番外編 『力に囚われた少年』

秋夜と冬華の出来事の一年前。

 愛知の、とある日の話。


「───────母さんっ!! 父さん、真尋っ!!

 あともう少しだから、頑張ろう…………ッ!!」


 言いながら、家族を奮い立たせて先頭を走る少年。

 最後方は父親で、その間を母親と真尋と呼ばれた幼い妹が手を繋いで一緒に走っていた。

 目を覚ました時、それは隣家の叫び声と共にであった。

 少年たちが暮らす愛知は特に鬼による襲撃が起きやすく、急に鬼が襲撃しに来るなど日常茶飯事。

 つまり、その隣家の叫び声は───────

 それを脳裏で瞬時に悟った父親は家族に直ぐに逃げる準備をさせたのだった。

 そうして、彼らは住宅街を駆ける。

 本来、鬼が来襲する時に鳴らされるサイレンがなっておらず父親はどういうことかと思考したが、そんな事は後でいいとその思考を放棄した。

 そうして、家を出て数分。

 緊急の避難先である付近の学校まで走っていた。

 学校には征鬼軍の兵士達が常に滞在しており、いつでも保護してくれる。

 助かる為に、少年含めた家族達は死に物狂いで走っていた。


「あぅっ…………痛い、足挫いちゃったよぅ……!!」


 そんな中、あと少しの距離で妹が足をつったと告げた。

 先頭を走っていた少年は足をピタリと止めて、妹へ振り返った。


「真尋、兄ちゃんが抱っこして走るよ」


「いや、お前は先に走れ信志しんじ!!

 俺が真尋をおぶって走る、学校はあの曲がり角を曲がった所だ、征鬼軍の方を呼んで来てくれ!!」


 信志と呼ばれた少年は、父親に言われた事もあって無言で頷いて、全速力で学校へと走る。

 距離にして約200メートルはあっただろうか。

 その距離を駆け抜けた少年は、校門前にいる兵士に声をかけた。


「あの、すいません……!!

 鬼が隣家を襲ってて……直ぐに逃げてきたんです!!

 途中まで家族が一緒だったんですけど妹が足を挫いて、父に先に行けって言われて……!」


 信志の言葉に、校門に立っていた一人の兵士が驚いた様子を見せながらも直ぐに頷いたのだった。


「何……!? わかった、直ぐに向かおう。

 少年、悪いが道案内を頼めるか」


「はい……こっちです!!」


 言いながら、もう限界に近いであろう足を引き摺らせながら少年は足を動かす。

 直前、兵士は胸元に付けていた小型の無線で仲間に援助要請をしてから、信志の後を追う。


 ───────その瞬間だった。


 曲がり角の直前付近が突如、爆発が起こった。

 幸いなのは、少年が走り始めてすぐだったから曲がり角とは距離が離れていた為、傷ができなかったこと。

 しかし、不幸なことにその曲がり角付近には信志の家族がいた事だった。

 家族がいたはず、信志の頭でその事実が浮かび上がった瞬間───────彼は全速力で走った。


(そんな、嘘だ……!! いや、ただ爆破は起こっただけで家族は、みんな無事で───────)


 信志は走る。

 走る、走る、走る、走る、走る、走る。

 残った僅かな体力を振り絞り、無様にも、みっともなくも走る───────


 その反面、信志の後を追う兵士は酷く冷静だった。

 冷静でいて、少年を憐れむようにその後ろ姿を見つめる。

 兵士は悟る。

 あの爆破は、きっと───────




 少年の家族の命を奪う、最悪な出来事なのだと。


 そしてその反面、疑念を抱いた。

 先ずは、サイレンが鳴らなかったこと。


 しかしそれはサイレンを鳴らす為に配置された兵士が奇襲を受けたのだろうと結論付けた。


 そしてそれよりも不可解なのは、爆破が起きたことであった。


(鬼が爆破物を使用したか……?

 いや、彼らはそんなものを頼らなくともその身体能力があれば人を殺す事なんて容易い。

 俺なんて、瞬殺も瞬殺だろう。

 だから我々征鬼軍はこの呪装具とは別に五人で編成された班を結成して鬼と対峙する。

 訓練された兵達で、専用の装備を持った五人で安全に殺せれるラインにようやくなる。

 故に、爆破物なんて要らないはず───────?)


