あの夏の思い出を、君に~陰キャでも出来る恋愛はあるらしい~

@Nier_o

第一章 夏の始まり

第1話 陰キャと美少女が結ばれる未来なんてものはないのだ

――時は昼休み、舞台は学校、場所は中庭。

俺こと、鈴岸哉斗すずぎしかなとは一人、大木を取り囲むように設置されているベンチに座り込んで空を見上げ、考え事をしていた。


といっても、何も重苦しいものではない。

その内容はありふりたもので、言ってしまえば将来の事である。


俺はそろそろ目途を立てておこうと、自身の未だに見つからないやりたい事、そしてこれからどうしたいのかについてこうして一人考えているわけだ。


高校を卒業すれば一般的には大きく分けて進学と就職のどちらかに道が分かれると思う。

それ以外の選択肢は……無職。

まぁ、所謂ニート以外存在しない筈だ、多分。


しかし、そんなほぼほぼ二択しかない問題だというのに、俺の頭を今の今まで悩ませている原因は――――俺が、特段やりたい事という物が無いからだ。

あぁ、将来の夢は警察官だとか言っていたあの輝かしい日々が懐かしい……。


サンサンと輝く太陽が、俺の顔を照り付ける。

思わず手を掲げて太陽を隠そうと思うが、考え事で手一杯なのか手を上げる気にもなれない。


そろそろ教室にでも戻った方が良いのかもしれない。

流石に、昨今の気温は俺には暑すぎる。


「……いやマジで暑すぎじゃね?」

「な~に言ってるの?」


俺が視線を上から前へと向けるのと同時に、目の前から声がした。

視線を完全に前に向け、声の主を確認する。


そこには、膝を折り曲げてベンチに座っている俺に視線を合わせている、正に絶世の美女という言葉を体現している少女が居た。


「うぉっとびっくり!?……ってなんだ海華みかかよ。よくこの場所が分かったな」

「ちょっとー海華かって何よ海華かってー。うちじゃ不満かよー」


少し頬を膨らませながらそんな事を言うのは、神薙海華かんなぎみか

彼女との間柄を説明するとするのなら、俺の幼馴染であり、互いに親友と豪語出来る仲であり、クラスメイトと言えばいいだろう。


そして、彼女の容姿を一言で説明するとするのなら、校内随一の美少女。

この並木なみき高等学校じゃ、そう言って周りから持て囃されている。

うむ、昔から一緒に居る俺ですら正当な評価だと思う。


それもそのはず、風になびけば美しい旋律でも奏でているのかと錯覚する程の綺麗な少し黒みを感じる茶髪ポニーテールに、目を合わせた誰もを虜にさせるその一切の淀みのない琥珀色の瞳に加え、童顔により愛くるしさも兼ね備えている。


そして何より、裏表のない優しい性格を持ち、肌は色白でスタイルもいい。

外見も中身も非の打ち所がない完成された人間。

言われていても不思議ではない。


「あぁすまん。咄嗟にそう言葉が出てきちゃったもんで……いやというより、マジでよく俺がここに居るって分かったな」


何年も付き合いがある関係だからこそ、まさか俺の行動が手に取るように分かっている……なんてのは物語の世界だけの話か。


いつもなら海華と俺と、あともう一人の親友――楠瀬俊くすのせしゅんとツルみながら教室で昼を過ごしているのだが、今日に限っては海華は何者かからの呼び出しに、俊に至っては女の子から相談があると持ち掛けられ過ごすに過ごせなくなった。


