第11話 煩悩まみれの体育
今日の体育は男女ともに体育館でバスケットボールなのだが、エアコンの調子が悪いということで、窓全開放で行われている。
背景キャラにとってバスケという競技は面倒なものだ。
まず、目立たないからいい位置にフリーでいてもパスが来ない。
したがって、ボールに触る機会がないから本人がどんなに授業に対して意欲があっても成績に結びつかない。
次に手を抜いてさぼっていると忘れた頃に不意にパスが飛んできて、顔面でボールを受け止めることになる。鼻血は不回避だ。
俺は鼻血は嫌なので、とりあえず頑張るスタンスでいるところ。
「じゃあ、次は二人組でストレッチ。ケガしないようにしっかりやれよ」
体育教師の指示で準備運動のストレッチのため適当な二人組を作る。
俺の相手は俺と同じようにクラスの背景担当の富樫が常だ。
前屈をしながら背中を押してもらい、次はお腹のストレッチということで、背中合わせになって腕を組み富樫の背中に身体を預けて身体を反らす。
お腹のストレッチのはずなのに背中や腰に効いてる気がする。
交代して今度は富樫を俺が背負う。
女子の方も同じ流れでストレッチをしていて俺の視線の先でちょうど綿矢さんと伊緒がペアになってお腹のストレッチをしている。
身長差がある二人なので伊緒が綿矢さんを背負う番になるとちょっと危なっかしい。
でも、それ以上に身体を反らしている綿矢さんの体操着がめくれてちらりと見えてしまった白いお腹と強調された胸に目がいってしまう。
……あれがEカップ。
ゴクリ。
「ちょ、丹下、そろそろ降ろして。こ、腰が」
「ご、ごめん」
慌てて降ろすと富樫は腰をさすりながら前屈をして腰の調子を整える。
だ、だめだ。これではさっき猥談をしていた奴らと一緒じゃないか。
煩悩を祓うため習ったばかりの数学の公式を呟く。
「なあ、なんで、今、それ呟いてる?」
「いや、むしろ今じゃないとだめなんだ」
「お、おう。なら、がんばれ」
富樫は奇妙な深海魚でも見るようにこっちを見ているが、今の俺にとってはこの煩悩を祓う方が先決だ。
その後も煩悩を祓うべく試合に集中する。
もらったボールをすぐにフリーの仲間に回すことに徹して、ドリブルで突破なんて野暮なことはしない。目立たないが下手にチームの足も引っ張らないことを心掛ける。
ゲームをしている時と同じだ。周りの状況をよく見て最適なプレーを考える。
もっとも、俺のクラスメイトはアイリスほど無茶なことはしないからその点はゲームよりもマシだ。
「大丈夫か? 今日は無茶苦茶動いてた気がするけど」
授業が終わったところで心配そうに声を掛けてきた富樫。
「ああ、今日は動いてないと駄目な日なんだ」
顔から滴る汗を体操着の袖で拭いながら力なく手を振って答える。
俺は体育館を出ると屋外にある手洗い場に向かった。
エアコンが効いていない体育館の授業なのでみんなそこまで激しく動かないし、喉が渇いたってわざわざ外の水道水を飲みに来る奴なんていない。
まったくこんなに動くつもりなかったのに。気を抜くと反対のコートにいる綿矢さんを見てしまいそうで……。
いや、ただ、見るだけならそこまで問題ない。あの猥談のせいで余計な煩悩が頭を占めてしまう。
エアコンが効いていると思って持ってきたジャージを水飲み場の近くに置いて、蛇口を一八〇度回転させ上向きにしてから水を飲む。
「お疲れー、今日はあんなに動いてどうした?」
――ブッヘ、ゴッホゴホ。
今の俺にとって一番近づかれると危険な人物の声に慌ててしまい水が変なところに入ってしまった。
「だ、大丈夫!?」
命に別状はないが、上手く呼吸できないし、しゃべることもできないからとりあえず、人差し指と親指で丸を作って返事をする。
「いや、全然、大丈夫じゃないよね」
綿矢さんは
ちょっと待って。背中も汗で濡れて汚いから。
「……OK、もう、大丈夫」
「そんなに慌てて飲まなくても水道水はなくならないよ」
「水道水なくなるほど飲むって俺は鯨か」
ゲームの時のアイリスモードで話す綿矢さんにハッとして周りを見渡した。
友達になったとはいえ、学校では今まで通りの聖女様スタイルで接することになっている。アイリスのモードの綿矢さんはゲームをしている時か学校の外が基本だ。
「他の人はいないから問題なし」