 抱いた疑念は晴れないまま、答えである曲がり角を曲がる。

 周囲の道路には、人の手と足、そして頭部らしき物が飛び散っていたのだった。

 それを見つめたまま、呆然と立つ少年を見てそれが少年の家族であるということと。

 そして目の前の男が征鬼軍内で最も危険視されている、とある鬼の男であることを理解し、疑念渦巻いていた兵士は全て答えが合致した。


 人に抗うべく結成された鬼の反乱軍、『鬼琉軍』。

 その鬼琉軍のNo.2である男。

 黒髪の中にところどころ疎らに混じった金の髪糸。

 妖しさがありつつも損なわれない美しい顔立ちは、どうしてか同性の彼ですら不思議と惹かれてしまっていた。

 そして鬼特有の赤い瞳、それが人と鬼が区別できる唯一の特徴だった。

 鬼であり、特徴が一致している。

 その危険な美男子の名を、兵士は口にした。


「貴様───────大嶽おおたけ 美空みそら!?」


「あらら……バレちゃったよ。

 折角さぁ? コソコソと人を殺しまくってたってのにどっかの家族が叫び声なんて出すからさぁ」


 やれやれと首を横に振りながら、大嶽は手にあるリモコンをその場に捨てた。


「凄いだろ?

 爆弾なわけなんだけどさ、コレ……ウチが作ったんだぜ?」


「なんだと!?」


 飄々と、淡々と語る大嶽の言葉に兵士は再度驚き、一歩後ずさる。

 そんな兵士を見て、気分良くした大嶽は更に流暢に語る。


「頭が固いよなあ……うちのボスってのは。

 今更、刀とか昔の日本帝国軍が使ってた銃なんかで征鬼軍と対抗しようってんだからよ?

 そんなんで…………勝てるわけないってのになぁ。

 だから、こうやって隠れてコソコソ作っては試してんのよ。

 まぁでも? 今回は鬼さんに見つかっちまったし……オレはもう帰ろうかね」


「鬼……?

巫山戯たことをかす、鬼はお前達だろう」


 生真面目な兵士の返しに、大嶽は自身のリーダーの影を重ね、思わず吹き出した。


「プッ……いや悪いね。

 うちのリーダーみたいにお堅いなって思っただけだよ。

 悪いな、オレにとってコレはかくれんぼってヤツだよ。

 まぁ…………ゲームだな、端的に言えばさぁ」


「ゲーム…………?」


 大嶽の言葉に反応したのは、兵士ではなく呆然としていた信志だった。

 ゲーム、遊戯、お巫山戯事。

 そんな軽い気持ちで、自身の家族は殺されたのか、と。

 信志の中で、怒りが沸々と湧き上がる。

 拳を握り、信志は大嶽へと向かい駆けだした。


「ふざけるな…………よくも、よくも僕の家族をォォォォォ!!!!」


「待て、少年!!」


 駆けだした信志に制止の言葉を掛けるが届かず、駆け出す。

 大嶽は不敵な笑みを浮かべながら、傍に転がる石を拾う。


「おいおい、やめとけよ坊や。

 オレに勝とうなんて、五年は早いぜ?」


 そしてそのまま、石を信志へと投げた。

 石は弾丸のように空を駆け、彼の頬を掠めた。

 それだけで止まらず、石は彼の後方のコンクリートで出来た壁を貫通させたのだった。


(え……アレは、コンクリートだよな……?

 な、なんて力だ……勝てるわけ……一撃、食らわせれるわけない…………!!)


 そのあまりに格の違いに、怒りで奮い立った信志は呆気なく立つ為の足の力が抜け、その場に座りこんでしまう。

 呆気なく終わってしまった、一瞬の決着に大嶽は呆れた笑いを零しながら信志に語りかけた。


「オレが勝手するのは、オレが強いからだ。

 お前が家族を護れなかったのは、お前が弱いからだ。

 んじゃ、また会おうぜ少年」


 淡々とした事実を言われ、信志はその顔に深い絶望が刻まれた。

 その顔を見た大嶽は、笑みを浮かべて次に兵士の方へ視線を向ける。

 あの一瞬の決着を目の当たりにしてか兵士も、自然と戦意を喪失させてしまっていた。

 それに満足したのか、飽きたのか、つまらなく感じたのか。

 大嶽は「んじゃ、お疲れー」と軽く言い残して、その場から早々と立ち去った。


 援軍が到着した頃には、既に大嶽の姿は消えていた。

 援軍の兵士達が見たのは、その場で力なく立ち尽くし、歯を食いしばる兵士と。

 両手を地面に着け、ただただ涙を流し嗚咽を零し───────


「アッ……アアッ……アッウ…………みんな…………みんな…………

 う───────うわぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」


 慟哭する信志だった。

 慟哭し、叫び、恨み、怨み、怒り狂う。

 自身の無力を、無様を只管に呪った。


(僕が……オレが、弱いからこうなってしまった…………力が……力が、欲しい……ッ!!)