だから、俺は一人こうして中庭で将来について考えていたというわけだ。


「そりゃ長年の付き合いですから!」


おっと失敬。

どうやら本当に長年の付き合いによる物だったようだ。


「長年交友あったら相手の行動が分かんの?凄くね?ヤバくね?」


ぶっちゃけ、俺長年交友関係続いてたとしても相手の行動や行きそうな場所を推測するだなんて不可能なんだけど。

…………いや、案外やってみたら意外とイケるものなのかもしれないとか一瞬ちょっと思ってしまったけど、多分俺の脳じゃ無理。


「てか、結局何だったんだ?例の呼び出しの件とやらは」


まぁ、正直言ってどんな内容の呼び出しだったのかは見当がついているのだが、一応聞いておく。


「う~ん。それがさ~、ま~~~た告白だったんだよね~」


あははと笑いながら、参ったと言わんばかりの表情を浮かべて海華は告げた。

やはり、流石は学年随一の美少女というだけあるだろう。

普段からひっきりなしに視線を浴び、おまけに好意を寄せられる。


それは俺のような人間には羨ましくも妬ましい物である事に違いないが、恐らく本人と同じ状況に置かれると、面倒だという気持ちは芽生えてしまうだろう。

非日常が日常になってしまうというのは、そういうものなのだ。


……てか、俺のような陰キャがそんな状況に陥ったとするのならあたふたして困り果てて挙句無様を晒す羽目になってしまいかねないし、一生そんな状況訪れなくてもいいな。


「んで?やっぱり振ったのか?」

「当たり前だよ~。それに、今回してきた人は本っっっっっ当に面識がこれっぽちも無い人だったから余計ね~」


海華は、今までされた数え切れぬ告白全てを、一回でも受け入れた事は無かった。

誰とも色恋沙汰を起こさないし、誰とも付き合おうとしない。

自分から誰かに告白なんて一度もしたことないし、告白されたら必ず振る。


それが神薙海華なのだ。

しかし、そんな彼女の好きな男のタイプを、俺は昔聞いた事がある。


『優しくて、頼りになって、ヒーローみたいで――――そんな、カッコイイ人』


彼女はそう言っていた。

正しく、俺とは似ても似つかないタイプだ。


……いや、誰かを思いやる気持ち=優しさってだけなら誰にも負けないと胸を張って言えるがな?言える……が、な。

そこだけしか当てはまっている物がない、悲しい話だ。


――――とまぁとりあえず、現実は残酷なもので俺のような陰キャ非モテ奥手系男子が絶世の美女である海華と結ばれるような事は未来永劫無いわけだ。

悲しい話だが。


「てかさ、もしかしてかーくん、ま~た将来について考えてたの?」


海華が折り曲げていた膝を伸ばし、立ち上がると俺を見下ろしながら言う。


と言うのは、二年生に上がりたての頃から俺は海華と、もう一人の親友に自分の将来を憂いている事を度々話していたからだ。

だから、海華が思いつく俺の考え事と言うのはこれしかない。

ちなみに、かーくんとは海華がいつからか呼んでいる俺のあだ名だ。


「そうなんだよ……つうか横座るか?」


俺は今更だが一応海華にそう聞いておく。

別に、隣に座るとかでの遠慮は互いに無いのだが、本当に一応だ。


「うんっ、座ろっかな!」


元気な声でそう言いながら、海華が俺の隣に座る。

座った拍子にふわっと靡く髪と、それと同時にこちらにまで来るローズ系の心地の良い香り。


そのどれもが美しいという言葉では物足りない。

これまた周りの人間が度々言っている言葉なのだが、正に“最高神が作った最高傑作”という言葉がよく似合っている。


「う~ん、座ったはいいけどここあっついね~。早く教室戻った方が良いよかーくん。それに前も言ったけどさ、将来の事なんて3年生になってから決めればいいんだって!!それに、3年になる頃には何か見つけてるかもしれないしさ!!」


そう言って海華は立ち上がると、俺の腕を引っ張り上げる。


「唐突過ぎだなおい!?」


天真爛漫を絵にかいたような性格だ……本当に行動の一つ一つが明るくて、それでいて無邪気さを感じさせる。


「あ!そういえばさ、話したい事が――いや、やっぱり帰りに言うね!」

「?お、おう?」


なんてあたまにはてなを浮かべてしまう会話をしながら、俺達は教室へと戻るのだった。

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