第91話 カオスが過ぎる
「くらえ!!
最も強く最も恐ろしいとされる、巫女の血族、いにしえの奥義をーー!!」
芽依は真面目だった。どこもふざけてなどいない。
だから綺人は傷が開いて大変なくらい笑った。声は出ないので体で笑った。
生き残ったら、一生このネタでいじってやろうと綺人は心に決めた。
鬼の核は身構えた。言葉そのままにとらえた。
足場は竹の上、立っているだけのスペース。退避場所が限られている。
芽依の今までの戦い方を反芻する。みかがみは詠唱が必須。防御と補佐の神器。大きな技でも基本は変化しないはず。
『禁術』は無詠唱かもしれない。鬼の核は
芽依はいきなり鬼の核に向かって突進した。
特別変わったことはしていない。走っただけだった。しかもそんなに速くない。もともと芽依は、走るのが得意なほうではない。
光の中を駆け抜ける少女は、地下茎に躓いて派手にすっ転んだ。
どたーん! と鈍い音がして、芽依はうつ伏せに転がった。そのまま数秒フリーズした。
鬼の核もフリーズした。
新司は大丈夫かと心配しつつ、さすがにちょっと笑ってしまった。
めちゃくちゃすぎる……!
鬼の核は過剰に身構えた。
意図がわからない。不可解、理解不能。これは技の前準備?
死ぬ寸前まで追い込んだ綺人、肉体も精神も追い詰めた新司に笑みが浮かんでいる。
余裕? 禁術とはそれほどの強さ?
「あああああ!!
こけたあああ!! 恥ずかしい恥ずかしい、巧貢様に見られたうわあああん!!
かっこよくしたかったのに台無し、ああああん!
ちくしょうー!!」
芽依は半泣きで、勢いよく起き上がった。強打した鼻、土がついた顔を真っ赤にしながら、芽依はその辺にあった石を適当に掴んだ。悔し紛れに投げた。
放っておいても当たらないノーコン投球を、鬼の核は『
やはり飛び道具? 何も起こらない。破壊したから? 発動しなかった?
「芽依ちゃん、ほんと最強かも……」
とうとう巧貢も笑い出した。
本人がとことん真面目であるが故、可笑しすぎて耐えきれなかった。
実は巧貢も、鬼の核に負けず劣らずの策と演技を駆使していた。
このまま寝たふりをして、芽依が防御に専念すればOKと思っていた。鬼の核の隙を見て動くつもりだった。
まさか芽依本人が、単騎で敵を隙だらけにするとは。
巧貢は見抜いていた。鬼の核は、自分よりかなり強いサイコパス。
サブクリニカル(診断基準に満たない、つまり軽度)のサイコパスである巧貢とは異質の存在だ。
巧貢自身も自覚があるので耳に痛いが、サイコパスには「自己優位信仰」がある。
自分が全てを支配し、理解し、コントロールできるという確信だ。
鬼の核は、自分の知性と予測力で全てを掌握した。そう思い込んでいた。
共感力に乏しいため、感情=データとして処理する。
しかし、芽依の爆発的カオスはデータ化の範疇を超えていた。
己の中で完璧だった理論が揺らぐと、鬼の核は混乱する。
『もしかしてさ』
しかし、尋常ではないほど切り替えが早いのも性質だ。
突発的エラーに対応し、ロジックを再構築するスピードは並大抵ではない。
『芽依ちゃん。本当は、みかがみに禁術なんてないんでしょ』
これは陽動。初めからすべて陽動だったと鬼の核は決めつけた。
それならば、無意味な行動に説明がつく。無駄な動作を連続して行い、時間を稼いだのだろう。
みかがみの光は治癒効果がある。真の狙いは、傷ついた三人の回復。鬼の核の中でパズルのピースがぱちんとはまる。
「ありますっ!! あるもんー!!
今から出すんです!! 今から!!
こけなきゃ格好良く出したのに、私の馬鹿、間抜け、なんで転ぶんですか私!!
