PARADOX 〜異世界終焉ヰ譚〜
幽
第一章 帝国の首輪
第1話 掛けた誓い
最果てから声が聞こえる。
それは手を伸ばしても決して、届くはずの無い遥か遠い記憶。
歪み続ける朝焼けから、小さな二つの影が闇へと指し示す。
『大丈夫だよね……?絶対、帰ってくるよね?』
とある少女は縋るように声を震わせる。
『そんなの分からないよ……戦争なんだから』
とある少年は少女から目を逸らし、吐き捨てる様に言葉を落とす。
『嫌だよ……そんな事、言わないで……』
少女は今にも泣き出しそうな表情で少年の手を強く握る。
『……もう行かなきゃ』
少年は少女から目を逸らし、強く握る手を振り解く。
『ま、待って……!』
少女は溢れる涙を拭い、ポケットから白い石のペンダントを取り出す。
『これ、御守り作ったの……!絶対大丈夫なようにって、無事に帰って来れるようにって!』
少年は少女から手渡されたペンダントを眺め、首に掛ける。
『ありがとう……大事にする』
少年は優しく微笑み、背を向けて歩み出す。
『帰ってきたら……ずっと伝えたかった事があるの……だから』
少年は何も言わず、歩み続ける。
少年は全て、分かっていたのだろう。
足を止めず、向かう先にある運命へと歩み続ける。
『ずっと……待ってるから……』
◆◇◆◇
闇に差し込む光に目が眩む。
その瞬間、拘束具が解かれ自由を許される。そして俺は、黒い棺桶の様な箱から身体を軋ませて、脚に力を入れる。
「此処は……」
高台から広がる灰色の濃霧に眼を凝らす。
認識阻害の霧……ああ、そういう事か。
やがて両目に映る荒れ果てた広大な大地に現実を宿し、自分が置かれた状況を呑み込む。
「調子はどうだ?強化異能者レベル6、
その透き通る爽やかな声に目を向ける。特徴的な銀髪に整った顔立ち、装備はエルデ帝国七騎士の象徴である白い制服に、腰には剣を携えている青年がいた。
「お前は……序列四位の……」
俺の言葉に少し驚いた素振りを見せ、また柔らかい表情に戻る。
「マヒト・アシュレイだ。これからよろしく頼む」
優しく差し出された手から目を背ける。
「……別に、アンタが戦るわけじゃないだろ」
「そうだな、あくまで僕達は君の監視役だ」
マヒトの言葉に俺は背後にいる影を一瞥する。一人は剣を構え、此方を鋭く睨み付ける眼帯の女騎士、もう一人は青髪の……帽子を深く被っているので顔は良く見えないが、女魔術師と言ったところか。両手には装飾が施された長い杖を持っている。
「三……か」
「いや、四だ」
「……ッ!?」
その瞬間、頭に強烈な殺気を感じ咄嗟に身構える。しかし突き刺さった不快感は一瞬にして消え去り、殺意の意図を理解させられる。
恐らく狙撃手がいるのだろう。死龍では無く、俺を殺すための狙撃手が……
「殺気だけでこの反応とは……やはり君は、優秀な少年兵だったんだろう」
完全に……詰みだ。
「その優秀な人間を……見殺しにするのか?」
俺の言葉に、マヒトは少しだけ困惑した表情を見せる。
「僕も惜しいとは思っている……だが、君を生かす最善の手はコレしか無かった。許して欲しい」
それを軽く舌打ちで受け流し、自分の装備を改めて確認する。防具は薄い黒いコート、腰には銀色の剣、アイテムポーチには回復のポーションが一つ……
「この貧相な装備で死龍と戦わせるなんて……悪趣味にも程がある」
「き、貴様は……ッ!!」
俺の言葉に背後から声が上がる。恐らく金髪の女騎士だろう。それにマヒトは小さくため息を吐く。
「やめろナナセ、彼の言う通りだ」
「しかし、コイツは……!」
マヒトの鋭く冷たい視線にナナセという女騎士は退き黙ってしまう。ナナセに眼を向けると、此方を鬼の形相で俺を睨み付けていた。
この女騎士、何処かで……
「貧相だと言っても、それは君が前に着ていたコートを改良した物だ。これと同じ、七騎士の制服と同じ素材でね……それにその剣も」
「どんな防具も飾りに過ぎないのでは……」
か細い女の声が背中を突き、その声へと振り返る。青髪の女魔術師だ……俺と眼が合うと酷く怯え、顔を背けては、帽子の鍔を両手で掴み、深く被り直す。
「い、いえ!す、すみません!!その、私が言いたいのは……やっぱり私達も一緒に戦った方が確実なんじゃ無いかな……って」
女魔術師は恐る恐るマヒトと女騎士ナナセの顔へ交互に視線を向ける。しかし、マヒトはそれに苦笑を浮かべ、ナナセは小さく溜息を吐く。
「レイン……言いたい事は分かるが、それでは彼の価値を示せないし、これは帝国が決定した事なんだ」
「そう、ですよね……」
女魔術師はマヒトの言葉にあっさりと引き下がる。
「それにアレを……龍と呼べるのだろうか」
「どういう事ですか……?」
マヒトの言葉に女魔術師は小首を傾げた瞬間、遠くから赤い光が上空に弾けたのが微かに見えた。
「どうやら視認できた様だ……影霧くん、見えるか?」
「……最悪だ」
突如として、荒野を満たしていた灰色の霧が漆黒に染まり、そこから這い出た四足歩行の巨体が大地を震わせる。翼は朽ち、鱗は腐り、露出した肉と骨が音を立てて蠢き、腐臭と共に噴き出すドドメ色の液体は大地を溶かす。
「……くそ」
それを龍と呼ぶには余りにも遠すぎており、思わず息を呑む。
「あれが、死龍……ッ!?あんな化け物が帝国に進行しているというのか……!!」
「な、なんて魔力量……!!こんなのどうやって……」
ナナセは剣を構えるが、一歩退き、女魔術師も同様に身を強張らせ俺に同情とも取れる眼を向ける。
ただ一人、マヒトは冷静に死龍を見詰め続けていた。
「あれが君の討伐対象であり、我々エルデ帝国にとっての災厄だ……振り払ってくれるな?」
マヒトは期待混じりの笑みを此方に向ける。
「……俺に選択肢なんて無いだろ」
「約束通り、討伐さえしてくれれば君は捕虜からの解放……条件付きの自由だ」
振り返れば、鋭く睨み付ける眼と酷く怯えた眼が向けられていた。その瞬間、脳天に突き刺さる悍ましい一筋の殺意が向けられ、俺は思わず目を瞑る。
「帝国を救って、英雄になってくれ」
これはきっと罰なのだろう。
逃げる事など許されない。
生きる事も許されない。
もう、微かな記憶の中で生き続ける少女には逢えないのだろうか。
少女の想いは、言葉は、もう二度と……
気付けば俺は、首に掛かる誓いを強く握り締めていた。
「絶対に……俺は……」
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