俺の考えていることがわかったのかニヘっと歯を見せて笑う綿矢さん。
「学校なんて何処で誰が見てるかわからないぞ」
「用心深いねー。もしかして、教室で話しかけてくれないのもそういうこと?」
「えっと、それは……」
そうじゃない。モブのクラスメイトが急に主演キャラに話しかけるなんてタブーなだけだ。
「ぐすん、大金を払って友達になってもらったのに丹下君冷たいなぁ」
「言い方! 俺の残りの学校生活の人権がなくなるから」
冗談、冗談と言いながら綿矢さんも蛇口をひねって水に口をつける。
体育で邪魔にならないように結ばれたポニーテール。
いつも隠れている耳が
そして、小さく開けられた口が放物線を描く水を捉える。
そのあまりの情報の多さに俺は彼女から視線が外せない。
正直、さっきまで俺を悩ましていたEカップのことなんかどこかに吹き飛んでいってしまうくらいに綺麗だと思った。
「ん? 何か付いてる?」
水を止めた綿矢さんはこちらの視線に気づいて、首をこてっと倒す。
「いや、何も……」
やばい、絶対見つめてたのバレてる。
背中が熱くなってさっきまでとは別の汗で体操着が湿る。
見つめてたのを誤魔化したくて、もう一度、水を飲もうと下向きに戻した蛇口を上向きにするのと同時にハンドル回まわす。
「うわっ」「きゃっ」
いつもなら何でもない動作なのに変な緊張で焦ってしまい蛇口の口を半分ほど指で塞いだままハンドルを回してしまった。
消防隊の放水のように勢いよく噴射した水が俺と綿矢さんを濡らした。
「ご、ごめん」
「大丈夫……っじゃないっ!!」
――っ!!
噴射した水は綿矢さんの上半身――特に胸の辺りを濡らしていた。
そうなれば当然体操着は透けてしまい、その下で彼女の身体包む紺の下着の柄までがはっきりと見えてしまう。
綿矢さんが両手で胸の辺りを隠すのと同時に俺は近くに置いていたジャージの上着を取るとそれを彼女の肩にかけた。
そして、そのまま回れ右をしてから話す。
「ほ、本当にごめん。そのジャージ使ってない綺麗なやつだから。それで隠して」
「あ、ありがとう」
ファスナーを閉める音が止まると、
「もう、こっち向いて大丈夫」
許可が出たので振り返ると、さすがに男子用のジャージは袖丈が余るようで萌え袖のようになっていた。
体育のダサいジャージのはずなのに可愛く見てしまうのはどうしてだろう。
「大変だねぇ。これも使いなさい」
渡り廊下の方から声を掛けられ、そちらを向くと上下作業服を着た初老の男性が手にタオルを持ってこちら近づいてきた。
用務員さんかな。あまり見ない顔な気もするけど。
お礼を言って、受け取ったタオルを綿矢さんに渡そうとしたのだが、眉が吊り上がり口はあわあわと震えた表情をしている。
「どうかした?」
「えっ、い、いえ、別に何でもないです」
「そのタオルは、さっき出したばかりの新しいのだから心配しないで」
ゆっくりと優しい口調で話す用務員さん。
「は、はい、ありがとうござます」
綿矢さんが濡れてしまった首元を拭いた後に俺にタオルを渡してくれた。俺も首元や顔を拭いてからこのタオルをどうしようかと迷う。俺たちが使ったものだから洗濯して後日返した方がいいだろうか。
「もう、大丈夫かな」
俺の考えを察してか、用務員さんが手を差し出した。
「あの、これ洗濯してまた持ってきます」
「そんな気を遣うことないよ。それにね、私はここに毎日いるわけじゃないから」
「わかりました。本当に助かりました。ありがとうござます」
俺がお礼を言ってタオルを返したところで、授業の終了を告げる鐘が鳴った。
「さあ、早く着替えないと、次の授業に遅れるよ」
二人でもう一度お礼を言って、更衣室に行くために早足で校舎に向かう。
まったく、あの猥談のせいでなんて厄日だ。
― ― ― ― ―
今日も読んでいただきありがとうございます。
レビューにコメントを書いてただける方がいましたらぜひお願いします。
皆様の力でさらに本作を盛り上げていただきたいと思いますので、
皆様の応援が何よりの活力でございます。よろしくお願いします。
次回更新予定は12月11日AM6:00です。
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