今すぐ、お前をっ、」
芽依の手の中に、青い刀が現れた。
「ぶった切ってやるーー!!」
鬼の核は目を見張った。
冷酷なまでに神聖な青。光り輝く刀身。
刀の反り、柄、何もかも細部に至るまで、それは『みつるぎ』だった。
巧貢は己の右手を確認した。みつるぎの感覚がそこにあった。
同じ神器は複数存在しない。どこまでも性能が近い兄刀でも、『
唯一無二の神器が、もうひとつ出てきた!?
「ていやあぁーー!!」
芽依は右手一本で刀を振りかざし、鬼の核の足場にみつるぎを叩きつけた。へろへろの大根切りなのに、青の刃は竹を容易に切り裂いた。その切れ味は確かにみつるぎ。
中途半端な斜めにカットされ、鬼の核はぐらついた。舌打ちしながら足場を捨て、光の中へ着地した。
足に光が絡みつき、ゆるゆると力が奪われていく。
しかし、みかがみの領域は「動けなくはない」。素早さは鈍るが、多少負荷がかかった程度。
この刀はみつるぎではない、と鬼の核は判断した。
みかがみの光は、比較的自由に形を変えられる。そっくりな形にして、色を青くしただけ。
寸分違わず同じなのは、芽依の特殊な眼による観察力。すべて説明がつく。
みかがみが時折、光の槍で攻撃するアレと同じだ。さほど脅威ではない。
芽依の手の中から、ふっと刀が消えた。
と思ったら、緑に輝く銃があった。
綺人がぎょっとした。顕現する気力はないが、左手を確認するくらいはできる。みたまは確かに綺人に宿っていた。
「くらえ! ええーい!
たああ! やあ! はあっ!」
あまり意味のない掛け声とともに、芽依は銃を乱射した。
弾が入っていないみたまは空気を弾丸と認識し、威力の弱い銃撃となる。
必中の弾丸は、めちゃくちゃに撃っても当たる。狙いがざっくばらんなら、ざっくばらんに当たる。雨あられに鬼の核を輝く弾丸が射貫き、あちこちに傷をつけた。ちょっと血が流れる程度の軽傷だった。
肉体よりも、鬼の核のプライドを削る攻撃だ。
『なんでみたま出せるの。
神器の効果まで同一、フェイクじゃない……?
こんなこと……』
鬼の核は、
苛立ちを全身で表現し、鬼の核は唐突に吠えた。
『あるはずがないんだよおおおっ!!
なんなんだよてめえ、ざけんじゃねえよ! なにしてんだよさっきから、わけわかんねえこと、てめえ!!
うわあああ、ああああああっ!!
おかしい、おかしい、おかしい!!
こんなんじゃないこんなんじゃないこんなのみとめないちがうちがうちがうううう!!』
鬼の核の叫びはまさに狂乱、常軌を逸していた。
巧貢らしさがすべて吹き飛び、顔を歪ませて猛り狂う様は、まるで獣のようで。
そして。
『……あー、だるい』
一瞬で戻った。
あまりの異常性に、新司がぞっとする。
このひとは、ほんとうに人間なの?
新司は思って、ん? と小さく首を傾げた。
そもそもこれ、人間じゃなくて鬼の核だった。
それに、自分も人間じゃなかった。
でもでも、これはちょっとおかしいと思います、かなりおかしいと思います、すごくこわいです!
「あーー!!
その姿で叫ぶな、わめくな、醜いことするな! くそやろうー!!」
狂乱っぷりは、こっちも全然負けていなかった。
ブチキレモード継続中の芽依は、鬼の核の咆哮にまったく怯まない。恋する乙女、恐ろしきかな。
芽依はみたまを消した。左手をぐっと握って天に突き上げた。無意味なポーズではなく、ちゃんと意味があった。
芽依は、悔し紛れに投げたのとは別に、左手にも石を握りこんでいた。
ばきばきばきばきっ
鈍い音を響かせ、芽依の左手から黒い岩があふれ出た。タールのように漆黒で、艶のある岩だった。
硬質なのに生き物のように蠢く岩は、がこがこと形を組み替え、芽依の手を軸にして巨大なハンマーを形成した。
「お、お、も、いーー!!」
どがぁん!!
制御不能になって、ほぼ自由落下で地を穿ったハンマーは、鬼の核の真横に重くめり込んだ。
鬼の核の横髪が、かすめた衝撃で大きく揺れていた。
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