「アァァ……アァァァァァァァァァァァァァァァァァァアァァァァァァァ───────!!!!」


 そして叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。


 砂利を握り締めて、道路に拳を殴り付け、信志は吼える。

 その日、少年は自身の無力を恨み、嫌い。

 力を欲した。

 その身から溢れる激情を只管に吐露し続けた。

 そうして、彼はやがて気を失うのだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 征鬼軍本部、そこの地下にある牢屋とは正反対に位置する秘密裏の研究室。

 そこには、何人かの征鬼軍兵士と多数の水槽の中に培養液に浸された数多くの武器には謎の札が貼られてある。

 サーベル、マスケット銃、ハルバード、メイス、カトラス……等といった西洋の武器が揃えられていた。

 そんな中、錆び付いたガントレットが誰も触っていないのにガタガタと揺れ始めた。


「ん、なんだ…………?」


 恐る恐ると、一人の兵士がそれに近付く。

 彼はただ、単にその武器の様子をみたいだけだった。

 なにしろ、コレは征鬼軍にとっては大事な、勝負を左右すると言っても過言では無いほどに重大な兵器の製造でもあるのだから。

 触れてはいけない、そう厳しく言いつけられていることもあり、彼は決して、触ろうと思っていなかった。


 ───────しかし、


 彼は何故か、ソレに触れてしまっていた。

 水槽の中に手を突っ込み、札を剥がし。

 それを、ガントレットを掴んだ。

 その瞬間──────────────


『ギャギャギャ、食わせロ食わせロ』


 男の脳に響いたのは、低く、獣の唸り声のような声。

 それと共に、気付けば男の腕は───────男の身体全てが、消え去っていた。


「な、ど、どうした……ッ!?」


 胸にバッジを着けている壮年の男が、突如として消えた兵士を見て狼狽し腰に差していた刀を抜き、胸ポケットから拳銃を取り出した。

 傍らにいた、若年の男がガントレットを凝視し、異変に気付いて指を指した。


「上官、ガントレットの札が……剥がれて!?」


 そう指摘した瞬間、若年の男も姿を消した。

 ───────最初にガントレットに触れた男が最後に立っていた床と、若年の男が最後に立っていた床には、血が付着されていた。

 上官、そう呼ばれた男は目を見開き室内に居る他の部下にこの場から離れるよう───────


「無駄だぜェ……全員、食っちまったよ」


 指示をしようとしたが、それは見たことの無い巨躯の男が無駄な事だと伝えるのだった。

 長く伸びた前髪は全て後ろへと流している男は、その赤い瞳を恍惚と歪ませた。

 男が語った、その残酷な事実を確認するべく、上官は周囲を見る。

 男の言う通り、他の兵士たちは血のみを残し姿を消していたのだった。


「なっ……え!? どうして───────」


「安心しろ、満腹だ。

 お前を食う気はないし、札が剥がれたからと言ってオレはこの器カラは長ク離れれんからな。

 だから───────」


 指を鳴らし、男はガントレットの中へ入る。

 刹那、ガントレットは宙を浮きその部屋から出ていくのだった────────────




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 気を失った信志を抱えながら、信志と共に現場に向かっていた一兵が学校へと踵を返す。

 そんな道中。


「おい、コレ───────」


 一人の仲間が、信志の鞄の中を見せる。

 そこには、錆び付いたガントレットの姿があったのだった。

 目を見開いた兵が、抱えていた信志に声を掛けて、体を揺さぶる。


「すまない、直ぐに起きてくれ。

 君の名を確認したい」


「オレ、は…………信志……御門(みかど)、信志(しんじ)……」


「御門…………なるほどな。

 済まないな、起こしてしまって」


 御門という名を聞いて、ある程度納得した兵士。

 もう少し聞き出そうと思ったが、直ぐにこれ以上は酷かと判断して会話を切り上げた。


(ギャギャギャ……この小僧は良い、強く力に飢えている……我ら魂を装う器になろうとも煌月……貴様等の思い通リにはナらんぞ)


 ガントレットの中に封じられている男は、何も無い虚構の空間の中で笑い、嗤う。

 その後信志は、叔父である御門憲一に保護され、彼の元で育つ。


 以上が後に、『英雄』と呼ばれる少年、御門信志の物語の始まりであったのだ─────────

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