿くってさぁ……仕方ないよな?」
「俺、とは……仲良しに、なれそうも……ない、な」
俺の言葉を大袈裟に耳を傾けて、言い終えると狂った様に包帯の……男は笑い出した。
「ぎゃっははははは!!!!お前も俺とナカヨシコヨシになりたいのか!?良いぜ?俺は来る者拒まずだ!!でも残念……俺と大のナカヨシコヨシはお前の事が大っ嫌いらしい……だから殺さなきゃなんだなこれが」
やはり、コイツに依頼したのはあの黒づくめで間違いなさそうだ……
そして真の狙いは俺ではなく、メイだ。
「その汚い顔したメスが例の奴隷か?気持ちの悪い顔だぁ……殺してやりたいくらいに」
メイに目を向けると自傷こそ止めてはいたが、毒ガスによって踠き苦しみ血の涙を浮かべてはベッドの上をのたうち回っていた。
「や、奴の狙いは……そいつなん、だろ?殺す、のは……まずいだ、ろ」
「そうだな……それに殺せない」
身体に巻き付かせた包帯の隙間から、紅い触手らしきモノがメイの身体へと伸びる。
「なに、を……」
「死ぬまでちょっと時間があるからさ……それまで暇だろうし、ちょっとしたショーを観せてやろうと思ってさ?興味あるだろ?何をやっても死なないらしいからさ?何より俺が気になってしょうがない……ッ!!」
苦しみ悶え続ける小さな身体を触手が絡み、強く縛り小さな身体が宙に吊し上げられる。
「う……っ、あぅ……っ!」
「め、メイ……!」
触手は服のありとあらゆる隙間を掻き分け潜り込むと、メイはそれに強く反応して悲鳴を漏らす。
「ひゃ……う……っ!」
「まずは腹を破裂させてみようか?いやそれだとエンターテインメントに欠けるな……そうだ!!連続絶頂快楽殺しなんてどうだ!?毒だけじゃなくて媚毒もあるからな!!胎内に直接噴出すればそりゃもう無限天国地獄だ!!常人なら即死だがこのメスは死なない!!世紀の人体実験ショーのはじまりはじまり!!はい拍手!!」
本当に悪趣味にも程がある……それにメイの再生は不死身では無い筈だ……心臓が止まればそれまでだろう。
「レディースえ〜んジェントルメェ〜ン!!イッツァショ〜タ〜イムッ!!!!」
「やめ、ろ……ッ!」
陽気な声と共にメイの身体から大量のガスが噴き出し、その身体を狂った様に激しく痙攣させる。
「んぎぃ……ッ!?ぃぁああアアアア!!!!」
「ぎゃっははははは!!致死量なんて気にしなくて良いから、初っ端からフルパワーでやっちまったぜ!?見ろよこのきったねえ顔!!すげえ!!貫通してんのに生きてやが……ッ!?巻き込むな!!」
声にならない悲鳴が部屋に響き渡り耳を劈く。白い肌は一瞬にして真っ赤に変色し、紅く染まった瞳孔が暴れ回り、身体は狂った様に痙攣し、大量の体液が白いベッドに降り注ぎ紅く染め上げていく。
「人体の構造は嫌というほど知り尽くしてはいるが、壊れない玩具なんて初めてだぁ……!飽きるまでその身体を堪能させて貰おうか!!」
地を這い、眼前の凌辱へと手を伸ばすが朦朧とする意識が邪魔をして届かない。
「騒ぎに、なれば……お前にとって……不味いんじゃない、のか?」
「クククククク……暗殺のプロにそれを聞くかよ?認識阻害の何とかくらい聞いた事はあるよな?簡単に言えば、この一室だけ別次元みたくなっているのさ!これは俺とお前だけの無限遊戯だ……誰にも邪魔はさせないッ!!」
奴の言葉が本当なら、外部からの助けは……いや、期待してはいけない。
「くそ……ッ」
俺が奴を……殺さなければならない。
包帯の暗殺者は俺に目を遣ると、不気味な笑みを浮かべる。
「その顔……やっぱり黒い死神にはこの程度じゃ物足りないよな?だったら次は肉を変形させて人体アートを……おお?なんだ?」
歪む視界に目を細め、何とか立ち上がり剣を奴に構える。それを見た男は一瞬呆気に取られるが、不自然なまでに口角を上げて天を仰ぐ。
「これは参ったな……これは聞いてない」
「狙いは……俺、なんだろ?メイを……離せ」
その言葉にメイは触手から解放され、紅いベッドへと身体を派手に弾ませる。小刻みに身体を震わせ、弱々しく喉を鳴らす姿を見て、剣を強く握り締める。
なんとか、毒ガスの耐性が付いてきた……だが、メイはそうもいかない。
これ以上、壊させてたまるか……
包帯の男は肩を震わせて笑い出し、頭を乱雑に掻き毟る。
「クククククク……俺は確かに、あんたの言われた通りにやったぜ……?でもこうなった以上はもう普通に殺り合うしかないよな?しょうがないよな!?そうだよな!?」
誰かに問い掛ける様に声を荒げ、充血した目を狂った様に大きく見開かせる。
まさか、近くに雇い主がいるのか……?見回りの数を増やしたと言っていたが、連中は何をやっている……
「さてと、標的はジョーカーときた……だったら俺も、本気で殺りにいくしかないわな」
「何の……話、だ」
包帯の男は月光を背に両手を大きく広げると、その手を変形させ包帯を突き破る。
「……人間じゃないのか」
露出したのは腕と一体化した鋭利な刃だった。
「さあ始めようか!!小細工抜きで殺り合おう!!」
刃先に滴る奴の体液が月明かりに黒く濁らせる。
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